eden-3
気持ちよくうとうとしていると、いつの間にか寝てしまったようだ。
窓を開けっぱなしにしていたせいか口も渇いてきている。
「ーーん?」
起き上がって暫くすると、誰かの視線を感じる。
恐る恐る部屋の中を見渡し、上に顔を動かすとーー。
「うわッ!?」
部屋の天井に、砂羽都が張り付いていた。明らかに人間業ではない。
「寿命が縮むかと思った! なんですか一体!?」
すぐさま飛び起きて抗議をするが、向こうは平然としている。
「そろそろ飯だから起こしてこいと、そう言われたのでな。ーーピッキングで部屋の鍵を勝手に開けても気付かないくらいだ。やはりお前は普通の人間だろうと確信は出来た。隙だらけ過ぎて逆に達人じゃないのかと不審に思ったくらいだ」
砂羽都はそう言ってくる。
しかしその姿を見て、帽子を脱いでいると中々に綺麗な顔立ちをしていると気付く。
「ーーそれでも、変な事はしないでください。びっくりします」
「寝ながら勃起している人には言われたくないな」
「ーーなっ」
思わぬ反撃にたじろぐ。
「視界の暴力という奴だ」
砂羽都はそのまますたすたと帰ってしまった。
「ーー仕方が無いだろ、寝起きなんだから」
僕は後ろめたい感情を感じつつもぼそぼそと呟いた。
今回に限っては、自分は悪くは無いはずだ。ーーそうだよなぁ?
ーーそっと自分の下腹部のあたりの布団に手を置く。
「ーー別に何もなってないじゃないか。酷い言い草だ」
からかっているのか、どうも心にチクチク刺さる。
僕が弱く見られているんだろうな、多分。
「そうだ、言って置くことを思い出したよ」
と、その瞬間ひょいと砂羽都が戻って来る。微妙に笑いが顔に張り付いている。ハラスメントだ。
ーー試して来てたのか。
「ーーまだ、何か?」
うんざりした顔をつくり、そう返す。
「この家、私が色々調べたけれど盗聴器だとかそういったものの類は無かったよ。別にあのルシウスという男、殊更にこちらを監視しようって訳ではないみたいだ」
そう一言だけ言ってくれて、また去っていく。
「あぁ、情報ありがとう」
僕は内心穏やかじゃなかったがそう、礼を言った。
寝起きを起こされたというのはあまりいい気分ではないが、呼ばれたという事は事実なのでとりあえず制服から私服に着替えると一階に降りる。
一階の居間に下りると、すぐ横の部屋で葉桜君が椅子に座り、テレビを見ていた。
彼から1mほど離れたところで、アナスタシアが座布団の上で丸くなっていて、時おり尻尾をぱたぱたさせたり、ごしごしと顔を洗っている。
「そう言えば葉桜君、アナスタシアは大丈夫なのかい? 猫は家に居つくって言うけどさ、引越しは負担じゃないのかな?」
ちょっと気になったので話しかけてみる。
「ん、肥後か。大丈夫だ。こいつは賢いからな、ストレスとかも掛からんよ。耳の様子で平常心だって分かるだろ。たまに構って欲しがってつつきにくるのは確かだが」
葉桜君はそう返事をしてきた。
「猫の餌とかトイレとかは大丈夫?」
「それについても問題は無い。さっき俺は外に出て砂は買ってきたからな。場所も教えた」
葉桜君はテレビに目線をむけたままで、猫の背中を軽く指先でさする。
「うにゃー」
アナスタシアは伏せたままでごろごろと、喉をならしてみせた。
「心配有難う、だとよ」
葉桜君はまるで代弁するかのように言ってくる。
「本当に猫の言葉が、分かるのかな……」
声を掛けたがその言葉には葉桜君は、答えなかった。
「……飯が出来たぞ、そこの壁に寄せてある折りたたみテーブルを出してくれ」
そこへチェックのエプロンをつけたルシウス先生がオタマを片手にやってくる。
その格好がなんだか嵌っていて、学校の時や地下での時とはまた大分イメージが変わって見える。
「分かりましたー、それじゃ、葉桜君」
「おう、手伝う」
言われたので二人で、長テーブルを引き出す。
正直葉桜君一人でテーブルは抱えられそうだったが、手伝わないのもアレなので協力をした。
「私の本分は教員なのでな。会議などが長引くと流石に毎日の食事を用意するのは無理なのでそういった時は持ち回りにしてくれ。今日の料理は煮物と焼き魚、味噌汁に漬物になる」
ルシウス先生はそう告げてキッチンに戻っていった。
「……このカブの煮物、うちの使用人の作ったものよりも上手いな。ーー七海ルシウス、あんたは教員じゃなくて料理人でも飯を食えるのではないか?」
飯になると、料理を口に運んだ砂羽都が関心した様子で声を上げた。
「生活能力には自信があるが俺は調理師免許は無いんでな。残念ながらそりゃ無理だ。もっとも、遠い親戚に洋食屋はいるといえばいるが」
ルシウス先生は首を横に振ってから、炊飯ジャーの中身を見て少しうーんとうなる。
「どうかしたのか?」
葉桜が尋ねる。
「いや、今考えてみたら流石に5人で6合は少なすぎたかなと思ってな。男が3人もいるのだから」
するとルシウス先生は、そう言ってきた。
「私が小食なんで余裕だと思いますよ。おかわりはしないですし」
と、横から話してくる茉莉。
「だが……その分馬鹿が食うからな、判断は任せよう。これは気に入ったぞ、おかわりさせてもらう」
その横で砂羽都は煮物をお代わりしつつ、言ってのけた。
「人を大食漢扱いするなよ、お前だって肥後より食ってるくせに」
しかし葉桜君はカチンときたのか、盛ったばかりの砂羽都の皿から大きめのカブを箸で摘んで取っていった。確かに事実ではあるが、憤慨すると想像するには易しい。
「ぬがっ! ーー貴様、食い物の恨みの恐ろしさを知らないのか!」
案の定食って掛かる砂羽都。心底頭に来ているのか、言葉遣いが荒い。
「早い者勝ちという言葉を知らないのかよ? 食事中に立ち上がるのはマナー違反だし大人気ないぜ?」
しかし葉桜君は平然として、笑って咀嚼する。
「えぇい、葉桜! 覚悟しろよ、そのうち寝ている間に貴様の指を詰めてくれる!」
「二人とも行儀が悪いって」
茉莉が宥めようとするが、砂羽都の顔には本当に怒りが浮かんでいる。
「ここまで私に逆らう奴は実家じゃ見たことが無かった……!」
「そりゃお山の大将じゃな」
「貴様ァ! 貴様のおかずを代わりに寄越せ! そうでなくては道理が通らん!」
「断る! 俺の皿のは俺んだ!」
半ギレの砂羽都を尻目に食べ物にがっついて食い終えた葉桜君は、食器を担いでシンクに持って行き、洗い物にいってしまう。
「チッ……今回は我慢してやる、が。食べ物に関しては私は妥協しないからな。そのうち覚悟しておけ、背中に気をつけるんだな!」
舌打ちをする砂羽都はなんだか、年齢相応の少女にも見えた。
食事を終えて一段落した後、ブリーフィングという事でまた、一度全員で居間に集まることになる。
「ルシウス先生の話の前に先に紹介をさせて貰おう」
全員分の茶を湯飲みに茉莉が淹れると砂羽都がまず最初に、ポケットから取り出した名刺を配り始める。
薄いグレーの紙に白文字明朝体で書かれた名刺には、酒場日本地区総統括、竹槍狙撃師 利國砂羽都と書かれてあった。
「へぇ、名のあるところなのか?」
葉桜君が猫を膝の上に乗せながら興味有り気にそう問いかける。
「敵対組織の人間を海に沈める程度の能力はある、とでも言っておこうか」
すると砂羽都は意味ありげに、そう言ってきた。
「そうか、てっきり自称かと思ってたわ。ところでここに書いてある竹槍って、武器の竹槍の事かよ? ン十年前の武器のさ」
割と意識はしているのだろう。あのドィムュパとかいうロボットと戦った葉桜君なだけに、武器にも興味がありそうだった。
「違うな。至近距離で銃のスコープを覗かずに相手を撃つ方法だ。私の銃、見ただろ? 威力はあるぞ」
砂羽都は首を振ってそう答える。
「……あれどう見ても狙撃銃だろ? 接近戦でそれって役に立つのか?」
さらに質問をする葉桜君。
「一々癇に障る言い方をしてくれるな。信用ならんのか?」
「お互い様だろ。口調についてはよ」
「ーー竹槍という技術。それは砂の奥義。……スナイパーは近づかれたら死ぬという常識を破るための物だ」
売り言葉に買い言葉で突っ込まれて、砂羽都は口をへの字に曲げる。
「……あぁ、ジャンプ連打しながら相手の背後に回り込んだりするのか? 外国のゲームとかであるよな」
「ぐっ!」
瞬時に葉桜君が突っ込み、僕は一瞬ギリースーツの砂羽都が狙撃銃を持ってジャンプしているところを想像してお茶を吹きそうになる。
鼻が少しツンとしてきた。危ない危ない。
「ゲームじゃあるまいしそんな事するか。心外だぞ」
それに対しふんと鼻息を荒くして一蹴した砂羽都は、ルシウス先生の方を見る。思ったより不快だったようだ。
「いずれにしろ私は世話になる。宜しく頼むぞ。ーー話の腰を折って悪かった、ルシウス先生から話を頼む」
「あぁ」
説明を促されルシウス先生は口を開いた。
「ざっと現況を整理しながら、私の口から説明をしたいと思う。が、その前に皆には礼を言わせてもらいたい。今日は皆、よくやってくれた」
まずは頭をそう、下げてくる。
咄嗟に周囲の皆も会釈を返したので、僕も同じく頭を下げた。
それから頭をあげたルシウス先生は、ゆっくりと話し始めた。
「今から皆には、重要な事を話そう。この学校のグランフレアを含む学校要塞化プロジェクトであるプロメテウス計画が始まったのはーー今から7年前の事だ。つまり、隕石と『生物L』がくる更に前の話になる」
静かに、それでいて淡々と話し始める先生。
「建造目的は冷戦における本土防衛だ。今はやや持ち直したものの当時の二大大国の仲が冷え切り、日本にもMD構想は充実していなかった。第二次鉄のカーテン事件といえば、お前達も小学生の頃にニュースで知っていただろう」
「昔朝のニュースで見ましたね、確かに覚えがあります」
茉莉さんが相槌を撃つ。
確かに、これは教科書にも載っているレベルの話だ。
「あぁ。某国から180発のミサイルを持ち出したテロ団体が武器を手土産に第三国の建国を宣言。パワーバランスを崩し世界秩序の破壊を企んでいたとの事だよ。犯人は宗教団体だったが、あの頃のニュースでは連日のように開戦前夜と煽られて肝が冷えた覚えがある」
ルシウス先生はそう告げた。そして、ふと思い出したかのように砂羽都の方を向く。
「因みに、あの件には酒場は関わっていたのか?」
「いや、あれはうちはさっぱり関わってない。正直カタギ相手に構っている暇がなかったからな。不動産に忙しかったんだよ。それに私自身はまだその頃は普通の女だった」
しかし、砂羽都は首を横に振った。
「そうか。ともかく、アレを契機に防衛の計画が起きてな。グランフレアの前身機体、フレアが開発されたのだ。もっとも、機体スペックも足りておらず今のスピネルと互角でありながら、コストは数倍高いといった具合だったがな」
話を続ける先生は、ふうと息を吐く。
「ん? つまりポンコツだったって訳か?」
その時、葉桜君が質問をする。
「時代が違うって事ですよ。7年前の機体ともあれば古いんです、7年前の携帯電話などカラーですらなかったですし、PCも性能差を考えれば歴然でしょう」
すると茉莉さんが葉桜君へそう返答した。
「あー、そう言うことか。むしろ時代を考えれば強いほうだったのか」
言われて合点がいったと、葉桜君は頷いた。
「あぁ。だがフレアは却下され、封印された。事情はいえば、察してくれとしか言えないがな」
「どういう事だ? ヒントは?」
今度は砂羽都が聞く。
「ヒント? そんなものは当時の政権与党だ。お前達皆に、覚えがあろう。教育はともかく教養はあるんだから。時代柄って奴だよ。当時の社会情勢とか、政権とかあるだろう」
ルシウス先生が言う。
「ーーあっ」
その瞬間、葉桜君以外のその場の皆が察した表情になる。
全員のテンションが一段下がったのが分かった。
「まぁ日本は一応自由の国だからね、しょうがない。そこを禁止したらアホの国になる。それよりも結果的に今の時代に機体を残せただけ幸いと考えよう、今出来るのは今ある機体でどれだけ生き延びられるか、だ」
気を取り直したルシウス先生が顔を上げる。
「説明としてはそれから授業で言ったように生物Lが来襲し、自衛隊ではスピネルが採用され、さらに海外は海外で生物Lとの対抗戦が起きたという事になる。とある宗教国家、論者の集いでは異教徒以上の討伐対象、人類の敵と指定されて大国以上のガチ戦闘を繰り広げているらしい」
「ーーへぇ。どんなとこなんで?」
「んんwwwwとかぺやっwwwwとかいう挨拶をしている組織だ。生物Lは交易という役割をもてないのでボるですなwww 導くべきですぞwwとか考えてるらしい」
「成程」
「各勢力共に思惑と言うものはある。人が一致し、人類呉越同舟となる訳ではないが……概ね国家間では対策が出来ているのは確かだ。それだけは幸いとも言える。ミサイルの処理も出来て軍事産業体も儲けているらしいしな」
「成程……」
「そういう訳で我々が出来る事、役割は、水際での本土防衛だ。流石にグランフレアと言えども他国の領分に首を突っ込むわけにはいかないし、国際問題を起こすわけには行かない。補給との兼ね合いもあるしな」
「つまり正義のヒーローって訳には、いかないって事かよ」
葉桜君が腕を組む。
「まぁな。リアルな台所事情も考えて出来る事をするというのが現時点での目標だ。今頃学校の方では本社から整備と改良のチームが結成されているはずだ。事業部系組織ではなくプロジェクト系なので、相当に腕は期待してもらってもいい。君達にはグランフレアの有用性を示すという、それだけをしてくれればいいからな」
先生はそう言い終えると、後一つ話があるから聞いてくれと言った。
「何ですか?」
僕が尋ねると、
「利國砂羽都をうちのクラスで預かる。転入扱いでな。親の引越しが後れて欠席をしていたという扱いにすればいいだろう」
そう先生は、宣言してきた。
「本当ですか?」
「マジか? 大鉈を振ったな」
「相当無茶をするな……私一人の為にかなり不自然じゃないか」
他の皆も少し驚いた顔をしたがーー、僕はもう、驚き疲れてしまった。
話が一通り終わると解散になり、僕は自室のベッドに戻る。
ーー今日は色々な事が、ありすぎた。
整理すれば高校初めての登校で猫を連れた男が現れて、さらにテロリストに巨大ロボット。おまけに担任や同級生、そして殺し屋みたいな人と寝食を共にすることとなるなんて。
一日の密度が濃いとかそういうレベルじゃなくて、一昨日の自分にいったら作り話だと一笑されるレベルだよ。
常識とかそんな考えが、全部吹っ飛んだ気がする。
「折角入れておいたデザートのシュークリームを食ったのは貴様か! 飯の時といい、私に恨みでもあるというのか!」
「うるせー、嫌なら袋に名前を書いておけ!」
天井をぼんやりと見ていると廊下でドタドタと砂羽都と葉桜君の取っ組み合いの音が聞こえる。
飽きもせずあの二人は……。全く。
「にゃん」
「ん?」
声に振り向くといつの間にかアナスタシアが僕の机の上でリラックスした様子でくつろいでいた。
いつ入ってきたのかは分からないが、全くもって可愛い奴だ。
「僕に懐いてくれてーーありがとう」
起き上がって、軽く頭の上に手を置いてやる。
「うにゃー」
頭を摺り寄せてくる感じが分かる。掌に当たる毛の感じがくすぐったい。アナスタシア、本当にいい子だ。