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 序章 ーreverce impressionー2

「高校生で二留ゥ!? なんで新任の私のクラスに!?」

 時は少し巻き戻り、10分前。監視カメラに写る葉桜の姿を見て、校長室には唖然とする青年の姿があった。

 彼の名前は七海 ルシウス。29歳の日本人である。元自衛官で一昨年に左手首の故障で退官となったものの、成績優秀な隊員だった。

 元々大学時代に教員免許を手に入れていたので再就職先として、ここで拾われたのだ。

「あぁ、そうだ。彼の名前は葉桜 明。本来なら今年度で卒業するべき学年にいなければならないのだがね」

 七海の雇い主である迅焔高校の教頭は、溜息をつきながらそう答えた。

「一体何をしでかしたらこんなことに……」

 信じられないといった様子で七海が頭を抱えると、向かいのソファーに座っていた教頭は少々難儀そうに腰を浮かせて、七海にホチキス止めされた薄い紙の束を差し出す。

「その資料を見てもらえれば分るとおり、彼は傷害、恐喝、その他数々の暴力行為によって、停学、休学、また停学と繰り返している、文字通りの問題児なのだよ。色々と故あって学校で身柄を預かったのだが……」

 そこで教頭は一旦言葉を区切る。それに気付いた七海は資料をみるのを止め、顔を上げた。

「頼みというのは他でもない。彼のクラスの担任となり、彼と……そうだもう一人、この生徒の監視と指導をお願いしたい」

 さらに一枚、教頭はクリアファイルからA4の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。

 そこには眼鏡をかけた、少し気弱そうな少年の顔写真と、プロフィールが記載されている。


「肥後 瑞樹君ですか……彼もまた、何か?」

 まさか厄介な生徒を押しつけるために雇われたのではないかと、七海の背中に冷や汗が走る。

「いや、彼は至って普通の人間だよ。中等部での成績はいつも上位十番以内にランクインしていたし、生徒会の役員でもあった。葉桜君とは全く違い、優秀な部類に入る生徒だな」

「なるほど……しかし、だったらなおさら真意がわかりかねます。何のために私が彼ら二人を監視・指導せよとおっしゃるんです?」

 七海は首を傾げる。

「校長からの指名だよ。……プロメテウス計画のことは既に聞いているな?」

 教頭がそう尋ねた瞬間、七海の顔が強張り、彼は持っていた資料をテーブルの上において、居住まいを正した。

 プロメテウスとは、ギリシャ神話においての神の一つの名だ。先見の明を意味し、パンドラの箱の神話に関連するエピメテウスの兄である。


「はい、先日校長先生とお会いした時におおよその説明は聞きました。Gーファントムの運用及びそれを核とする強襲兵器グランフレアの開発、さらに次世代主力量産機開発のための技術開発を狙ったものであると」

「ふむ、その通りだ。そこで、だ。その二人をグランフレア、並びにGーファントムのパイロットとして徴用したいと考えているのだ」

 その言葉に、七海は息を呑んだ。

「正気ですか? 彼らは何の訓練も経験もない素人ですよ。それを急に特機に乗せるなど……」

「……賭けになるな。しかし成功すれば見返りも大きい。国からの支援も見込めるだろう。これはわが校のみならず、引いてはスポンサーの薫風重工にとっての起死回生の一手なのだよ」

 そう言って教頭は傍らに置いてある杖をとり、おもむろに立ち上がった。そして右足を少し引きずりながら、窓際に置いてあるコーヒーサーバーの前まで進み、それから慣れた手つきでサーバーをセットしていく。

「……一つ、よろしいでしょうか」

 ややあって、七海は口を開いた。

「ほう、何だね」

 ザラザラと、コーヒー豆がミルの容器に落ちる音が響く。

「彼らをパイロットに選んだ理由は何でしょう? 薫風重工の方にも優秀なパイロットがいると思われますが」

「……葉桜君の資料をよく見てくれたまえ」

 そう言われて七海は慌ただしげに資料をめくる。と、言っても十枚ほどの薄い資料なので該当部分はすぐに見つかった。文を読んでいくうちに徐々に、表情に曇りが見えてくる。

「……えーっと、一年前、他校の生徒数十人と衝突した際、校舎の外壁に直径二メートル程の大穴を空け、更には傍にあった窓の窓枠を捻じ曲げてガラスを割り、全員を病院送りに……? 事実なのですか?」

 愕然とした表情で、七海は教頭の背中を見る。



「そう疑問に思うのは当然だろうな。だがしかし、これは現実にあったことなのだよ。穴のあいた外壁とねじ曲がった窓枠の写真、被害者達の証言は次のページに記載してある」

 教頭はそう言いながら、紙のフィルターをセットし、いつの間にか挽き終わったコーヒー豆の粉末を計量スプーンで計り、フィルターへと入れる。

「確かにありますが……にわかには信じられません。どう考えても人間の範疇を超えています」

「だから、それを君がその目で確かめるのだよ。彼が本当に超人的な力を持っているのか。そして、我々の信用に足るべき人間なのか」

 備え付けの電気ケトルがカチリと小さな音を立てて沸騰を告げ、教頭はフィルターに湯を注いでいく。

「実は彼を試す種はもう蒔いてある。時期に芽吹くであろうから、その際はまた君に連絡しよう」

 湯を注ぎ終え、一仕事終えた教頭はソファーには戻らず、傍らのデスクチェアに座って両手を組む。足が悪いため、低い位置に腰かけるソファーは億劫なのだろう。

「……Gーファントムにおける肥後君に関しては?」

「彼は色々とうちの武器を開発するにおいて兵器と適性がいい。それに、二分心においての適性をかれに見つけた」

 七海の問いに対して、教頭はそう答える。

「二分心?」

 七海が首を傾げる。

「一番重要な人の心だよ。グランフレアの力を最大限に引き出す要素。いわゆる虫の知らせ、という奴だな。つまりかつて人間がもっていたが、消失してしまった能力を彼はもっているのだ。興味があれば、文献を貸してあげよう」

 教頭はそう、言った。

「成程……」

 その物言いに七海は些かの違和感を覚えるが、一応は納得したように大きく頷いた。

「……分かりました。やりましょう」

「……そう、言ってくれるか。頼むぞ七海君」

 教頭は七海の言葉に何処か安堵したような表情を浮かべ、組んでいた両手を擦り合わせた。

「そういえば三番パイロットの方はどうなっているのでしょうか。確かグランフレアは三座式だと記憶していましたが。葉桜君と彼女と、あと一人枠があるはずです」

「それはこちらで既に用意してある。連携を円滑にするために、その生徒も君のクラスに振り分けてあるから安心するがいい。データは……しまった、ソファーの上に忘れてきてしまった。すまんが七海君、その緑色のバインダーをこちらへ持ってきてくれないか」

 デスクの一番下の引き出しを開けた教頭は、すぐさまソファーの上の少々薄汚れた緑色のバインダーを指差した。

「これで……よろしいでしょうか?」

 バインダーを拾った七海は教頭にそれを差し出す。

「ありがとう。えーと何処だったか……あったあった。これがその生徒のデータだ」

 教頭はバインダーの中ほどのページを開いて、上下を逆さまにして七海の目の前に置いた。

「……なるほど、了解いたしました。新米ながら、三人とも精一杯指導させていただきます」

 暫く資料に目を落とした七海はそう答える。

「君の働きには期待しているよ。さて、そろそろコーヒーが淹れ終わる頃だ。飲んでいきたまえ」

 そう言って、教頭は立ち上がり、サーバーの横にあるお盆に伏せてあったコーヒーカップを二つ取り出し、自分の前に並べた。

「……いえ、申し訳ないですが……。そろそろホームルームが始まるので、遠慮しておきます」

 七海はチラリとデスクの置時計を見て、そう首を振る。

「おお、もうそんな時間か。すまんな、長らく引き止めて悪かった」

「いえ、それでは失礼いたします」

 七海は一礼し、教務室へと続く扉へと向かう。

「ああそうだ七海君」

 ドアノブに手を掛けた七海に教頭の声が掛かる。

「はい、なんでしょう」

「くれぐれも今言ったことは内密にな。校長から聞いているとは思うが、教職員ですらプロメテウス計画のことを知らない者は多い。いわば極秘中の極秘だ。もしも洩れたとしたら……」

「……承知しております。それでは」

 バタンと扉の閉じる音が部屋に響き、教頭は溜息を付く。

「折角、来客用のいいコーヒー豆を開けたのだがな……もったいない」

 教頭はカップを一つお盆に戻し、残りになみなみとドリップしたてのコーヒーを注ぐ。

「うーん、この芳醇な香り。いただきます」

 そう言ってコーヒカップに口をつける。

「熱っ」

 教頭はあまりの温度に驚きつつも、慌ててカップに息を吹きかけた。

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