第二章 『eden』
「葉桜 明。迎えに来た」
サイレンに気を取られているといつの間にか僕達の後ろに来ていた、ルシウス先生が言った。
その服はいつものスーツであったが、その後ろには、朝に粉を被ったあの女生徒ーー寸沢嵐茉莉が一緒に立っていた。二人の表情はとても、真剣であった。
「俺か」
葉桜君が言葉に反応する。
「あぁ」
「断ると言ったら?」
「フヵーッ!」
しかし、そう言った直後に葉桜君の頭をべしべしとアナスタシアが叩いた。
「……えぇい、分かってるよアナスタシア。言っただけだ。俺に用があるという事くらいは承知している。自分の命の役割は理解している。分かったから引っ掻くなよ」
葉桜君が嫌々そう返事をした後、ルシウス先生は僕の方を向く。
「葉桜は問題ないようだな。それでは肥後、君もきなさい。君にも……見なければならない事がある」
「え?」
意外な言葉だ。
「進行の不手際はこちらの諸々の箇所にある。だが、今は俺を信じてついてきてくれないか」
真剣な眼で先生はこちらを見ると、ふと踵を返した。
「……肥後君、今はお願いするよ」
茉莉はそう言うと、ルシウス先生の後を追いかけ始めた。
「ーー何があるのか分からんが、このサイレンでただ事じゃないって事は俺の頭でも分かる。それに、アナスタシアが行けと言ってる。お前も来いよ、肥後」
葉桜君もその後を追い、歩き出す。
なんだか何か重要なことを隠されているようで、もだもだする。
「ーー僕が必要だってんなら、ついていきますよ」
一体全体どうすればいいか分からなかったが、僕は先へと進む三人と一匹を見て自然と追いかけなければいけないと思ったのでその後に続いた。
不気味なサイレンを耳にした以上、ここで行動を起こさなければ自分が死ぬかもしれないと不安になったからだ。一人で立っていられるような強さは、僕にはない。
どうしてだろうか。何かに引き寄せられているような……そんな気がした。
「校舎の下にまさか地下室があったとはな……面白いな」
鉄製のドアを開けたところで葉桜君がほぉ、と声を出した。
普段は電源室という扱いで用務員しか入ることが許されない部屋を通ると扉があり、そこに薄暗い地下への階段があったのだ。
「20号館の下にこんなものがあったなんて……中等部時代には全く気が付かなかったよ」
僕も同じく驚きつつも、先に行くルシウス先生と茉莉の後を追う。きょろきょろしているアナスタシアが振り向くと目が光っていて、少し怖い。
それからコの字型で20段前後の下りを繰り返して階数にして14回分……恐らく地下7階あたりまでといっただろうか、それくらい深いところにいくと、重い鉄の扉があった。
「此処は地上からのシェルターも兼ねているんでな。構造上真上にグランドスラム相当の衝撃を食らっても中枢機能は生きるようにしてある。もっともその状況を許した時点でほぼ負け確定ではあるが」
ルシウス先生はそう言いながら、鉄の扉を開けてついてこいと促した。
「何だぁ、此処は?」
葉桜君が何事かと訝しげにする。
するとそこには、水色の壁があった。
……プールの床のような色といえば、一番色彩的には正しいのだろうか。
「化学兵器対策だ。地上からの有害な線量対策などとして遮蔽液で満たされた壁だ。通り抜けるぞ」
先生はそう言ってはめ込み式の壁をあける。
「動物に有害だとかはないよな? だったら俺は引き返すぞ」
葉桜君が首を傾げる。
「あぁ、虫ならともかく猫には問題はない。ID認証完了。ここを通れば下りエスカレーターがある。そこを抜けた時、見せたかったものがある」
そのまま開けたところを歩き始めた時ーー。
「危ない……注意しろ!」
葉桜君が叫び、背後から僕の足元にカスッ、と乾いた音と共に何かが刺さった。
えっ、と声を上げる暇もなかった。
「弾丸、後を付けられていたのか!」
ルシウス先生が声を荒げ咄嗟に振り向き、ようやくそこでつられて彼らが睨んだ方向を見る。
「ーー気付かれたか」
そこに居たのは黒い帽子を被った、自分と同じくらいの歳の女だった。
背もそれほど高くはなく、容姿としては金髪碧眼で、ミリタリージャケットを着ている。彼女が抱える大きな銃器が、先程の刺さった何かを射出した正体らしい。
「何者だ……! ここに来る前に電源室にドアロックがあったはずだが?」
ルシウス先生は厄介な人間が入ったという態度をとりつつ、僕を庇って立ち塞がる。
何故かその手には、いつの間にか拳銃が握られていた。
(……拳銃!?)
僕は驚いて本物の銃か聞きただしたくなる気持ちが湧き上がるが、それと同時にこの部屋へ入ったときの光景を思い出す。
確かに電源室を入る時に、IDカードとパスワードによるロックの解除をルシウス先生はしていたはずだが。
「確かに多少は覚えはあるようだが……あの程度のロックは時間稼ぎにもならないな」
だが遠目に見える女は、平然とした顔でそう言ってのけた。
「何?」
「セキュリティが雑な上に稚拙なのだよ。……子分を通して今までの行動は全て見せてもらったが、全く、学園といいつつ大した組織な物だ。あたしは『酒場』最強の女にして日本地区総統括、利國砂羽都だ」
女はコードネームなのか本名なのかは知らないがそう名乗り、銃を向けてくる。
「私が仕事を任せた最高の部下、メタリウム藤原がズタズタにやられたと聞いて嫌々ながらそこの葉桜という男を半殺しに来たが……それはやめだ。何やら面白そうなものが見れるらしいな?」
自らの腰までくるでかい狙撃銃で狙いをこちらにつけつつも、そう言って尋ねてくる。
「……また『酒場』か! ドラグノフを持ち込むといい、只者ではないと見える……!」
ルシウス先生はうんざりした表情をする。
その横で、もぞもぞと動くアナスタシアを降ろし、葉桜君が一歩前に出る。
「……事情は読み込めないがこのメスガキが、朝やら昼の奴らの元締めって事か。やるかい? 先生よぉ。生かして捕らえるのはともかく、こいつを黙らせるだけなら出来るぞ」
ずいと一歩前に出て、自発的に葉桜君が先生に尋ねた。態度を見れば、自信があるようだ。
確かに昼ごろロボットを破壊したような葉桜君の力なら、いけるかもしれないと脳裏によぎる。
「舐められたものだね、あんたがあたしを殺す前に七海ルシウスはともかく後ろの二人と一匹を殺すことは出来る。そうすれば計画は台無しだろ?」
だがそんな事を意に介する事も無くそう言いながら女は瞬時に銃のトリガーに指を掛ける。
「俺は強いぜ?」
「だが背後は守りきれないだろう? それに、猫も」
その動作で、葉桜君は少し厭な顔をした。
「女。お前の目的はなんだ」
疑わしげにルシウス先生は眉を顰める。
「あんた達が見せたいものをあたしも見たい。そういう事さ、悪いかい?」
「ーー何だと?」
「悪いってんなら、二人を撃った上で今私が懐に持ってる爆薬を此処で爆発させる。少なくともこの部屋くらいはふっとばすパワーはあるが」
「取引のつもりか……」
『いいだろう。侵入者よ、許可する』
その時、放送スピーカーから誰かの言葉が入った。
「……いいのですか!? こんな真似をされて……」
ルシウス先生は近くの防犯カメラを見てたじろぎながら口にする。
明らかにその顔は困惑を隠しきれていない。
『構わん、つれて来い』
スピーカーからさらに声が聞こえる。
「話が早い。では頼むよ、七海ルシウス、いや、城壁のルイス。旧階級、2等空尉」
そんな先生をおちょくるように、女は口元に笑みを浮かべた。
「何故その名を……?」
何か心に触ることがあったのか、ルシウス先生がまたたじろぐ。
「先生、空尉って……」
「ーー昔の話だ」
ルシウス先生は話題に触れて欲しくなさそうに溜息を付いた。
「ま、酒場の情報網をなめてもらっちゃ困るって事さ。あたしはあんた達が聞けば恐ろしく思う程にあんた達の素性の裏を知っているからね。少なくとも、医療機関の通院履歴まで把握はしているよ」
銃をゆっくり収めた砂羽都と名乗った女は歩み寄ってくると、宜しく頼むよと言った。
危険な臭いがするが、どうすればいい……?
不気味さを振り払うには、今の自分ではレベルも身体能力も足りない。ここは大人しく、従うしかない。
「ーーこれが、うちの作品だ」
少し機嫌の悪い先生に先導されて暗めの大きな部屋に出ると、風が顔に掛かった。
どうやら此処は吹き抜けにもなっているらしい。
目の前にあるのは赤い鉄の板、であった。
「ーー上を見ろ」
ルシウス先生に言われて見上げると、大型の顔のようなものがある。
「これは……ロボット? まさか授業でやっていたスピネルって奴ですか?」
先生に向かって僕は尋ねる。
「いや、違う。これはグランフレアと言ってな。ーー世界を滅びから変える、兵器だよ」
しかしルシウス先生は首を横に振ると、落ち着いた口調でそう言ってきた。
「……へぇ、面白いじゃないか。これで例の生物とやり合おうって事かい。うちのドィムュパでさえも全く歯が立たなかったって言うのに。薫風もなかなか食えないね」
帽子の女、砂羽都が感心したかのようにそう口にする。彼女は銃を降ろしてこそいるが、態度からはいつでも臨戦態勢に入れるかのような気迫があった。
その実、先程から1分おきに葉桜君と目で威嚇しあってるのが分かる。
「……ドィムュパか。あの機体は純正部品を使っていないだろう。恐らくはあれは素のガーネットよりスペックで劣るのではないか?」
だがそこへ、ルシウス先生は口を挟んだ。
「仰るとおりだ。検査落ちしたB級パーツを横流ししたものを非合法に寄せ集めしたんだよ。だから修理費は比較的安く済むんだ」
砂羽都は訊かれたことに対し、そう返事をする。
「だろうな。さらに無茶な偽装外装のお陰で間接に無理がきていたと見える。あの時、間接の一部が浮いていた」
「へぇ、分かってるじゃないか。流石ルイス」
「……その名前で呼ばないで頂きたいな」
暗くて表情がよく分からないが、声の調子からルシウス先生がやや不機嫌になったのが、分かる。
「しかしこんなところに人間を集めたって事は……こいつでアレとやる気なんだろ? あたしにやらせてくれよ。これ程の武器、女として使ってみたくなるに決まっている」
何かを提案する砂羽都。
「この機体は3座だ。それにパイロットは決まっている。葉桜と寸沢嵐だ」
だが、ルシウス先生は首を振る。
「じゃああたしに残りの一つを」
「……そこはまだ、渡すことは出来ない」
「いや、いい。くれてやれ」
するとそこでさっきのスピーカーの放送と同じ声が、肉声で聞こえた。
「何?」
「っ!」
声がするほうを見ると、いつの間にか誰かが部屋の一段高いところにいた。
「す、姿を見せてーーよろしいので?」
ルシウス先生が少しどもる。
「構わん。私が迅焔附属高等並び中学校教頭の大江だ。利國砂羽都は2番コクピットに乗せろ」
大江教頭は口元に怪しげな笑みを浮かべると、階段の手すりを掴みながら降りてきた。
容貌は中学の頃に見た時となんら変わってないはずなのだが、教頭の顔は妙に裏があるように見える。それはこうも立て続けに常識知らずな者をみたからなのか。どうにも仄かに汗をかくのを感じた。
「教頭、危険です」
「問題ない。そこの女に私を殺すことは出来んよ」
彼は胸ポケットから何らかのリモコンを出すと、カチリとスイッチを入れる。
「そこの女ーー砂羽都君は分かっているだろうが、先に葉桜と肥後の両名に説明をしよう」
スイッチにより平らな壁に映像が投影される。
映像のその先には、グレーと緑の混ざった色である手足のあるロボットが5機、飛んでいるのが見えた。
5機のロボットは随伴するFー2数機と共に、1方向へと進んでいる。その先には数隻の護衛艦が何かに対しミサイル攻撃を行っているのが理解できた。
「衛星からの映像だ。これは現在、この日本の南西で起きている事だ。今写ったのが、正式採用機、XUHー003スピネルである。うちのライバル会社……逸見人空と渋谷重工が作った、現行世代の人型機動兵器だ」
ディスプレイに浮かぶ機体を見せつけて教頭が言った。
「汎用性を重視する人型兵器において瓦礫の撤去や作業さえできるマニピュレータを装備しつつスピードを持ち、プレーンアームジョイントとオプションパーツのグライダーにより艦上カタパルトからの射出で滑空が出来る。さらに戦闘機から転用されたガトリング式回転式キャノンを主装備とし、生産性も高いときたものだ」
「随分と褒めるんだな。確かにドィムュパの元となったガーネットからかなりの性能向上を受けていそうだが」
利國砂羽都が笑う。
「まぁ、性能は評価しているからな。そしてうちの会社の機体を落とした……忌々しい機体だよ」
「忌々しい機体?」
葉桜君が首をかしげる。
「あぁ、忌々しい機体さ。だが、それ故に我々はチャンスを手に入れたともいえる」
そう言い終えた瞬間、暗かった部屋にライトが付いた。
おぼろげながらに見えていた機体のフォルムが見え、その巨大さに圧倒させられる。
「鋼の肉体と強き激情とそれらを司る頭脳。それらが三位一体となり動く極焔の戦士『グランフレア』ーー我々の会社が作ったプロメテウス計画の一号機だ。現行戦闘機を余裕で越える出力、脅威の120万馬力。コンペでは落ちたものの、頭頂高38m、スペックではトルク、装甲、馬力共にスピネルを大幅に上回る技術の結晶にして決戦機体だ」
タブレット型PCを取り出して部屋の照明を調節し、教頭はその雄姿を見せてきた。
そのロボットは、巨大だった。
透き通るツインアイを持ち主要色である紫と赤のコントラストが目に付き前腕が太く、力強いイメージが、ある。
「どうだね、この機体は」
「コンペ落ちの……理由は?」
「運用難度と生産コストだ。うちのはスピネルと比べておよそ7倍掛かる。無論、量産効果を抜いての勘定だ。この機体に幾ら掛かったか知りたいかね? 利國砂羽都に肥後。いわゆるこの学校における学費何人分か……」
「……遠慮しておくよ」
砂羽都が言ったので便乗して僕は首を振る。
「さて、葉桜 明に利國 砂羽都。利國君はイレギュラーだが、この度は君達に、こいつのパイロットを務めてもらいたいという事だ」
「……俺達がか?」
「にゃん」
口を挟むかのようにアナスタシアが一鳴きをする。
「あぁ。君も不思議と思っているだろう。自分という存在が何故この学校に身柄を送られたか」
アナスタシアを無視して、教頭は話を進める。
「……まぁな」
葉桜君は頷く。
「元より君は、この機体を駆る使命がある。君には、結果を出してもらいたい。まずは今スピネル1個小隊が戦っている敵、『L』を倒してもらおう」
そう言い終えたところで、背景で流れていた映像にあるスピネルという機体が水中から射出された何かで一機落とされるのが見えた。
「ーー授業で聞いてた『生物L』って奴か」
葉桜君が口にする。
「あぁ。奴は化け物だ。人間以上のものだ」
「……葉桜君、危険だ」
僕はそう、いってやる。
「わかっちゃいるさ。だが上等だ。俺にやらせろ」
しかし葉桜君はアナスタシアを優しく撫でつつ教頭をそう睨みつけると、口元にピエロのような張り付いた笑みを浮かべてみせた。
「しかし、三座といったが。どんな感じで動かすんだ?」
「やる気はあるようだな。説明はルシウス君に任せよう。肥後、君には別に用事がある。準備が出来たら呼ぶので待っていなさい」
教頭はそう言うと、君もきたまえと言い、僕も呼ばれた。
「待て」
だがその背後から、葉桜君の声が掛かる。
「うん?」
そう振り向くと、
「肥後、アナスタシアを預かってくれ」
葉桜君はそっと抱えたアナスタシアを寄越してきた。
「僕が?」
「こいつを危険な目にあわせたくはない。……いい子だ、大人しくしてろよ」
「にゃん」
言う事を聞き僕の腕の中に猫はびゃっと飛び込んでくる。人見知りしない性格なのだろうか。
腕の中にアナスタシアの体毛の温かさが伝わってくる。
「そいつは甘えたがり屋だからな。頼むぞ」
言う事はいったという様子で、葉桜君は後ろを向きルシウス先生の方へ歩いていった。
ーーそれは彼なりの、気遣いなのだろう。
「ーーお前、ロボットは操縦出来るのか?」
ロボの前に来た葉桜君は横の利國 砂羽都の方を見て尋ねた。
「フン、私はヘリと重機の免許を持っているのでな。それよりも粗暴なだけの男に何が出来るというのか」
だが売り言葉に買い言葉なのか、砂羽都は雑にそう言い返した。
「少なくとも俺は生身でもな、外からコクピットを狙えばロボ程度を黙らせる程度は出来たぞ。お前んとこのロボくらいはよ」
葉桜君は得意げに力こぶを作ってみせる。
「減らず口を」
「素手でやるか? 腕をねじ折ってやるよ」
「黙れクソが。お前こそ自分の首でも折れ」
二人は早速、喧嘩を始めた。
ーー本質的にはあの二人は、似ているのだろうな。
「あの二人はともかく、あの子……、寸沢嵐、茉莉さんは大丈夫なんですか」
僕はその様子を見ながら、ルシウス先生に訊いた。
だがルシウス先生は安心した顔でいる。
「問題ない。彼女こそ元々スカウトしていた超能力者だからな。グランフレアのシステムを扱うには彼女の力が必要なんだ。見ていろ」
そうルシウス先生の言葉が言い終わらないうちに、茉莉の言葉が始まった。
「二人とも聞いてください」
「……あぁ」
「ーーなんだい?」
渋々茉莉が口を開き、二人は少し落ち着いて話を聞く体制になる。
「このロボットを動かすのは、三座のマニュアルになります。機体内にあるスペリオルエンジンの様子を見つつ私がギアを操作して、それでパワーを伝えるーーそういう事になります。だから無茶にやるとエンストするので、注意をお願いしますね。エンストを起こしたりして私が復旧に手をとられるとスペリオルエンジンからのパワーの供給が止まって、予備エンジンからの50万馬力程度しかグランフレアは出せなくなるのです」
「ほぉ。エンジンを見つつ調整……つまり制御方法というのはMT車みたいなもんか。お前のコクピットからは、他には何が出来るんだ?」
葉桜君が少し考え込む様子をしてからそう訊く。
「サブブーストに加えてシフトのアップダウン、後はダメージの把握に索敵と通信、それからチャフやフレアを撒く程度の権限は与えられてるよ」
「……では、私がやるという2号コクピットは?」
利國砂羽都が怪訝な顔をして説明を求める。
「そちらは火器管制になるかな。頭部機関砲に加えて機体胸部に内蔵された4門のブレストマシンキャノンの銃座と腕部内蔵のニードルガンの発射管制、あとは腕のサブマスター権限がメインとなるかも。後は主に手持ち武器を扱う場合は2号からの操作が精密に出来るようになっているって事だけ注意。補足すれば1号コクピットが操作を放棄した場合、2号コクピットである程度操作可能ともなるわ」
「要は火砲要員か。家業で撃つことには慣れてるんでな。任せるがいい。ブレストマシンキャノンとやらの威力は?」
「旧来の戦闘攻撃機用機銃の改造品ですが2発当てればガーネットに使われている装甲版を貫通するくらいの威力はあります」
「……それだけあれば、上等だ」
砂羽都は納得した様子で頷くと、葉桜君の方を見た。
「それで、俺は?」
順番を待っていたかのように葉桜君が尋ねる。
「機動操作ですね。近接格闘における重要なウェイトになる機体の四肢に加えて、背中のブーストも管理下になります」
「……つまり敵との殴り合い、そして移動という事か。注意点は?」
「1号コクピットから内蔵火器の類は一切起動出来ないという事くらいです」
「つまり戦闘中にこの砂羽都が気絶でもした場合は手持ち以外の射撃がほぼ駄目になって接近戦を強いられるという事か。格闘武器は?」
「普段は脚部に格納されている灼熱十手と投擲用ヒートダガーがそれぞれ二本あります。高熱を纏った十手で建造物や敵と想定されるものの武器などを両断できます」
「それだけか? 味気ないな」
「ーーオプション武装はまだ開発中なのですよ。本来は国からの補助金が出ればいいものの、納期の関係で実装されてない武器が多々ありますので」
「……つまり未完成って事かよ。もしかしてそのせいでコンペ落ちしたんじゃないのか? 十手二本と投げナイフと内蔵火器で戦えってかなり無茶だろ。ミサイルとかビームとか派手な武器は無いのか?」
「ロールアウト時はブレストマシンキャノンも無かったというので……武装不足でのコンペ落ちというのは申し訳無いですが、否定は出来ません」
「あながち、葉桜の言ってる事も当たっている気もするな」
砂羽都が一瞬三白眼のような感じの表情になった。
「しかしまぁ、文句を言ってもそれでやるしかない。機動性にもよるがリーチが無いから、癪ではあるが砂羽都に頼らざるを得ないか」
葉桜君はふぅと溜息をつくが、
「物分りがいいじゃないか。葉桜」
その横で砂羽都が馬鹿にした口調で言う。
「言われるまでもねぇよ、馬鹿」
葉桜君はふんと言うと、悪態を付いた。
「チッ、褒めてやろうとしたところでそれか」
「……喧嘩はそこまでだ。それでは頼むぞ。作戦行動は通信で流す」
ルシウス先生が宥めつつも仲裁して言葉で促すと、3人はロボットへ乗り込んでいった。
どうやら、コクピットは比較的身体の中央へ集中しているらしい。
ーーしかし、傍から見ているだけでも凄いロボットだ。
そう感心をしていると、何処かに向かっていた教頭先生が戻ってきた。
「……さて、。君には戦術総合支援システム、Gーファントムのオペレートを頼みたい。なにしろ部隊キャストがそろってないのでね」
教頭先生がそう言ってくる。
「……分かりました、僕に出来ることならなんでもします」
僕は頷きながらも、静かにしているアナスタシアを抱えて教頭先生の後に続いた。
「それにしても……戦術総合支援システムとは、何ですか?」
まずは後ろから聞く。ここにきてから疑問というものは増えていくばかりだ。
「それはグランフレアの戦術支援を行うものだ。今は未開発であるがグランフレアの兵装を転送したり、応急修理、補給を行うものでもある」
教頭先生はそう言ってくる。が、当たり障りの無い話であり、どうにも理解し辛い。
「支援機か何かですか?」
「そう思ってくれても構わない。だが今は生憎稼動が出来ておらんのでな。模擬コクピット部分だけはあるので君には彼らのオペレート、そして支援行動を行ってもらいたい。イージスシステムを参考にし、各地に建設された研究所とリンクをして膨大な情報を取得できるので今回はそれのテストも兼ねている」
そう言いながら連れてこられた部屋には、計器が沢山並んでいた。
「この部屋は簡易システムだ。ここのボタンを押す事で各種情報とマッチングが出来る。通信ボタンをおしなさい。パスは20032005、今君が抱えている猫には私がおザブをやる。それで大人しくなるだろう」
命令されて一つのボタンを押してパスを入れると、モニターにさっきまで話していた3人の顔が出る。一方教頭の目論見どおり紫の座布団を見せるとアナスタシアはその上に飛び乗って大人しくなった。
「横についているマイクで話すのだ。やってみたまえ」
教頭がそう、促してくる。
「了解です。グランフレア、3名とも応答できますか?」
早速、インカムをつけて紙に貼り付けてあったマニュアルの内容をアレンジして自分の言葉で言ってみる。
「お、肥後じゃねぇか」
インカムの向こうから言葉が聞こえる。どうやら向こうからもこちらの様子はモニターを通して見えるようだ。
「このメカ、中々に機構が複雑なんだよ。マニュアルは書いてはあるが不親切でよ、どーにも俺にゃ一回で頭に入ってこないんだ」
「いいから静かにしていろ。まずは点呼だ」
そこへ砂羽都の静止がかかり、葉桜君は不機嫌そうに口を閉じた。
「3番コクピット、寸沢嵐茉莉。問題ないです」
「2番コクピット、利國砂羽都。いいぜ」
「1番コクピット、葉桜明。こいつ立ち上げ一つでもクッソ難しいな……」
「なんならあたしが1番に変わってもいいんだよ?」
そこへ気遣いなのか煽りか、砂羽都が言葉を掛ける。が、
「無用だ、人の頭の出来を馬鹿にするな」
葉桜君はフンと鼻を鳴らし、言ってのけた。
「砂羽都君。グランフレアを落とすなよ。機体消失は許さんぞ」
教頭が横から、口を挟んできた。
「分かってるさ、あたしとしても本命はこのロボのノウハウだからね。ドィムュパ以上の物があると分かればその力を知りたくもなる。酒場の人間として純粋にね。それに今回私も死ぬつもりは無い。無論、情報はもみ消してやるよ。出資も考えるさ」
砂羽都は教頭の言葉をそうあしらうと、指示を待つよと言ってきた。
「皆、準備は出来ているのか?」
その時、ルシウス先生の確認の言葉が聞こえた。
「あ、はい。全員大丈夫です」
僕はそう返事をする。
「分かった。今から任務の説明をする」
するとルシウス先生は通信先からそう言ってきた。
「先程の映像を見せたように、現在は生物Lと正規部隊が交戦状態にある。よってまず君達に与える任務は、生物Lへの偵察だ。だがやれると判断したらそのまま処理しろ。ただしこちらは識別反応を出していない上にグランフレア建造後はコンペ時と外装も変わっていて、ロールアウト報告をしていない。つまりお前達が自衛隊や米国機に攻撃をされる事もありうるという事だ。もっともFー22やスピネルの火力ではグランフレアに致命打は与えられないが」
軽くそう説明をされる。
「マジか」
葉桜君が顔を顰める。
「……国内の議員に圧力ならこちらで掛けれるが、どうする?」
落ち着いた口調で、砂羽都がそう提案してくる。
「気持ちはありがたいが足が付く可能性もあるので無用だ。撤退時はグランフレアのチャフとスモークで撒け。さらに搭載したスレプトン混合粒子を使うことで一時的にレーダーを無効化できる」
だがその提案を蹴ったルシウス先生は、そう撤退方法を指示した。
「スレプトン混合粒子? 何だそれは?」
砂羽都が首をかしげる。
「グランフレアに搭載した装備だ。これを散布させると周囲約10キロを一時的……10数分程度だがレーダーを過剰反応させることが出来る。要は自分と相手からのロックオンが不可能になり誘導兵器を無効化し、自動的に周辺大気に設定させられるという事だ。その間に反応にまぎれて相手を撒けとの事だよ。因みにこの技術はうちの企業だけしか知らないので相手には何が起きたのかすら分からないだろう」
「……どういう理屈なんだ? 俺に理解できるように言ってくれないか?」
葉桜君が眉を寄せて尋ねる。
「お前程度の頭じゃ言っても分からんだろう。それに、出来るものは出来るのだろう。割り切れ」
だがその疑問は砂羽都によって封じられた。
「てめぇ……あぁ、もう詳しくは聞く気も起きねぇがつまり逃走専用装備って奴かよ、簡単に言うと」
葉桜君はあからさまに不機嫌そうに相槌を打つ。
「あぁ、そういう事だな」
ルシウス先生はそこでフォローに入り、頷いた。
「使う余裕があればいいがな。ま、さっさと撃墜されるような事はしてもらっては困る。それではカタパルトに頼む」
それに対し砂羽都は小馬鹿にしたような態度を取り、へっとあからさまに愉しそうな顔をした。
「減らず口を言ってくれるぜ。歩行はこれでいいんだな。……っと、動いた。思ったよりは難しくはない、手足みたいだな。……学校の連中にこのマシンはバレないのか?」
流石にカチンときたようだが、アナスタシアをカメラの視界に入れてあげると怒りを無理やり収めたようで葉桜君はロボを動かす。
「問題ない。今回の位置取りは地下を高速でカタパルトが移動し、山を挟んで離れた位置に出る。それから一気に上昇すれば、見付からんだろう」
「了解だ」
葉桜君がレバーとフットペダルを操作し、それに合わせて寸沢嵐さんがエンジン出力をあげていく。
ーーどうにもこのグランフレアという機体は3人のコクピットごとに色々異なるデザインが付いているようだ。
映像を見る限りでは、寸沢嵐茉莉のコクピットには液晶キーパッド。利國砂羽都のコクピットにはボール状の操縦桿があり他にはやたら火器のボタンが多く配置されているのが見える。壁にはガンコントローラーのようなものも掛かっていた。そして葉桜君のコクピットには、ボクシングのグローブのようなデバイスが附属している。自分は機械に詳しいわけでもないのでよく分からないが、機体に合わせて作っているのだろう。
「なぁ」
葉桜君がその時、怪訝そうに口を開いた。
「何だね?」
「パイロットスーツみたいなのは無いのか? 俺はともかく、こんなので戦闘したら他の連中は振動がやばいだろ?」
葉桜君が首を傾げる。
「それについてはコードDXでなんとかなる。今言おうとしていたが、皆、コクピット内にあるDXスイッチを押したまえ。君達から見て右手側にあるはずだ」
教頭はそう言った。
「了解、これだな……うわ!」
葉桜君がスイッチを押した瞬間、葉桜君達の服が変わった。
「こ、これは?」
「ドレスイグゼクター。コクピット搭乗者の体系を測定し、瞬間的に耐圧対衝撃スーツをオートフィットで構成させるシステムだ」
「色合いの趣味が悪いな」
砂羽都が不機嫌そうに言う。
「文句があるなら後で開発部に言ってくれ」
教頭はそう言い放ち、機体を動かすよう促した。
グランフレアはカタパルトに乗り、射出を待つ。
「教頭、コールを。28番ルートです」
ルシウス先生が呼びかける。
「うむ……了承する」
教頭は頷く。
「カウントダウンスタート! 肥後、そこのV2ボタンを押しなさい」
言われるままに装置を操作すると、ロボットの前面の壁が開けてレールが床から露出する。その先は、開けた空が見えた。
「レールチェック完了、出口は28番ルート、カタパルトロック、解除!」
「カウントを始める!」
「了解! 5・4・3・2・1!」
「ーーグランフレア、出撃!」
ルシウス先生と教頭の声と共にグランフレアの腰から火花が噴出し、蒸気カタパルトが作動する。ブースターの火が赤紫のグランフレアの機体を押し出し、飛ばしていった。
「クソクソアンドクソだな。さっぱり効きやしねぇ」
陸地から数十キロ離れた太平洋上。飛行中のスピネル3番機の男性パイロットが残弾の尽きた白銀のミサイルポッドをパージしながら悪態を付いた。
空のポッドは海中に投棄され、いずれは分解される。
既に手持ちのショートリコイル拳銃も弾切れを起こし、20mmガトリングしか携行武器に使用出来る物は無かった。
ちらりと、スピネル3号機は頭を動かす。
そこでは、護衛の艦砲射撃と爆撃、さらにミサイルの雨を受けて尚鎮座する50m近い生物Lの姿があった。
生物Lは定期的に黒い触手のようなものを海上に向けて、こちらを撃ち落さんと発砲してくる。
「やっぱり通常兵器じゃ駄目なのかね、TAX。爆撃で沈められるとばかり思ってたのは甘かったかい」
戦況はほぼ膠着状態。自身の機体のAIに向かって問いかけるまでの始末だ。
『分析完了。残弾状況からの計算では現状装備での撃破は不可能と断定します』
数秒後に彼の機体のAIはそう返答する。
「まともな初陣でこれだもんなぁ……成果挙げられずに予算削減とか食らったら話にならんぜ」
パイロットのハウ少尉が弱気ながらに、言う。
「ロスカットって奴? まぁ今のままじゃ出力が足りないからねぇ。いくらこっちが双発でFー15の倍の出力……40万馬力あるからってこうもサイズが違っちゃ攻撃が通らないし、格闘なんて危なくて出来ないよ」
彼の同僚であるスピネル2号機の女性パイロット、ミルギ・クスノキもお手上げだと言う様子で通信からうんざりとした声を出した。
「どの道給料は出てるんだからやらなきゃいけないけども。メルフィ、弱点の分析とかできない?」
2号機パイロットは自身の機体のAIに尋ねる。
『無理だよぉー! TAXに同意だよ!』
甲高い声で2号機のAIはそう叫んだ。
いよいよもって、詰みが近づいてきたようだ。
「……そんならよ、特攻でもするかい?」
そこへスピネル1号機の隊長が、自身の拳銃にマガジンを装填しつつおちょくりながら言ってのけた。彼は機種転換前から部隊を率いていた歴戦の勇士であり、ハーフの生まれながら略綬も幾つか貰っているレベルの少佐である。
「無理っすよ、レイバーン隊長。司令に死んでもむしろ機体だけは持ち帰れって言われたじゃないですか。それに、我々は平時は一兵たりとも敵地に残さず、がモットーですよ」
3号機のハウはやれやれといった様子で息を吐く。
「増援も暫く掛かるし、足止めをするにもそろそろ限界だし……歯痒いな。味方からのSSMの飽和攻撃で転進してくれれば御の字なんだが」
その言葉に真面目に戻ったレイバーンは、ふぅとわざとらしく息を吐いた。
護衛のFー2は二機消失し、さらに僚機のスピネルも1機落とされている。
ここで耐え切れなければ、本土が焼かれる。
「どうします? 隊長?」
2号機からの通信が入る。事前に自分が落とされた場合は彼女に陣頭指揮は頼む、といってある。刺し違えるのもありか。
しかしこのままスピネルで突っ込んでも決定打を与えられない場合は大量の負債が残って困る。判断をどうするべきかーー。
「ッチーー。止むを得ない、5分後までに有効性が見られなければ陸上のミサイル防衛システムに総攻撃を連絡ーー」
そう言った瞬間、スピネル1号機のレーダーに何かが反応した。
「何だ?」
訝しながらも見ると何かが尋常ではない速度で突っ込んでくる。ミサイルか?
「ANKO、解析頼む」
レイバーンはすぐに機体AIに依頼する。しかし、
「該当無し、アンノウン」
彼の機体のAIはそう返事を返すだけだった。
「ーーまずいか?」
敵の増援か? 一瞬、そう思う。
スピネルのスピードよりも速い。友軍ではない。だとすれば味方も含めここで全滅する可能性もある。武装の残弾も少ない。せめてこの海域にいる護衛艦だけでも逃がさなければ。
「チィィ」
「隊長!? 生物Lが浮上を始めました! 奴には飛行能力がある模様!」
同時にすぐに3号機のハウからの通信がくる。まさか挟撃作戦をとったのか?
一瞬目を離した隙に、飛翔体は迫ってくる。もう遠目に見える距離だ。
「見誤ったかーー! 敵めッ!」
スピネル1号機は瞬時にショートリコイル拳銃を構える。だが目視したものは次の瞬間、爆音を立てて生物Lに突き刺さっていった。
「ッ!?」
一瞬びくっとし、反射的に機体に防御姿勢を取らせて目を閉じる。
だが、彼の目が次に開いた時には、生物Lの上部に足を突き刺した人型ロボットが鎮座していたのだった。
「ーーなんだ、あいつは!?」
紫と赤の色。鋭角で構成されていて、しかも、でかい。スピネルの3倍はある。
レイバーン少佐は、軍歴の中で初めて見た存在に茫然とし、我を忘れていた。
「ーーどうやら踏ん付けたみたいだな。ゴキブリを」
軽く敵を蹴って飛び上がり、生物Lの上から距離をとって滞空したグランフレアのコクピットの中で葉桜君の声が響いた。
「馬鹿者、無茶な加速をするな! 急速シフトチェンジは茉莉に負担が掛かるんだよ! ここは海上だ、下手に沈んで溺れるのはナンセンスだぞ?」
砂羽都の文句が機体に反響し通信回線の音声が少し乱れる。
「……いえ、この程度ならなんとかなります。しかしキックの反動でレッグパーツの寿命は確実に縮みましたね。部品は高いんで無茶しないでください」
茉莉はそう言うが、少し怒ったようでもある。ほんの僅かだが、むっとしているのが分かった。
「わりぃわりぃ。だが操作に遊びがないんでこっちも慣れないんだ。……で、どうするよ」
葉桜君は生物Lに視線を向けると、さっき着地したところを見る。
そこは傷口になっており、濃緑の血のようなものが出ていた。
「……抹茶か何かのような色だな。味はどうなんだろうか? 無害なのか?」
「んな訳あるか。それよりも周囲の自衛隊機、仕掛けてくる様子はないようだな」
砂羽都は葉桜君の悪ふざけを一蹴しつつも、周りを観察してそう判断する。
「どうすんだ? ってうぉ!?」
その言葉が言い終わらないうちに、生物Lの傷口から泡のようなものがでて、伸縮する。
「この敵、何をするつもりなのーー?」
茉莉が言葉をあげる。
「自分で分からなきゃ聞きゃいいだろ! ーールシウス先生よぉ! あの生物のアレはどういう事だ?」
繋がっていた通信から学校地下へと質問をされたので、僕はルシウス先生の顔を見る。
「俺には分からん。だが、油断をするな、攻撃準備かも知れん! 教頭、指示を!」
「先制攻撃を許可する!」
続けざまに教頭の声が入ったので、葉桜君はそこでにやりと笑った。
「じゃあ近寄ってから十手でぶっ刺してやるとするか! って、何だこりゃ、火器展開?」
「あたしにやらせろ。ブレストマシンキャノン! 頭部機関砲! 同時展開ィ! ファイアセミオールウェポン!」
葉桜君が行動する前に砂羽都がそういいながらコンソールを叩くと、グランフレアの胸部と頭部から銃口が露出し一斉射撃を始めた。
「おいてめぇ! 俺がやるっていってるだろうが!」
「相手の行動が不透明なのに接近戦を挑むのはリスクが高いんだよ! 私が先に8秒間の連続射撃を行うから弱ったところを潰せばいい!」
次々と次弾が装填され、グランフレアから数え切れないほどの多数の銃弾が弾幕を貼り、継続して生物Lを抉るように突き刺さる。一発一発が生物Lの表皮のような場所に食い込まれ、緑の液体を噴出させながら吸い込まれていく。
「射撃終了ッ、リロードを開始する」
そして短いようで長かった射撃が終わると、生物Lの表面のうち半分以上が緑の液体にまみれていた。
「ーー何なんだよこいつは……ジョークだろ? ハウ、見たか?」
スピネル隊隊長のレイバーンは、自身の目を疑っていた。
先程まで、スピネル三機がかりで挑んで傷さえつけられなかったものを……、あの人型は力づくでやりやがった。
「いや……ジョークではないですね。自分も見ました」
3号機からも息を呑んだのが明らかにわかる口調で、声が伝わってくる。
「何処の所属かは分かりませんが……凄い火力ですね。貫通力もこちらとは段違いです。何の弾頭を積んでるんでしょうか」
2号機も驚きを隠せないと言う様子だ。
「俺は……恐怖さえも感じる。あの機体に。ーーそうだ、Fー2を下げさせろ。それに俺達もそろそろ給油と弾薬補給が必要になるーー」
レイバーンは、自身を落ち着かせるかのようにそう言うと、焦る気持ちを飲み下す。
「いいんですか?」
「彼らは少なくとも『生物L』の味方ではないようだ。ならば彼らが戦っているうちにこちらも補給のチャンスがある。ここは無闇に突っ込んで人的勢力を消費するべきではない、体勢を整えてから飽和攻撃を上に打診しよう」
レイバーンはそう告げて、一旦補給に戻ろうと命令した。
「スピネル並びFー2、後退します。追って護衛艦も転進」
彼らが数キロ後退したところで僕がそう言うと、やっぱりなという空気になる。
「了解だ、肥後」
葉桜君が返事をする、すると茉莉が口を開いた。
「待って、あの生物L、何か変化をしている」
「え?」
「あん?」
「何?」
ーーそれぞれ異なる反応をする。だがすぐに、言った意味が皆理解出来た。
生物Lが、突然、真っ二つにシュウシュウと霧をだしつつ分かれだした……違う、割れたのだ。
ーーそう、自身が意思を持って引き裂かれたかのように。
「断面は……スイカみたいだな」
モニターを通して映像を見ているルシウス先生の声が聞こえる。
「い、いや、これはーー待ってください!」
だが、そこへ割り込む茉莉の声が、震えている。
「見えるぞ! 何かが出てきた! 映像を拡大する!」
砂羽都の声が聞こえる。
「羽化、か……?」
葉桜君も訝しげにモニターを睨む。
そこへ教頭の驚き声が入った。
「こ、これは! まさか生物Lとはーー繭、だったのか!」
モニターが茉莉によって一部拡大される。
すると、『生物L』そう呼称されていたものから、黒色のカマキリのようなものがもぞもぞと這い出てきた。
しかし、カマキリそのものではない。そう、あえて言うならば先程のスピネルのような人型のフォルムを持っている。ーーつまり無機的なロボットのようなのだ。
「繭!? しかしそんな情報の事例は以前からでは一つもありませんでしたが……? 国連からも何も言って来てはないはずです」
ルシウス先生も動揺している。
「しかし現実にこう存在している以上、理屈では言えまい!」
砂羽都が、その考えを否定した。
確かに繭という表現は、この光景を見ては否定できない。
「……」
カマキリのようなものはゆっくりと、グランフレアの方を見あげる。
「こっちを見た?」
茉莉の声。だがその声が終わらないうちに。
「ーー蛾亞ァァァアァッ!」
奴は瞬時に羽を動かすと翻り、グランフレアに高速で距離を詰めてきた。
「葉桜!」
ルシウス先生が叫ぶ。
「狩る気か! 灼熱十手ェッ!」
横薙ぎに振られた鎌を瞬時にグランフレアは二本の十手を展開して受け止める。
鋭い鎌はすんでのところで十手で止められ、鍔迫り合いの体勢になってグランフレアのボディに突き刺さるには至らなかった。
「あっぶねぇ……こんにゃろう。よそ見してたら死ぬところだったわ」
葉桜君が安堵の声を出す。彼にとっても速かったと言うのか。
「ーー畜生、私とあろうものが反応できなかった」
砂羽都が悔しげに舌打ちをした。
その言葉から推測するにやっぱり、葉桜君は砂羽都にとっても異次元の戦闘能力のようだ。
「十手のヒート機能はonになってる、が、相手は溶けないようだな。教頭、ルシウス先生よ。こいつは厄介だぜ。ーーそれに、グランフレアがパワー負けしている。攻撃は止めたが押し返されそうだ」
しかし珍しく冷静な葉桜君は十手でそのまま相手の鎌を受け止めながらも、そう分析して伝えてきた。
「勝てるのか? 葉桜」
砂羽都が少し額に冷や汗を流しつつ、そう聞く。
「正直今のグランフレアじゃ難しい。だが、砂羽都。てめぇが手伝ってくれるなら別だ」
「ーーフン、いいだろう。力を貸してやる」
「砂羽都、マシンキャノンだ。一度距離をとったらさらに頭部機関砲で牽制射撃を頼む。寄ってきたらヒートダガーをぶっ刺す!」
「あぁ! 蜂の巣にしてやる!」
鍔迫り合いの体勢だったが、ほぼ近接距離で瞬時にグランフレアの胸部が火を噴く。
貫通力の高い銃弾が射出され、眼に見える暴力としてカマキリを襲う。
だがカマキリの腕節を一発が掠めるその瞬間カマキリはバネに弾かれたかのように一気に距離をとり、そのまま高速で何処かへ飛んでいった。
「ぬぉっ、逃げる気か!」
葉桜君は喚いた。
「速いーーレーダーロスト。こちらでは補足不可能。肥後君の方からは分かる?」
直後に茉莉の声が響く。すぐさま自分が声をかけられた事に気付き、オペレートする。
「ーーいえ、あのカマキリのようなものはこちらの反応からもロストしました。リンクできる衛星カメラからも追尾不能。何らかの迷彩を使ったか海に潜った上でソナーを何らかの方法でジャミングしたかと思われます」
「逃げただけのようだな。教頭、ルシウス先生よ、どうしたらいい? 追撃をするか、判断が欲しいぜ」
葉桜君がそう訊いてくる。自分一人では直ぐにでも追いたそうではあったが、流石に大きな機体であるだけに慎重になったのだろう。
「その場にいると自衛隊のFー2が戻ってくる。彼らは恐らく今度はこちらに仕掛けてくるだろう。逃げなさい。少なくとも私が彼らのスピネルを指揮していればそうします」
すると少し考えた上でルシウス先生の声が、すぐにそう響いた。
「了解。スレプトン混合粒子、並びにスモークを10秒後に散布。Fー2の飛行データは受信したので彼らの航路を避けて帰還します」
茉莉の言葉がグランフレアから聞こえ、レーダーを見ると放射状に点が発生していき機体を覆い隠す。
通信も同時に途切れ、ザーッという一昔前のテレビの砂嵐のような音を発し始めた。