陣内流斗
――ヒーローの最期って、どうなるんだろう。
子供の頃、俺はみんなと同じようにテレビの前に釘付けになった。普段は遅刻ギリギリなのに、日曜だけは7時起き。始まるまでの30分で限界までテンションを上げ、クリスマスプレゼントに買ってもらった玩具のベルトを巻いて変身。番組の途中で母さんが掃除機をかけようものなら、その日の機嫌はずっと斜め。
月曜日が楽しみだった。幼稚園に行けば、みんなでアムドブレイバーの話が出来た。ジャンケンで負ければ怪人、勝てば正義のアムドブレイバー。シリーズ物だったから、少なくとも幼稚園の間はこの話が誰とでも出来た。
みんなと違ってきたのは、小学校に入ってからだ。同じ幼稚園の友達が、アムドブレイバーを見なくなった。つまるところ、卒業したんだ。そんな子供っぽいもの見ないと、少年漫画に鞍替えした。
――俺はヒーローを卒業しなかった。
一年、また一年と卒業生が増え、小学校を卒業する頃にはアムドブレイバーを見ているのは俺だけだった。
――それでも卒業しなかった。
テレビの前のアムドブレイバーは、悩んで、泣いて、叫んで、笑って。テレビの前の子供達に、何が正しいかを教えてくれた。正義の二文字を忘れたくなかった。中学生になっても、高校生になっても友達はいなかった。太り始めたとか、顔が良くなかったとか。そういう事じゃなかった。
ウザかったんだと思う。反抗期の集団に、正義をかざすキモオタは。クラスで孤立した俺は、アムドブレイバーの後にやっている幼女向けの番組を本格的に見始めたせいでさらに気持ち悪くなった。だけどネットの掲示板で番組の感想を言い合うのは好きだった。
大学に入って、ほんの少しだけ風向きが変わった。特撮研究会があったからだ。四人しかいなかったけど、一緒に秋葉原まで繰り出して買い逃したグッズを漁るのは楽しかった。
だけどそんな俺の生活も長く続かなかった。
女だ。俺が二年になると、女が一人サークルに入ってきた。どこかの戦隊みたく、男四人女一人でさあ目標に一直線。不可能だった。大して可愛くなんかないのに、やれ誰の隣に座った誰と一緒にご飯を食べた終電逃したから止まった。
うんざりだった。サークルに行かなくなった。ブスに鼻の下を伸ばす連中が見たくなかった。視界に入るのも嫌だったから、当然の様に大学に行かなくなって。
大学は卒業できず、俺は晴れて無職になった。
無職一年生の俺は、死ぬ事を考えている。だから、ヒーローの最期ってどうなるんだなんてどうしようもない考えに思い当たった。
シリーズ物のアムドブレイバーは、主人公の最期はほとんど描かれないで。一人だけいたけれど、最期は時間が巻き戻って。どうなるかなんてわからない。ああでも、どういう訳か歴代アムドブレイバーは大半が無職だったっけ。自分の将来とか親の説教とか、そういうものと戦いはしなかったけど。
俺は橋の上に来ていた。少し大きな川にある、よくある橋。見下ろして飛び降りれば、あっさり死ねそうだ。
遺書は引き出しの中にある。持ち物は何もない。最後の景色を焼き付けようと、俺は顔を上げる。
小さな犬がいた。眼鏡越しに映る、川を流される白い犬。このまま下流に流されれば、助かる余地はどこにもなくて。
――ああ、そうなんだ。
世間一般の常識なら、子犬の命は大切だけど人様の命と比べるようなものじゃない。大事なものは人の命、それも一つだけの自分の命。
わかった気がした。アムドブレイバーの連中が無職なのは、平気で自分を後回しにした結果だ。きっとそれが資格なんだ。世界がピンチだっていうのに、命可愛さで逃げる奴にヒーローなんて務まらない。
だから。
俺にヒーローの資格があるなら。
この子犬を助けなければ。
右手を、前へ。左手は鋭く肘を後ろへ突き出し丁度手は腰のところ。そして右腕の力を入れて、半月状の弧を描く。
「……変身!」
叫んで、構える。俺の姿は何一つ変わりはしないが。
その子犬を助けるために、その橋を飛び降りた。
それがヒーローに憧れた、陣内流斗の一生だった。