人の上に立つモノ
『吸血鬼』
人の上に立つ事を役割とする人外であり、私と同じ“鬼”を名乗る“血を啜る鬼”
私達『殺人鬼』が人を殺す事で人の数を調整するという役割を持つのに対し、『吸血鬼』は人を食す事で生物として人の上位に君臨するという役割を持つ
人にその名を最も知られている人外であり、人外の中でも珍しく物語や童話として語り継がれている人外である
しかしながら当代の吸血鬼は特別製で、人の血を必要としていない
その特性上、『吸血鬼』と呼ぶよりも『人間』と呼称した方が的確とまで言われているが、本人は大して気にもしておらず、他の人外達も自身以外の人外には大した興味もないので『吸血鬼』と呼ばれている
その『吸血鬼』の名は『万華鏡夜姫』
夜の姫等となんとも壮大な名ではあるが、吸血鬼と夜というワードは確かにしっくりとくる
因みにその妹の名は『万華鏡朝陽』
吸血鬼というイメージとは程遠い名前だ
「_____お前から私の下へくるとは、どういう風の吹き回しだ篠ノ木? 同じ“鬼”を名乗るモノ同士、馴れ合いはしないというルールは知らない訳ではあるまい?」
「あぁ、もちろんその事に関してはきちんと弁えているさ。だがしかし、アイツと会うよりもお前と会った方が私のストレスも幾らかマシなんだ、許してくれ」
吸血鬼の住まう洋館
そのリビングへと通された私は目の前に座る女に先ずは軽口を交えながら話す
この女、この吸血鬼『万華鏡夜姫』を一言で表すとするならばそれは“鏡”だろう
私と同じ“鬼”であり、人外としての共通点を加味したとしてもまるで自分を見ているようで気持ちが悪い
見た目は私とは全く違うのにも関わらず、まるで鏡越しに自分と話をしているようで心底気分が悪い
そういった意味で、私はこの吸血鬼を苦手としている
「早速だが本題へ移ろう。私が今日誰から仕事を引き受けたか知っているか?」
「あぁ、もちろんだ。お前との会話、状況、心情。全て私は知っている」
「……………常々思うが、お前は一体どうやってその情報を仕入れているんだ? 『魔女』でもあるまいし、世界の全てを知っているわけでもあるまい?」
「そうだな、詳しくは企業秘密だがこの街に限って言えば、私は人に関しては『魔女』よりも詳しいと自負している。
今誰が何処で、何を思い、何を考え、何をしているのか。ことこの街の人に関しては私は全てを知っている」
「まぁ、話が早くて助かるがな。それで、私の依頼人の両親を殺害した犯人を私はお前に聞きに来たのだが、誰か知っているな?」
「……………知ってはいるな。それを話すかどうかは別として」
「……………何が望みだ、金か?」
「いや、金なら別に必要ない。少し頼みたい事があるというか、ちょっと渡りをつけてほしいというか」
「お前にしては随分と遠慮がちだな。なんだ、私に払える対価ならその頼みを叶えてやるから言ってみろ」
「……………では、『あーくん』という奴を私に紹介してほしい」
「『あーくん』だと? なんの用があって『あーくん』を紹介しろと? お前ならば彼の情報くらいは握っているだろう?」
「いや、それが何故か私も知らないんだ。妹が最近『あーくん』『あーくん』と話してくるから気になって気になって仕方がない。
聞けばこの街に暮らす人外と仲が良いただの人で、あの『獄門院』やらお前の弟やら、果てには『李桜』までも親交を持っているそうじゃないか?
別に取って食おうというものでもなし、私に件の『あーくん』を紹介してくれ。そうすればお前の望みを叶えてやろう」
「……………分かった、それでいいのなら私は問題ない。まぁ恐らく一緒に獄門院辺りが付いてくるだろうが、紹介しよう」
「そうか、それは助かる。この事件の犯人だが、お前が予想しているモノではないぞ、ただの人だ。
そいつの名前は『葉守巴智』、お前の依頼人である『葉守羽澄』の父親の弟だな。ま、身内の犯行という何でもないただの殺人事件だ。
急いだ方がいいぞ、そろそろ警察の方もソイツの犯行だと気付く頃合いだ。警察よりも早く見付けて殺せという依頼だろう? ならばゆっくりしている暇はない。
住所はこのメモに書いておいてやった、早速向かって殺した後、私に『あーくん』を紹介してくれ」
「あぁ、ありがとう。では私は仕事に戻るとしよう」
「あぁ、それからもう一つ。ソイツの住むマンションにはお前の“失敗作”の方の妹も住んでいるから、まぁ会いたくないのなら気を付ける事だ」
「……………それは、とても有意義な情報だな、頭が痛くなる」
「私としては姉妹なのだから仲良くすればいいとは思うがな。そこは人外であるお前としては譲れないところか? それとも、『篠ノ木』としての振る舞いか?
因みに、お前の“成り損ない”の方の妹は仲良くしたいようだぞ。血の繋がった家族としては、お前と妹とどちらが正しいのかな?」
私は万華鏡からの問いに答えることなく洋館を後にした
今の私には答えられない問いだ
わざわざ時間を割いたところで、出ない答えを追求するのは時間の無駄遣いだろう