アムドブレイバーXになろう
「おはよう、リュートくん」
目を覚ませば、小さな女の子がいた。
頬を撫でるのは風で、優しい草の匂いが香る。広がる景色は青い空。それと、やっぱり小さな子。
黒い髪を長く伸ばし、白いワンピースを着て。麦わら帽子を被る彼女は、白い子犬を連れている。
「あ、えーっと……その、なんだろ……おはようございます」
しどろもどろになりながら、なんとか挨拶をしてみる。何がおかしかったのか女の子は軽く口元を押さえながら上品に笑っている。犬はリードに繋がれてないらしく、俺に飛びついて顔をペロペロと舐めはじまた。
「うわ近い、ちょっと近いって!」
犬を顔から引き剥がし、眺める。見覚えがあった。記憶を探らなくたってわかる。助けようとした犬の顔を、忘れるなんて出来はしない。
「良かった、助かったんだ」
口をついたのはそんな言葉。ここはどこだとか、君は誰だとか、俺はどうなったとか。そういうもの全部吹っ飛ばして、出てきた言葉は素直な気持ち。
晴れやかな気分だった。きっとヒーローの報酬は、こんな自己満足なんだろう。それで良かった。
「あ、それでここどこらへん? 都内にこんな所あったっけ?」
「んーとね、外れ」
と、言うことは。
「俺、死んじゃった?」
少女は笑う。子犬が三回回ってワンと鳴けば、世界は色を失って。
「リュートくん」
彼女の声は優しいままで。帽子をとって、両手で持って。
「異世界で、ヒーローやってみない?」
冗談みたいなお誘いを、俺に持ちかけた。
えーっと、この子は何を言っているんだろう。あれかな、もしかしてアムドブレイバー好きなのかな……試してみよう。
「『だけどさ、信じてみたくなったんだ……』」
ファンならわなる次のセリフ。アムドブレイバーFの37話、失意の神無月康介が昔の恩師に励まされ、再びアムドブレイバーになる事を決意する名シーン。ゲストとして初代アムドブレイバーのスーツアクター岩口さんが恩師役として登場し、アムドブレイバーFを良作から名作へと変身させたあのセリフ。ここで敢えてスーツアクターさんを出演させる監督の采配、素晴らしい。
「……どうしたの急に」
「『正義って奴を』だろおおおおおおおっ!?」
にわかでも知ってるよそれぐらい!
「何、見てないのアムドブレイバーF! だめだよ俺がアムドブレイバー興味もったんだけど何見ればいいのって質問には毎回初代とFとウルフって言ってるのに!」
あでも業火も外せない。いやまてでも女の子と言うことを考えるとイケメン揃いのNX? でも豪華声優起用で人気を博したのはウィニング以降だし……。
「アムドブレイバーって……何のこと?」
「はあああああああ!?」
やっぱりラブハートか。幼女はアムドブレイバーをスルーしてラブハート見ちゃうのか。俺も全部見てるけどさ。
「DVD! レンタルでもいいしというか俺の部屋に全部揃ってるからちょっと貸すから! ブルーレイ買ったから大丈夫だから!」
「何のはなし」
「日本のヒーローといったらアムドブレイバーだろおおおおおおっ!?」
自分でヒーローって単語出しておいて!
「そりゃあ世界的に見ればアメコミのヒーローの方が人気があるし最近の映画は出来がいいよ!? 派手なCGに大人も鑑賞出来る脚本! でも、でもだよ! 負けてないんだよ日本の特撮だってスタントにアクションスーツアクター脚本玩具! 最近はアジアでも人気が出てきてるし!」
「え、えーっと……」
「あっ」
しまった、ドン引きされている。うん、わかっている。血迷った女子にそういえばあの俳優さんって昔アムドブレイバーだったんでしょと聞かれてFの良さを中休みの間延々と語ってドン引きされた過去が俺にはあるから。
「その……なんていうかさ、俺死んじゃったみたいだし、時間はたっぷりありそうだから」
俺は咳払いをして、草原に寝転んだ。
「とりあえず……初代からみるか」
全部。
全49話×22年+26話に映画が30本とビデオオリジナル5本。
そんなに一気に見たら死んじゃう? 大丈夫、だって俺はもう。
死んじゃったんだから。
『見せてやるぜ……俺の最強の』
大画面のテレビに映し出される、アムドブレイバーウルフ最終話。今までとは違い動物をモチーフとした多数の変身アイテムをガチャで販売したことで若干の批判をうけたものの、その意欲的かつ先祖返り的なシリアスさはまさに日曜朝にやるべきではなかった本格派。
俺たちは立ち上がり、涙を流してキャラメルポップコーンを食べながら叫ぶ。食べながらって汚いよって? だって仕方ないじゃないか。
「「『変身をっ!』」」
名台詞なんだもん。
「ワンッ!」
子犬が吠える、だけど怒らない。アムドブレイバーの良さは、生物の垣根を超えるのだから。
「面白かったね、アムドブレイバー」
少女はそういうと、テレビの電源を落とす。あったはずのテレビは消えて、また草原に戻る。天国ってなんでもありだなんて呑気な感想を抱いて、俺はその場に寝転んだ。
「……でしょ?」
全話全シリーズマラソンを完走した少女は、もう立派なアムドブレイバーオタクになっていた。
「今でもやってるんだ」
「人気だからね」
だけど、どうしても見れない話がある。いくら時間があったって、見れないシリーズが一つだけ。
それは、新シリーズ。
来週放送予定の、アムドブレイバーX。
だけど人生を卒業した俺に、それを見る資格はないから。
空が滲む。頬を熱いものが流れて、初めて滲んでいたのは俺の瞳だと理解した。
「でも、俺はもう見れないや」
消えたかったはずなのに。死にたかったはずなのに。ただ、悔しかった。這いつくばって生きれば良かった。子供番組が後悔なんて世間は笑うかも知れないけれど、でも、自分が消えるよりは。
「じゃあ、なろうよ……アムドブレイバーXに」
彼女は笑う。それが良いよなんてうなづいて、楽しそうに。
「えーっと……」
そう言えば、そんな事言ってたっけ。あ、俺今普通に女の子と会話してるかも。
「実はね、私って神様なんだけど……ここは兄さんの世界なの」
「ふーん……」
意外な事に俺は驚かなかった。まあこんな草原のど真ん中でどこからか60インチのテレビを用意してアムドブレイバーフルマラソンに付き合ってくれる美少女がいるとしたら天使だと思ったぐらいだし。
「リュートくん、この子助けようとしてくれたでしょ? 自分の命を賭けてでも」
「それは……」
そうだよと、言えなかった。
だって俺がそこにいたのは、世界の平和を守るためじゃなくて。このどうしようもない世界から、逃げるためだったから。
「わかってるよ、うん」
少女は訳知り顔で頷く。神様だから、全部わかってるんだろう。
「だって……その涙が証拠だよ」
優しく俺の涙を拭いて。
「それ、NXの名台詞」
消えゆく改心した怪人に、ヒロインが告げた優しい言葉。
だけど、嬉しかった。自分を理解してくれる人が、ただ隣にいる事が。
「それで、アムドブレイバーXってどんな感じ?」
「あー、俺の部屋にてれびふれんどがあるんだけど……」
てれびふれんど。ほとんどがひらがなで全ての漢字にルビが振ってあるくせに、ネタバレ上等スタッフご乱心スペシャルビデオ、限定変身グッズの通販ともはや特撮オタクに欠かせない児童向け雑誌。とく大スクープ! アムドブレイバーXさん上! って書いてあった。
「これかな?」
少女は麦わら帽子からてれびふれんど最新号を取り出す。表紙はもちろんX。
「結構いままでのと違うね」
そう。今までは子供が書きやすいようなシンプルなデザインがほとんどだったが、Xは首元の赤いマフラー以外は殆ど黒い。全身を鱗のような装甲で覆い、頭には大きなバイザーが付いている。一見すると怪人と見間違うその生物的なデザインモチーフは竜。高品質のフィギュアが出たら間違いなく一週間で店頭から消えるほどの格好よさ。こんなのアムドブレイバーじゃねえとネットで叩く奴もいるが、俺はこのチャレンジ精神を評価したい。今の所発表されているのは黒い槍。必殺技はもちろんキックだ。槍を投擲し動きを封じ、打ち込むような飛び蹴りをかます。
「へえ、これが俳優さん……」
少女は変身前のアムドブレイバーXの顔を見る。何度か本格を近づけたり離したりして、結論を俺に告げた。
「あんまりタイプじゃないなあ……」
あ、そうなんだ。
「んー……」
それから少女は俺の顔をまじまじと見る。美少女に見下されど見つめられる経験なんて無かった俺は、つい目を伏せてしまう。
「リュートくん、パーツは悪くないからすこし調整してイケメンにして細マッチョにしてあと身長も18センチ伸ばせばいいかな?」
ちなみに俺の身長は164センチだから足すと182になる。
「やっぱり、アムドブレイバーの中身はイケメンじゃないとね!」
アムドブレイバーウルフの超振動ファング並みに鋭い切れ味で俺の心を抉る少女。ごめんなさいブサメンキモオタで。
「ベルトはなるほど……初期みたいに生体式なんだ。うん、そっちの方が簡単そうかも」
えーっと、なんだか随分勝手に話が進んでるみたいだけど。
「その……俺はどうなるの?」
「どうって、私の世界でアムドブレイバーXになってもらうけど?」
あ、もう確定事項なんだそれ。
「実はね、少し困ってるの。私も手が付けられない状況になっちゃって……本当はね、兄さんに相談に来てたの」
「それで?」
「それなら、出来る人を探しなさいって言われちゃった」
なるほど、それで俺かあ。
「勘違いしないでね、リュートくん」
小さな自身の胸を彼女が叩く。ちょっとした強がりだって、俺にもわかる。
「全責任を押し付けたい訳じゃないの。あなたが失敗しても、逃げても……私は絶対にあなたを責めない」
辛かった。だってこんな小さな少女の目の前にいるのは、人並みの人生を成し遂げられなかったブサイクのキモオタのデブだから。
だけど、たった一つだけ。
得るものがあったのなら。
「全く、何を言い出すかと思ったら」
俺は彼女の小さな肩に、そっと手を置いた。震えていた。だけど、それは徐々に収まって。
拳を高く掲げて、空に向かって俺は叫ぶ。
「『俺は……負けない! 守るものがここにあるから!』」
彼女は笑う。俺も笑う。だって仕方ないじゃないか。
「がんばれ、アムドブレイバー!」
これが初代アムドブレイバーの、キメ台詞なのだから。