“吸血鬼”『万華鏡夜姫』
『吸血鬼』
それが私に与えられた役割である
私が生き、この世に君臨しているだけで『吸血鬼』としての役割を全うしているならばこれ程楽な役割はないだろう
生憎と私は吸血鬼としての特性が薄いが、食物連鎖として人々の上位に位置するだけで役割を果たしている
『殺人鬼』のように人を殺すこともせず
『魔法使い』のように街を護る必要もない
『吸血鬼』とは、ただそこに君臨していればいいだけ
なんとも、楽な仕事だ
「はじめまして、『万華鏡夜姫』さん」
今日、そんな私の下位にあたる一人の少年と出会った
第一印象は、《普通》
特に何かに秀でた容姿でもなく、平凡や普通、一般的としか表現のしようがない少年だ
「……………お前、名はなんという?」
「好きに呼んでもらっていいですよ。あーくんでもお前でも貴様でも何でもどうぞ。あーくんって呼ばれる事が多いですね」
「名前を聞いている、答えろ」
「……………ぼくが名前を名乗って、何かメリットがあるんですか?」
「この私が聞いているんだ、お前はただ私の命令に従って名前を私に告げればいい」
「万華鏡の、あーのに名前を聞くだけ無駄だぞ。あーのは昔から自分の名前を口にする事がないからな」
「お前には聞いていない、獄門院。わざわざ少年を私の元まで送り届けてもらってご苦労な事だな、もう帰っていいぞ」
「それは出来ない。私はあーのを届けに来たのではなく、あーのを護りに来たのだから」
篠ノ木から話は聞いていたが、随分とこの少年に執着しているようだ
「獅弓さんからぼくに会いたいと聞きました。どうしてですか?」
「お前に質問をする権利を与えたつもりはないぞ、少年。とりあえず座れ、茶の一つでも淹れてやる」
「それは嬉しいですね、ありがとうごさいます」
「毒などは入れてくれるなよ、万華鏡の」
「お前に淹れてやるとは一言も言っていないぞ、獄門院。というよりも、まだ居たのか。お前は唾でも飲んでいろ」
「酷い言いようだな。まぁ万華鏡のが淹れてくれないとなるとあーのとシェアするしかないが。
フフフ、あーのと同じカップの紅茶を飲むとはカップルのようだな。もしや、カップルとはこれが語源なのだろうか?」
「さぁ、どうなんだろうね。詳しくは知らないよ」
なんなんだコイツら
今の状況を理解した上で話をしているのか?
いや、絶対に考えていない
特に少年の方、此処へ来るまでにも観察していたがその時と変わらない表情を浮かべている
何事には興味を持たないような、暗い黒い瞳
その眼からは、一切の感情が見受けられない
私に恐怖や畏怖の感情を抱くのならまだしも、何も感じない等あり得ない
そう断言出来るのは、私が『吸血鬼』だからである
食物連鎖の上位に位置する蛇に睨まれ動けない蛙のように、同じく上位である吸血鬼に対して本能的に恐怖を感じるのが生物としての人というものだ
自身の脅威となりうるモノに対して、こうも感情を動かさないというのは異常な事である
「……………お前は、生物として何かが欠落しているのか?」
「あぁ、それはよく言われますね。お前は生物として失格だとか、お前は何か大切な物が欠けてるとか。まぁ、どうでもいいですけど」
「お前から呼び出しておいてその言い草もどうかと思うがな、万華鏡の。お前こそ客人に対する礼儀というものが欠けているのではないか?」
「私は『吸血鬼』だ。人に対して礼儀だの礼節だの、そんなものを求める方が間違っている。
お前は翌日には腹に入る家畜に自身の同族と同じ対応をするのか?」
「いや、しない。しかし本来であればお前からあーのに会いに来るのが筋というものだ。それをあーのはわざわざ此処へやって来た。
そんな客人に対して礼儀を尽くすのが正当な対応だと思うがな」
「……………先程から聞いていればお前お前と誰に向かって言っている? 私はお前よりも年上だぞ。年上への礼儀も知らぬのか、魔法使い。喰い殺すぞ」
「なんだ、喧嘩を売っているのか? ならばその牙をへし折ってやるぞ、吸血鬼」
「待った。獄門院、君は此処に喧嘩をしに来たの? ならもう帰っていいよ、このまま居ても話が拗れそうだし」
「っ、すまない、あーの。私が悪かった、謝ろう」
「街を動かす歯車である人なんぞに頭を下げるとは、獄門院も堕ちたものだな」
「貴方もです、夜姫さん。何の用で今日ぼくが呼ばれたのかは知りませんが、このまま獄門院と喧嘩するなら帰りますからね」
「人風情が随分と舐めた口を利く。だがしかし、その威勢だけは評価してやろう」
「あぁ、それから、お茶はまだですか?」
「……………今淹れよう」
なんなんだ、コイツは?
物怖じしない、なんて言葉では足りない
やはり、人として何かが欠落している
「そういえば、なんで今日ぼくは呼ばれたんでしょうか?」
「いやなに、ただの興味本位だ。人でありながら多数の人外と交流を持つお前を知りたかっただけさ」
「……………で、本音は?」
「朝陽が毎日のように今日はあれを話した、明日は何を話したらいいだろうかとうるさくてな。
毎日毎日あーくんあーくんと話してくるものだからどんなヤツだろうかと思ったのと、他の人外達と交流を持っているのに私とは繋がりがないなど寂しいではないか、だからこうしてお前を呼んだんだ。
まぁ、獄門院が付いてくる事は聞いていたがあまりにも敵意を向けられたからな、それに対しては謝罪しよう。
元々私は女だが紳士なんだ、客人に対しての礼儀礼節はきちんと弁えているつもりだ。それがたとえ翌日には腹の中にいるかもしれない人であろうともな。
まぁ、年上への礼儀を知らぬ何処かの魔法使いに本気で苛立ってしまったのも事実ではあるがな」
「意外ですね、突っ込まれるかと思ったんですけど」
「裏があると分かっている者に嘘を吐き通すのは無駄だ。嘘を嘘だと理解している者に嘘を並べるのは愚か者のする事だ。
嘘を嘘だと見抜いた者には本当の事を伝える、それがたとえ恥ずべき事であってもな」
「……………私も反省はしている、あーのに嫌われたくはないからな」
「お前がどれ程この少年に肩入れしているのかがよく分かって面白かったぞ。そして少年の異常さも知れてな。
ほら、紅茶だ。私はコーヒーの刺激的な香りよりも紅茶の奥深い香りの方が好きでな、まぁ先ずは茶でも飲みながらゆっくりと話すとしよう。時間はまだまだある」