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秋葉の空2  作者: 毒舌メイド
プロローグ 連休のために
2/5

副会長の受難

そう、あれは三日前のことだった。



近所の商店街で福引があり、秋葉のお姉さんの可憐さんに誘われて僕らは福引に参加した。秋葉はくじ運がめちゃくちゃ良くて、過去にこの商店街で開催された福引では十六回連続で一等賞を引いているので、抽選会場は連続記録更新の期待を孕んだ注目に包まれていた。



僕らが持っている抽選券は三枚。チャンスは三回だ。ちょうどひとり一回ずつ回せるけど、僕らはすべてを秋葉の運に託した。



今回の賞品は一等から海の見える温泉旅館二泊三日の四人分無料宿泊券、二等があきたこまち一俵、三等は松坂牛一キロ、四等は洗剤詰め合わせ、以下粗品となっている。



「秋葉、今回も頼んだわよ」



「……ん」

 


小さく頷いた秋葉は一歩前に出てガラガラに手をかける。主催側のおじさんが緊張で唾を飲み込んだ音が聞こえるくらい静寂に包まれてみんなが見守る中、ゆっくりとガラガラが回り始める。



「お米……松坂牛……」

 


あの、ブツブツ唱えながら祈るのやめてくれませんか、可憐さん。周りが静かだから、みんなに聞こえて僕が恥ずかしいよ。



ガラガラジャラジャラ――コロン。



銀色の玉が転がって、主催のおじさんが手に持った鐘をカランカランと鳴らした。



「おめでとう! 二等のあきたこまち一俵に当選だ。今回も野々山姉妹は絶好調だな!」

 


言いながら台車(貸出してくれた)に乗せられたお米を受け取った。抱きしめ合って喜ぶ姉妹を見て悪い気はしないけど、僕ってもしかして荷物持ち要員として呼ばれただけなんじゃないだろうか?



……可憐さんならありえる。



「だが、今回はまだ一度も一等は引かれちゃいない! さぁ、秋葉嬢! 今回は俺たちから一等をもぎ取って行くのか?!」

 


何だろう、この無駄な煽りは。視線を上げると確かに一等の無料宿泊券は三組分、しっかりと飾ってある。



しかし、二人の狙いは間違いなく三等の松坂牛だろう。だって、ここに来る前に購入した食材が明らかに鍋の具材なのだから。二人は松坂牛で鍋をするつもりだ。きっと、僕もそこに呼んでもらえることを切に願う。



再び秋葉が取っ手を回す。



ガラガラジャラジャラ――コロン。



「金玉キタアアアアアアアアアアァッ!」

 


主催のおじさんが拳を高く挙げて下ネタにしか聞こえない問題発言を絶叫しやがった。周囲のギャラリーも感動が勝って誰も彼の愚行に気がつかない。駐在さんも一緒になって拍手していないで、このおっさんを捕まえてくれないだろうか。



「ちっ、外したわね。次こそは!」

 


いや、可憐さん。一等ですよ?



松坂牛にしか興味ないんですか、あんた。



「……次こそは、肉!」

 


気合いを入れて(無表情のままだけど)秋葉は最後のチャンスに賭ける。野々山家の鍋は個人的に好きなので、僕も肉を引いてくれることを願う。



今夜、夕食に呼んでくれるよな?



呼んでくれるんだよな、二人とも?! 荷物持ちだけで帰るのは絶対に嫌だぞ!



一等から三等までを総なめにして、今夜はみんなで鍋パーティーだよな?!



ゆっくりとガラガラが回り、観客が固唾を飲んで見守る中、奇跡の瞬間が訪れる。



ガラガラジャラジャラ――コロン。



そこにいた全員が言葉を失い、主催のおじさんさえ鐘を鳴らし忘れるほどの奇跡が起きた。



転がってきた玉の色は三等の赤色ではなく金色だった。



……これって一等、だよな?



さっき引いたばかりなのに?



「金玉二つ目キタアアアアアアァッ!」

 


主催のおじさん改め金玉オヤジが大絶叫した。



金玉二つとか言うなよ。誰かマジでこのおっさんを逮捕してくれ。



通算十七連勝という記録更新の奇跡をみんなに祝福されているのに、まったく喜べない苦笑を顔に貼りつけたまま帰宅して、夕飯に招待された僕は肉が入っていない鍋を美人姉妹と三人で仲睦まじく完食した。



とても美味しかったけど、やりきれない気持ちを抱いて。



という経緯があり、四人分の無料宿泊券が二枚、つまり最大八名ご招待の『海が見える温泉旅館二泊三日の旅』が確約され、どうせだから堪能しようと話し合った僕らは是が非でも休みを確保したいのだ。



僕と野々山姉妹で三人。あと五人まで参加可能なので、親睦を兼ねて生徒会のみんなを誘おうという話になったのだけど、仕事を終わらせてもいない僕はまだみんなにこのことを打ち明けられないでいる。



神宮寺先輩なら喜んでくれるだろうし、大歓迎なのだけど、桜庭はどうだろうか?



ちらりと桜庭を窺い、小さく嘆息する。だって大金持ちだぜ? 海外の超高級リゾートホテルの常連である彼女が、たかが国内の温泉旅行で喜んでくれるだろうか?



結論、限りなく期待は低い。



小鳥遊はこの中で個人的に誘いたくない奴ナンバーワンだしな。生意気なクソガキがはしゃぎ回る姿を想像するだけで殺意が湧く。



柊に至っては面識がない上に誰が誘うかも争いの種になる。小鳥遊にお願いしたいところだけど、絶対に嫌がるだろうし、ここは会長の桜庭が声をかけてくれないだろうか?



「姫島先輩、また手が止まってますよ」

 


皮肉混じりの敬語で小鳥遊に注意された僕はこの件について考えることをやめた。



まずは目の前の仕事を終わらせてからだ。改めて書類の山と向き合ったとき、僕は何者かの視線を感じて入口に振り向いた。



「……何してんすか?」

 


つい秋葉みたいな口調になってしまった。だってそこには僕と秋葉の担任の篠山楓がドアの隙間から無言でこちらを覗いていたのだから。



ちなみに彼女は前作で朝のホームルームの貴重な時間をアラサーについて熱く語り聞かせてしまうくらい年齢に敏感で、雷が大の苦手という乙女らしい一面もある。きっと水属性だ。しかし、今日の彼女はいつもの元気がなく、むしろ憔悴しているようにも見える。



もしかして熱中症か? まだそんなに暑くはないはずなんだけど。



「うふふ……姫島くん。私と結婚しない?」

 


いきなり何を言い出すんだ、この女。



「楓先生? 目が据わってますよ?」

 


徐々に扉を開けて、なめくじのような緩慢な動きで入ってきた楓先生は、壁に立てかけてあったパイプ椅子を広げて項垂れるように座った。



真っ白に燃え尽きた某ボクサーのような薄い笑みを浮かべて、不気味な笑い声を漏らす彼女に些かの不安を感じながら、相手をしている暇がないので僕は再び書類に向き合う。



突然の来訪者の奇行に小鳥遊も戸惑っているようだ。相変わらず無表情で業務に励む秋葉を今だけは見習いたいよ。



「うふふ……あはは、あーあ誰か結婚してくれないかなー?」

 


あえて誰かという曖昧な表現をしておきながら、どうして僕の顔を覗き込みやがる?



これじゃ、埒があかないな。時間は惜しいけど、相手をしてやらないと仕事に集中できそうにない。



「何があったんですか?」



「聞きたい? そんなに聞きたいの?」

 


うわぁ……面倒くせぇわ、こいつ。本当は聞いてほしいくせに訊かれたから仕方ないという体で話をしようとする回りくどさはアラサー独身女性特有の話術なのだろうか。



みんなも無視してないで構ってやろうぜ? じゃないといつまで経っても矛先が僕から放れないじゃないか。



「ワー、キキタイナー。キニナルナー」

 


完全に棒読みである。もう何でもいいからさっさと消えてくれないかな。



「仕方ないなー。笑わない? 絶対に笑わない?」



「ワライマセンヨー」

 


どうでもいいからさっさと言えよ。こっちは忙しいんだ。



「私ね、今日ね、三十歳になりましたぁ……あはは!」

 


どこに笑う要素があるんだ? つーか、自分で笑ってしまっているじゃないか。



「もう二十代を盾にできなくなって丸裸も同然。こんな私を誰かもらってくれないかしら? いき遅れたなぁ。今になってようやく神宮寺さんが集会で暴走した意味が分かった気がするわ。人生って思っていたよりも短く儚いものね」

 


傷心だろう楓先生をどう扱っていいのか分からず、僕らは俯いて書類と睨み合う。どうしてだろう、今さらになって笑いが込み上げてきた。それは小鳥遊も同じようで、必死に笑いを堪えているせいで電卓を叩く指先が震えている。



……耐えろ、小鳥遊。今笑ったら殺されるぞ! 特にお前みたいな若い女子に笑われたら発狂するくらい理性が崩壊するだろう。



「篠山先生は美人なんですから、焦ることはありませんわ。失礼でなければわたくしの屋敷の執事に声をかけて合コンを企画してもらいますが?」

 


この状況で平然とそんな提案ができる桜庭の度胸と判断力を見習いたい。



「マジで? 桜庭さんの家の執事ってことはお金持ちってことよね? でも年齢が……」



「一番若い者で二十六歳、三十歳前後の執事なら他にも数人おりますわ。といっても、まだまだ未熟者ですが、将来性を考えるならアリではないでしょうか?」



「する! 合コンする!」

 


即答だった。日程を来週末に設定した楓先生は「お肌と体のケアのために美容整体に行ってくる!」と飛び出していった。一週間で何が変わるのだろうと思ったけど、女性にとっては一週間でも悪足掻きをしたいときだってあるよな。



全力で応援するよ、楓先生。週明けに撃沈して不機嫌なあなたにホームルームを壊されたくないからね。



時刻は正午を回り、自分でも信じられないくらいの集中力を発揮した僕は、八割の仕事を片付けることができた。



資料を一旦片付けて、昼食をとるために近くのファミレス(桜庭が一度でいいからファミレスに行ってみたいと希望したので)に移動した僕らは適当に注文をして料理を待つ。いつものように神宮寺先輩が話題を振り、みんなが仲良く話している中、僕は温泉旅行の件を話すことにした。



テーブルの上に無料宿泊券を二枚出して、みんなの顔色を窺う。宿泊券にはこのようなキャッチフレーズが書いてある。



どんなに疲れているときでも弱音を吐かずに毎日頑張っているあなたへ

そっとその疲れを癒す憩いの場

すっきり疲れを洗い流して

ゆったりとした時間を過ごしませんか?

温泉旅館 華月



このキャッチフレーズだけでも癒されそうだよな。これから僕らはここに無料で泊まれるんだぜ。



「というわけで、親睦を兼ねて温泉旅行なんていかがでしょうか?」



「姫島くんが私を? これは愛の告白だと捉えて良いのかしら?」



「神宮寺先輩、二人きりじゃないですから」



「あら残念。姫島くんなら悪くないかもって思っていたのに」

 


マジですか? 本気にしますよ?



「…………めっ!」

 


秋葉に窘められた。小鳥遊は身を乗り出して歓喜する。



「秋葉先輩、本当に千春も良いんですか?!」



「……もちろん、千春も大切な生徒会の仲間だもの」



「わたくしも参加させてもらいますわ」

 


桜庭が乗り気だったことには驚いたけど、親睦を深めるということを考えれば納得だ。彼女は生徒会長なのだから。



さて、残る問題は。



「柊は誰が誘おうか?」

 


全員の視線が僕に突き刺さっていた。



え、マジで? 無茶言うなよ。面識もないんだぞ? そもそも柊に命を狙われているという噂まである僕にやらせる気ですか?!



「え、ちょっと待って。おかしくないか? 疑問を抱いたのは僕だけですか?」



「言い出したのは姫島くんなのだから、あなたが誘うべきですわ」

 


お前が言うなよ、生徒会長。代表するなら間違いなくお前しかいねぇだろ!



というわけで、何故か僕は柊に電話をかけることになってしまった。



桜庭が教えてくれた携帯番号(ついでにここでみんなの番号とアドレスが交換された)にかけてみるけど、なかなか出ない。当然だよな、知らない番号から電話がかかってきたら誰だって警戒するだろう。



十コール目で呼び出し音が途切れたので、留守番電話サービスに切り替わったと思った瞬間、



『……もしもし』

 


不機嫌そうな声に心臓が跳ね上がるような緊張を何とか抑えて冷静を装った声を絞り出す。



「もしもし、私立紅白学園の副会長を務めている姫島と申しますが、柊つばささんの携帯電話で間違いないでしょうか?」



『副会長が何の用ですか?』

 


一応、敬語を使ってくれているけど、面倒そうな声が返ってきた。どうせ活動に参加していないことを叱責されると思っているのだろうけど、今回は違う。そもそも僕は柊が活動に参加していないことを責める権限も理由もないし。



「突然だが、温泉旅行に興味はないか?」



『…………はぁ?』



「生徒会の親睦を深めるために、二泊三日の温泉旅行を企画したんだよ。参加は強制しないけど、柊が来てくれるならみんなが喜ぶ。ちなみに参加費は無料だ」

 


しばらくの沈黙の後、小さな溜息が電話越しに聞こえる。



やっぱりダメだったのだろうか?



『いつですか?』



「明日、午前八時に学園集合だ」



『わかりました』

 


こちらの返事を待たずに通話は切れた。



「どうでしたか?」

 


緊張した表情で小鳥遊がこちらを窺う。



「ああ、来るってさ」



「マジですか?! めちゃくちゃ意外なんですけど! ちょっと姫島先輩のこと見直しました」



「これでようやく生徒会役員のみんなが揃うのね。考えてみれば初めてじゃない?」



「わたくしが誘ったら来てくれなかったかもしれません。姫島くんに任せて正解だったようですわね」



「……旅行はみんなで行く方が楽しい」

 


こうして生徒会執行部の温泉旅行は全員参加で決定した。早く仕事を終わらせて、明日から二泊三日の旅行に向けて準備をしないといけないので、昼食後すぐに作業を再開して午後三時には解散した。



まだ海開きには早い時期なので泳ぐことはできないけど、みんな気分だけは夏休みくらい盛り上がっていることだろう。帰り道の途中で最後のひとりに連絡をして、絶対に行くという返事をもらってから僕も旅行の準備に取りかかった。



妹のこのみが「あたいも行きたい」と駄々をこねたけど、今回は生徒会の親睦が主な目的なので中学生を一緒に連れて行くことはできないと断っておいた。



しかし翌日、僕はこの旅行を企画したことを後悔することになる。



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