仕事する生徒会
ゴールデンウィークとは早い時期で四月末から、遅くても五月の頭から始まる日本の連休。
それは学生や企業に勤める者に許された大型連休だ。その年の曜日の並びによって長くも短くもなる連休だというのに、ゴールドという単位は些か誇大表現な気もしなくはないが、それ故にニュースなどではあえて「大型連休」という語句で比喩されていることを最近になって知った僕なのだが、そんなことはどうでもよくて、これは五月病という言葉があるくらい気を抜いて過ごすことができる憩いの時期であるということを言いたいのだ。
そのはずなのに。
どうして僕は学園に登校しているのだろうかと目の前に積み上げられた資料を忌々しく睨みつけて嘆息する。
この仕事を終わらせない限り僕に安息は訪れない。
帰宅部のはずなのに理不尽だよな。
今年は五連休ある休みの初日、つまり五月一日である。
ちなみに、今日は土曜日で以前の不良だったときの(今の方が不良としての認知度が高いのだけど)僕であれば、四月二十九日の昭和の日からサボって七連休……いや、週の後半もサボって九日まで休むことで十一連休にしていただろうけど、色々あって真面目に心を入れ替えたのでそういうわけにはいかなかった。
これは余談だけど、四月二十九日は昭和天皇の誕生日で、昔は天皇誕生日という祝日だったのだけど、天皇が代替わりした一九八九年以降、昭和天皇がみどりを愛されたことから、みどりの日に改名されたそうだ。そして二〇〇七年にこの日を昭和の日と改名し、みどりの日を五月四日に移動することで、今のゴールデンウィークは潤っているのだ。
歴史大好き高校二年生、姫島政宗の豆知識でした。
しかし、法律改正によって歴史の問題とかも改正されたから、当時の学生にとってはいい迷惑だっただろう。もし機会があればみんなもこの豆知識を役立ててほしい。
グラウンドからは部活で青春の汗を流す生徒たちの快活な声が聞こえる。その中にはきっとクラスメイトの釘宮志穂の声も混ざっているだろう。
外の奴らに比べれば冷房のきいた室内での仕事だし、冷蔵庫が設置されているので、飲もうと思えばいつでも冷たいコーヒーを飲める天国のような環境にいるので、楽といえば楽なんだけど。
ふと隣に視線を向けると、先月友達になった僕のクラスメイトであり、教室でも隣の席に座る野々山秋葉が黙々と資料に目を通して仕分けをしている。せっかくの休みを潰されているのに、文句ひとつ言わずに作業しているのだからタフな奴だよな。
学園一のクールビューティーで、毒舌少女で、元嫌われ者。そして僕の片想いの女の子だ。
無表情がデフォルトで、その表情からは何を考えているのか予想がつかない不思議な少女だが、今は彼女を嫌う生徒はひとりもいないくらいの人気者になった。しかしその正体は……正直、僕も計りかねているのだが、一応この物語の主人公だ。ちなみに僕の前ではかなり幼く、舌足らずな印象がある反面、他の生徒の前ではクールビューティーという態度で通しているし、こいつは釘宮とよく喧嘩をするのだけど、意外に下ネタもイケる口だったりするみたいだ。
クールビューティーな毒舌少女なのか、舌足らずで我が儘なお姫さまなのか、どちらが本当の秋葉なのか些か疑問に思うけど、僕の前では舌足らずで我が儘なお姫さまという厄介なキャラでいることを決めているみたいなので、もうそういう風に見ることにした。
まぁ、会う度に毒を吐かれるよりは、多少我が儘でも素直に言うことを聞いてくれる天然少女の方が扱い易いから、このまま僕の前では毒舌少女の姿を封印してもらえるとありがたい。
余談になるが、書道を習っていた秋葉は字がとても綺麗なんだけど、勉強は苦手で、集中力が続かなくなるとノートの余白に落書きを始めてしまう。この落書きがプロ並の完成度で、過去に見せてもらった力作の一部はコピーさせてもらって今も僕の部屋に飾られている。
しかし、残念なのがその落書きのすべてに『まさむね』という少年の悲惨な末路が描かれていることだ。この『まさむね』虐殺さえなければ僕も落書きについて文句を言わないんだけどなぁ。
時刻は午前十時半。
八時半から開始したはずなのに、僕の作業はまだ二割くらいしか進んでいない。
すぐ隣で別件に取りかかっている秋葉は既に半分くらいの作業を終わらせているというのに。不器用に見えて、意外に要領が良い奴だな。僕も負けてはいられないと手元の資料に集中することにした。
僕が手にとった資料の内容は連休中の風紀強化というつまらないものだった。
学園は休みなのだから、問題さえ起こさなければ僕らが干渉する必要はないと思い、提案された事項をすべて却下した。つーか、もう連休が始まっているのに、どんだけ前の資料なんだよ、これ。後で風紀委員からクレームを受けるのは僕なんだからな。
適当に資料を手にとると、部活の予算案が出てきたので、担当に回す。来月に開催される体育祭の種目候補という興味深い資料を見つけた僕は目を通すことにしたのだけど、まさかここまで高校の体育祭の種目というものが幅広いとは思っていなかった。これは後でみんなにも見せて検討しよう。
今さらだけど、どうして帰宅部の僕がこんなことをしないといけないのかについてお話しないといけないよな。
先月の生徒会役員選挙で敗退した秋葉は潔く会長に当選した桜庭絵里香に夢を託した。
しかし、その人気は桜庭の高いプライドを傷つけて彼女を暴走させてしまったのだ。
説明が面倒なので、詳しくは前作の最終話を参考にしていただきたい。そして、我が私立紅白学園高等部の副会長の選抜は新会長が行うという規則に従い、桜庭は副会長を指名した。
――新たな副会長には姫島政宗くんと野々山秋葉さんを指名しますわ。
という経緯があり、停学処分が明けたその日から僕は副会長として生徒会を支えることになってしまったわけだ。他校の不良との喧嘩騒動を起こし、停学中でありながら選挙当日に乱入した僕みたいな問題児が副会長に選ばれたことに反感がなかったわけではないけれど、桜庭の献身的な説得によって生徒たちも僕を認めてくれた結果が今に至る。
同じく副会長に抜擢された秋葉は快く承諾したそうだ。理由を訊いたら「……政宗がいるなら私もやる」という軽いノリとしか思えないものだったことに落胆したけど、学園を良くしようという彼女の意思は本物なので、微力ながら僕も支えることにしたのだ。
ここで今後のために私立紅白学園生徒会執行部の役員を紹介しておこう。
今、僕らが作業している生徒会室の最奥にある会長の席に座って、赤縁の眼鏡をかけている柔らかいウェーブの赤毛の美少女が会長の桜庭絵里香。普段は眼鏡をかけていないので新鮮だという印象は置いておくとして、彼女は有名な桜庭財閥の一人娘で本物のお嬢さまだったりする。口調も上品で「~ですわ」という語尾は絶滅危惧種に認定してやりたい天然記念物だといえるだろう。
毎日、リムジンで豪華な登下校をしているが、お金持ちの家柄を鼻にかけることがない純粋な性格とリーダーシップは彼女の長所だと思う。短所はプライドが高いから、暴走すると手に負えないところだろうか。学園の新聞部が集計した美少女ランキングで三位に名を載せる美少女だが、結構扱いにくい女の子だ。
ちなみに一位は野々山秋葉。誤解されたくないから言っておくけど、一番美人だから好きってわけじゃないぞ!
そして、僕の対面席に座る艶やかな黒髪の美人は前期生徒会長を務めていた三年生の神宮寺絢女先輩。現在は書記として生徒会を支えているが、彼女の実力と人気は底が見えない。自ら立候補して書記になったのは、敵対していた桜庭と秋葉が協力する姿を近くで見てみたいという秋葉みたいな軽いノリだったそうだ。去年のミスコンの覇者であり、学園美少女ランキングでは二位に名前を載せる美人で、容姿端麗、文武両道で柔らかい物腰は死角がない大和撫子だけど、一緒に行動するようになって分かったことがある。
彼女が秋葉と桜庭を見ているときの視線が妙に生温かいというか、何とも言えない違和感があるのだ。一部の生徒たちの間で噂になっている百合疑惑はもしかしたら本当なのかもしれないが、只今絶賛彼氏募集中らしい。僕の偏見かもしれないけれど、美人というのは癖の多い生き物なのだろうか?
その神宮寺先輩の隣で不機嫌そうに眉を寄せて黙々と電卓を高速連打している黒髪のツインテールが一年生で会計担当の小鳥遊千春という生意気そうなというか、実際マジで生意気なチビ……おい、どうして口に出していないのに僕を睨むんだ?
「姫島先輩、手が止まってますよ。千春は早く帰りたいんだから、キビキビと仕事をしてください!」
お前の手が高速過ぎなんだよ。地の文で密かに連射バットってあだ名つけるぞ、コラ。
という感じのとにかく生意気なクソガキなんだ。よく分からないけどツンデレってこういう奴のことを言うのかもしれない。デレられても困るのだけど。
「言われなくてもやってるだろ。それに早く帰りたいならもう一人を連れて来てから言いやがれ。お前のツレなんだろ?」
「ちょ、バッカじゃないの?! ツレなんかじゃないし! 変なこと言わないでください! クラスが一緒なだけで、千春はあの子とは仲良くないし! 一応、声はかけたけど、無視されたんです。正直、あの子恐いからあまり関わりたくないんですよ」
ひどい言われようだな、と嘆息する。新生徒会が発足してから唯一、一度も顔を出していないメンバーがいる。
一年生で小鳥遊と同じクラスの名前は確か……柊つばさ。役職は庶務となっているけれど、桜庭いわく危険人物なので監視下に置いておきたかったから指名したらしい。入学してまだ一ヶ月だというのに、他人に無関心な僕でも名前を聞いたことがあるくらいの不良生徒だ。
僕がズル休みをしていた始業式前後の数日間に紅白学園の不良と片っ端から喧嘩したという噂を耳にした。一度も顔を見たことがないからどんな奴なのかまったく知らないけれど、先日の喧嘩騒動で僕も柊に目をつけられているという不穏な噂まで流れているので、帰り道は気が抜けない。
鬼の生徒指導で知られる如月渚先生でも手を焼いているらしいから、相当な問題児だということだけは確かだ。そんな柊を飼いならすことができるようになったら、桜庭の支持は不動のものになるだろう。
まぁ、命を狙われているかもしれない僕がそんな悠長な感想を抱いている場合じゃないんだけどね。
以上、僕を含めた六名が新しい生徒会役員だ。
学園の美少女ランキングのトップ3を総なめにしていることが密かな自慢なんだけど、癖のある女子ばかりが集まったのは僕がそういう人間に縁があるということと何か関係があるのだろうか。でも、今さら辞めますなんて言えないから大人しく仕事を終わらせてさっさと休みをもらおう。
僕には是が非でも連休を確保しないといけない理由があるのだから。