eden-5
それから15分くらい経つと、がらっと教室のドアが開く。
そちらに視線を向けると、黒タイツを履いてスカートタイプのスーツを着た女の人がこちらを向いていた。
「貴方が肥後君?」
元気の良い言葉だ。
「あ、はい」
そう頷く。
女の人の髪の色はピンクで後ろをゆるく一つ結びにした髪型で、バレッタで留めている。他に特徴的な外見を言えば少しブランドが分からない、何か機械的な変わった眼鏡を掛けているくらいか。外見的には痩せ型ではあるが背が大きめで、砂羽都や茉莉よりは少し身長が高いくらいの人だ。そしてなによりも、ハラスメントとかそういう意味でなく胸が窮屈そうだった。
「情報統制部門の教諭、菊城稀花ですよ。年齢は非公表。コードネームはアスターで通してます。よろしく」
丁寧にその女の人がこちらに会釈をしてくる。外見年齢はルシウス先生と同等だろうか。
「アスター……って言うと、星ですか?」
とりあえず頭の中に浮かんだ知識から尋ねてみる。
「いえ、エゾギクが元ネタですよ」
菊城先生はそう言うと、丁寧に紙袋に入った書類の山を押し付けてくる。
僕はその中の一番大きな冊子を貰いパラパラとめくるが目次中には、組織編制、駐屯地の一覧、各国装備データベース、非常時の対応、といった事が書いてあった。
だがこの中には、グランフレアについての記述は無かった。
……どうやら特務科の中でも、グランフレアは特別であるらしい。情報の流出には気を使っているようだ。
「えっと、あの、それでこの後僕はどうすれば……」
菊城先生に尋ねる。だが、
「私は君がどうしてこの棟に来たのかは知らないし、知らされてないよ。でも、勉強するべきって事は知ってるから」
「はぁ……」
そう言うと、こちらをしげしげと眺めてきて、
「しかし貴方惜しいわねえ、後もう少し背が低いとか、2~3年若かったらストライクゾーンなのに」
と急に砕けた態度になってくる。
「あの、僕15なんですが。未成年相手とか捕まりますよ流石に?」
「別に、問題ないじゃない」
「……」
「私、中等部の担任やりたいのに上が許可してくれないのよねぇ。全く、職業選択に幅があるって辛いわぁ。ぴっちぴちのかわいい男の子達を毎日眺めてたいのに」
(……酷いな)
そんな事を内心突っ込みながら、はぁ、と相槌を打つ。
「ま、とりあえず教室まで連れて行くのでついてきてね」
菊城先生はそう告げると、僕を促した。
それからエレベーターに二人で入ると、ポケットからカードキーを出し、外の扉に一時ロックをかけてからコンソールの裏についていた地下のボタンを押す。
「驚いた? これで地下階にいけるの。一般生徒には分からないようにね」
先生の言葉に、おぉ、と圧倒される。
「……これは僕の学生証でも出来るんですか?」
「んー、今の学生証じゃ無理だね。ルシウス君に頼んだら磁気コートをやってくれると思うよ」
そう菊城先生は軽いノリで言った。
暫くすると長机の沢山配置された、通常の教室より一回り大きな部屋へ着いた。
備品としては部屋の隅の棚にタブレット端末が山積みされてあり、既に教室内の生徒は10人より少し多いくらいがいる。
生徒の中には、見知った顔もあった。
「結構、在籍者は居るんですね」
「普通科と掛け持ちの子も居るからね。もちろん通常生活では此処のことは話しちゃ駄目なんだけど、その代わりに此処の子は奨学金とか貰ってたりするんだよ」
「へぇ、そうなんですか」
「うん。さて、さっき渡した袋の中に教科書とかは入ってるから席に着いてねー」
先生は空いてる席を指差し、そこに座ってねと言った。
「ーー肥後じゃん、お前も此処に配属になったのか? 久しぶりだな」
言われるままに席に着くと、見知った声が聞こえる。中等部では同じクラスだった、霜田 雄二郎だ。棚木も含めてつるんでいた身内だったが、授業の専攻が違うから気がつかなかった。
「雄二郎! おー、この科になってたなんて知らなかったよ」
「半年くらい前に学校から提案を受けてね。それからこの科にきたんだ。友達付き合いが少し悪くなったのはごめんと思ってる」
雄二郎はちょっと謝ってくる。
「いや、別にいいよ。他にもこの科の子はいるのかい?」
「ん、瞬が同じ科だぞ。他にも何人かの奴も一緒だ」
嬉しそうに雄二郎は言う。
「へー、懐かしく思えるよ、ほんの少ししか経ってないのに」
瞬とは、瀬川 瞬だ。結構無口な人間だが、中等部時代は結構仲が良かった。話してると昔の光景がどんどん思い浮かんで、楽しい気分になってくる。
「……それにしても、ここの勉強って難しいの?」
小声で、尋ねておく。
「ん、お前の頭なら余裕だと思うぜ?」
雄二郎は自信ありげに言ってきた。
「それよりあれだ、そろそろ菊城センセが注意してくるから前向きな、でかい乳がお怒りになられるぜ」
「……おっけー」
僕は少しお願いすると、また前に向き直った。
「はい、それでは授業を始めますよぉ~」
菊城先生の声が教室に響く。
この情報統制部門でとりあえず勉強した事は、生物Lという者の概要、ルシウス先生が伝えてくれた事を掘り下げた物であった。
一応今回は手加減をしてくれているのか、授業でやってくれたのは過去の海戦の事に関してくらいであった。
他の先進国の生物Lとの戦闘、その中でも分かっている限りのケース。まだ繭の撃破例は無いという事。
ーー其処で僕は、グランフレアが出撃して中のカマキリを出したのは、やっと成し遂げた事なのだと気付いた。まだ授業内容にこそ反映はされていなかったが、あの繭を撃破するという事はルシウス先生や大江教頭でさえもやっと初めて見たのだろうと推測できる。
ーーしかし、生物Lとは、一体何者なのだろうか。
推測している間にも時間はどんどん過ぎてしまい、ノートを取りながら思索をしているとあっという間に授業は終わってしまう。
「それじゃ、終わりますね。次回は今回の復習と彼らの出現に伴う海流の変化についてやりますよー」
……その日はそれで、お開きになった。
「ただいま」
「おう、おかえりー」
「……」
家に帰ると、余り気分の良さそうじゃない葉桜君と砂羽都が居た。
砂羽都はクレープを食べており、葉桜君は落ち込んでいる。
「どうしたの? 授業が難しかったとか?」
そう訊くと、
「その程度じゃ不満には思わんよ。 なーんか感じの悪い奴がいてな、張り合っただけだ」
そう葉桜君が不貞腐れてみせる。
「喧嘩だとよ」
砂羽都がそう言う。
「どんな人だったの?」
「いっけすかねぇ改造制服のロンゲだ」
そう言われて、とある人物を思い出す。
「あぁ、それ中等部の時の生徒会長だな……」
北御門 傑って名前だった。結構高飛車だったなあ。
「挑発してきたから結局喧嘩になったんだが、砂羽都の奴が俺を撃ちやがった」
「麻酔銃だ。三発で止まってくれて助かった。普通の人間なら後遺症が出るレベルだったがな」
「……てめぇ」
「自分の力を考えろ。手加減をしないとか熊かお前は。あそこで傷害事件を起こしたらルシウスの顔に泥を塗ることになるだろう」
砂羽都は呆れながらも、そう言ってのける。どうやら操縦技能部門の授業も、大変らしいな……。
「おまけにいつの間にか財布から金を抜かれてデザートを奢らされるわ、人の金をなんだと考えてやがる」
「自業自得って奴だ」
砂羽都はそう、吐き捨てた。
次の日になり、ついにプロメテウス計画の方に進展が起こる。
午後の5限は英語であったが授業中にルシウス先生の携帯がちらりと光ったかと思うと、
「すまないが急用があって、少し自習にさせて貰う。砂羽都、茉莉、明、瑞樹。お偉いさんの為にちょっとプリントを持ってくる手伝いを頼む。引継ぎは別の先生にやって貰う」
そう言い、目配せをしてきた。
「……で、今回の出撃はどうなるんだよ」
ポンプ室からの地下階段の最中、葉桜君がルシウス先生の後姿へ声をかける。その肩には、アナスタシアの姿ももちろんあった。
「私のところへメールで書かれてる文言からでは、近くの離島に取り逃したあのカマキリが現れたそうだ。例によってスピネルがスクランブルで出たが戦力分析によると不利であり、案の定時間の問題であるとのことらしい」
ルシウス先生は手振りを交えながら説明してくる。
「……国家とあろうものが情けないねぇ」
砂羽都が相槌を打つ。
「GDP1・2%を頑固に守ってるからな。他国と違って金がないんだ。あと弾薬もな」
ルシウス先生は受け流すかのようにそう答えた。
「うちのドィムュパも同じくあいつら相手じゃ勝てないし、やっぱりグランフレアの能力に頼るしかないものかね」
その様子を見て、また砂羽都が愚痴る。
「仕方がないですよ、台所事情だけはどうにもなりませんから」
茉莉はその顔を見ながらも、なだめた。
「うぉぉぉぉォい! あんたらがプロジェクトクルーか?」
地下基地に入ると、見知らぬ中年の男が近寄ってきて声をかけてくる。
恰幅がよく、よく観察すれば時計や靴などの身に着けているものから金持ちだという事が分かった。結構に高いブランド物だ。
「ん? 誰だ、あんた?」
そんな事に気付いてないのか、葉桜君はぶっきらぼうに男へ尋ねる。
だがその人物の顔を見るなり、急に横にいたルシウス先生の顔がきりっと真面目になった。
「どうもこんにちは。またお会いできるとは幸いです、先生。お身体もお元気そうで」
「んー、ルシウス君、君もこんな物に関わってるならもっと早く呼んでくれればいいじゃないか。本当つれないなぁ」
髪に少し白髪が混ざった男は、嬉しそうな顔をしてバンバンとルシウス先生の肩を叩く。
「申し訳ありません、機体自体が機密であったので」
「だとしてもさぁ、もっと早く僕を具申してくれればいいじゃないか。設計段階から僕を関わらせてくれればこのグランフレア、もっと性能は上がったよ?」
「はは……自分も途中参加なんで、そう出来ればよかったんですが」
その人とルシウス先生は親しげに会話をしている。
「誰だ?」
頭の上に葉桜君や茉莉が疑問符を浮かべたのを見て、ルシウス先生が気付いた。
「あぁ、こちらの方は僕の大学時代の恩師になる。卯月教授だ。粗相の無いようにな」
そして晴れやかな表情で紹介をしてくれた。
少し声の様子から緊張をしているようだ。
「おー、こちらが君の教え子かい? 僕が卯月深蒸。今回グランフレアの改良の為の総指揮を取ることになったんだ。よろしく」
「宜しくお願いします」
茉莉を筆頭に、おのおの頭を下げる。
「……成程、教授か。どこかの本で見たことがあったがそう言うことだったか」
砂羽都が真顔のまま小さい声で、呟いた。
「んー、しかしルシウス君が学校で生徒を教えてるとはね。免許は持っててもそっち行くとは思ってなかったから意外だよ」
「ですね、自分でも意外でした。大江教頭はこちらに?」
「いや、今日は本社の方へ行っているらしいよ。僕は外部から開発の顧問で来たんだ」
卯月教授は答える。
「成程……。さて、立ち話もなんですし、これから出撃なので管制室にいきましょう」
ルシウス先生はそう促す。
「そうだね」
それにより、各々歩き出した。
「あぁそうだ、ルシウス君、私が開発したウェポンパックがあるので今回グランフレアに背負わせるといい。グランフレアも改造しておいた」
管制室に向かっている途中、卯月教授は突然思い出したようにそう、言ってくる。
「どんなものなんだ?」
興味深いのか歩き出しながら葉桜君が聞くと、
「興味があるのかい? 中にあるのは話を聞いてすぐに工場に発注したもので攻撃と防御が一体化したドリルシールドに、手持ち式の45口径46cm単装砲。 そして私の渾身の作品、ジェットアックスだ」
卯月教授は胸を張ってそう答えた。
「ジェットアックス?」
「あぁ。私がみたところによるとこのグランフレアという機体は特機ではあるが金さえ掛ければ作れる機体であると言える。そして、そこから生まれる戦闘力も常識の域を出ない。それ故に強固とは言い難い。故に磐石ではない機体性能を補うために急造で製作したといえる武器だ。ま、単純に言えばジェット推進を内蔵した片刃状の大斧だよ」
「どう使うんだ?」
しかし葉桜君はまだ、武器の原理が理解出来てないようだ。
「ようはだね、振り下ろす時に加速をつける事で普段以上の破壊力を持たせるという事だよ。勿論ヒート機構も搭載しているので一発の威力は相当な物になるだろう」
「……む?」
「うーん、勢いをつけてハンマーで釘を打つということを想像してくれるといいかな? 思い切り叩いた方が釘は刺さるだろう? 私の作った斧は、破壊力があるんだ」
「ーーあぁ! そういう事か」
葉桜君は納得がいったという様子で、晴れやかな表情で頷いた。
どうやら葉桜君はこの卯月深蒸というおじさんに好感を持ったらしい。
「ぱぱん! 補給完了だよー!」
階段を降りきってグランフレアの前まで行ったところで、女の子の声がした。
「ん、おぉ。ありがとう、玉露」
教授は声のしたほうを向き、そう笑う。
つられてそちらを見ると、綺麗な抹茶色の髪で小豆色の眼をした、中学生くらいの女の子がいた。
前髪を上げていて、作業用ゴーグルを頭の上に付けている。
「もしかして娘さんですか? 大きくなられて」
ルシウス先生がそう、教授に話しかける。
「あぁ、娘の玉露だ。ここの学校の特別養成科メカニック部門で14になる。ルシウス君が学生時代に初めてうちに来た時は9年前だったから、当時は5歳だったな」
「ーー時代を感じますね、私も歳を取ったもんですよ」
先生は感慨深そうに腕組みをする。
「ルシウスおじ……先生お久しぶりです!」
「あぁ、久しぶりだね玉露ちゃん」
とりあえずそう挨拶を交わした後、少し玉露が視線を動かした。
「……貴方達がこの機体の操縦者?」
それから玉露と言われた娘は僕達の方を見る。その子の姿は教授と比較すると、外見は全然似てはいなかった。
「操縦者かと聞かれれば、そうだと答えるよ」
砂羽都が言うと、玉露はそう少し怒った顔で、
「この子、脚部の間接のモーターに負担が掛かってたよ。機体映像のログを見てショックアブソーバーの調整はしたけど……ドロップキックとか変な攻撃はあまり控えて頂戴よね。機体が重いから最悪足がぽっきり逝くからさ。折角いい機体なのにすぐに壊したら可哀想だよ。こんないいロボット触らせてもらって嬉しいけど、乱暴にはしないでね?」
と注意をしてきた。
「ーーその件に関してはこの馬鹿のせいだ。言い含めておこう」
砂羽都が横を向き白い目で見る。
「うるせぇ、アン時は急停止ができなかったから仕方ないだろ、初戦闘だったし」
葉桜君は言い返すが、第三者から責められるのは慣れてないのかばつの悪そうな顔をしている。
「ーーさて、そろそろいこうか。各々コクピットに入りなさい」
そこでルシウス先生が、場を仕切りなおしてくる。
「あ、はい」
「私は肥後君のサポートに付くので、周囲への粒子散布を教授はお願いします」
「うむ、分かったよ」
卯月教授は頷くと、玉露と共に制御装置室の方へ歩いていった。
ーー5分くらいすると自動システムの点検が済み、機体は発進準備に入る。
「レールチェック完了、カタパルトロック、解除!」
「肥後君、カウントを!」
「了解! 5・4・3・2・1!」
「ーーグランフレア、出撃!」
「それじゃ、行くぜ!」
僕達のグランフレアは、武装コンテナを担ぎ出撃をしたーー。
「生物Lのあのカマキリ状態は、どう対処すりゃいいんだ? あと、この単装砲は何故連装砲として装備しなかったんだ?」
現場に向かう途中、葉桜君が通信でこちらに尋ねてくる。
グランフレアは今、太平洋上だ。
「ん、昔ならともかく今の技術なら十分な初速が得られるので必要ないんですよ。それに連装にしたところで、大型化するのと射角を制限されるので邪魔です。それにしても簡素なオペレート室ですね」
計器を触りながらも僕の膝上に乗ってきた玉露が僕の前に身を乗り出しつつそう返答をしてくる。
「肥後、何をやっている。女と密着して不健全な」
「な、なにもやってませんよー」
砂羽都の怖い声が掛かってきて足がすくむが、鈍感なフリをしてスルーする。
(どの口が言ってるの、と茉莉の声も聞こえてきそうだ)
尻が顔の前に……えぇい。
ルシウス先生も、苦笑いをしている。そして卯月先生はその後ろで猫じゃらしを持ってアナスタシアと遊んでいた。
「だが、これほどのでかい砲塔となると反動も凄そうだな。……しかしなんでまたこんな時代に逆行するような装備を? あんたに理由を聞きたいな」
ふと、気を取り直した砂羽都は、そう玉露に尋ねた。
「聞かれると思ってましたよ。今の艦船はミサイル、そして艦載機に武装が集中しているので火砲として考えてはそれほど威力がよくないんです。まだ大戦時の船の方が射程以外の近接火力と装甲においては秀でていたくらいなのですよ。ですが、今の時代のミサイルで敵が倒せないとくれば、根本的な考え方の変更が必要なんです。生物Lの卵との情報でそれ以前に戦闘行動を仕掛けていたスピネルの攻撃は殆ど聞いてなかったでしょう。だから生物Lを倒す為には数十キロからの肉薄をして大戦の艦船クラスの火砲で潰せばいいんじゃないかと父は考え、この砲塔を積んだんです。もっとも、砲弾に関しては性能があがっているので昔の46センチ砲以上の威力はありますが」
玉露は待ってましたとばかりにそう答える。
「そういう事か。……んじゃ、砲撃になったら砂羽都、頼めるか?」
葉桜君は成程といった顔をして頷いた。
「任しておきな。穴だらけにしてやるさ」
砂羽都は葉桜君に頼られると少し機嫌を取り戻した様子で、そう返事をした。
「ただ、その単装砲はグランフレアの体格だから積めた武器なので、足場が不安定なところで撃つのは止めてくださいね? 空中で使う場合はエアブレーキも作動させてください」
「ーー了解だ」
「ーーお話中失礼します。肥後君、敵の現在地の様子とデータを送れますか?」
そこで茉莉の声が聞こえる。
「ん、あぁ」
僕はそこで装置を操作して、座標データと地形、風速、天候、気温、気圧などを送信した。
「ふう、島民の人口は約1200……視界は良好……しかしこれだと見付かる可能性もありますね」
データを見た茉莉の唸り声が聞こえる。
「確かに。こちらの攻撃は通りやすいが、相手の攻撃も同様になるな」
「住民の避難って奴は済んでいるのか?」
葉桜君が尋ねる。
「島の反対側に小高くなっている津波避難場がある。そこに近付けさせなければいいだろう」
ルシウス先生は言った。
「しかしあれだ、この島は固定砲台すらないのか。昔の怪獣映画だって応戦はしただろうしよ。無防備地帯って奴か?」
砂羽都が皮肉気に言う。
「いや、此処に対して自衛隊は向かっている。すでにスクランブルは掛かっているようなので出来るだけ早く決めてくれ」
ルシウス先生はそれを宥めつつ、そう命令を下した。
「ーーカマキリ、見つけたぜ。映像を送る」
それから程なくして、葉桜君の声が聞こえた。
「郵便局、八百屋、港に遠目に見えるガスタンク。周囲の景色は普通の田舎だな」
グランフレアのカメラから送られた映像には、長閑な景色が写っている。そう、道路のコンクリートを引っ掻いている鋼色のカマキリだけを除いて。
「それじゃ砂羽都、遠距離だし頼むぜ。出番だ」
葉桜君はそう言って操縦権を砂羽都に移す。
「オーケー、任せておきな。少し皆静かにしてくれ」
ウェポンパックから展開した46センチ砲を構えたグランフレアは、島に着陸をすると足元を気にしながらゆっくりとカマキリに近寄っていった。
ーー玉露がごくりと、喉を鳴らす。
急にコクピットが、静かになる。
「ーー風速は?」
「7時方向から1m、微々たる物よ。敵距離は画面に映ってる通り」
「了解。やるよ」
こちらが視界に入ってないカマキリに向けて、グランフレアがやや姿勢を低くして砲を構える。
そして徐に、
「ーー喰らえッ!」
砂羽都の声と共にグランフレアの砲から爆炎が出て、瞬時に気付き翼を広げて飛び上がろうとしたカマキリの片方の羽根を貫いた。
「っち、あの虫、こっちが撃った後に反応したのか」
砂羽都は舌打ちをする。
「みたいだな。発射まではこちらの行動に奴は気付いてなかったはずだ」
葉桜君が相槌を打つ。
「それよりも、来るわよ」
茉莉の声が聞こえる。
「砂羽都、コンテナを外せ!」
葉桜君の怒鳴り声がそこで響く。
「何?」
言葉を受け背負ったコンテナをパージする砂羽都。
だがその眼前には、急加速したカマキリが腕を振りかぶり迫ってきていた。
「……速い!?」
驚いた砂羽都は慌てて、ドリルシールドを展開して振り下ろされる鎌を弾く。
回転するドリルと鎌の刃が互いに削りあう音がして、お互い弾かれた。
「ぐぅぅぅ!」
機体体重はそれほどグランフレアと向こうに差が無いようだ。
少し飛ばされたが、グランフレアは着地してすぐにマシンキャノンで相手の行動を遮る。
「こなくそっ!」
「……あのカマキリ、あんまり効いてなかったみたいだな」
葉桜君がそう分析する。
「カス当たりだからしょうがない。葉桜、交代だ」
砂羽都はそう告げながら葉桜君に操縦権限を返却し、グランフレアは足元に転がっていたジェットアックスを掴んだ。
「茉莉! 出力をあげろ!」
「了解! 出力全開『パワーゲインッ』!」
グランフレアの目が一際強く発光し、ジェットアックスがアクティブモードに移る。
そして再び突っ込んでくるカマキリに対して斧を向け、逆袈裟に肩口を吹き飛ばした。
『ブォォォォォ!』
無骨な斧が一瞬加速したかと思うと、カマキリの腕を根元から跡形も無く切断する。
「ざまぁねぇぜ!……って、止まらんのか!?」
笑みを浮かべた葉桜君。だが、カマキリはひるむ様子も無く無事なほうの鎌でグランフレアの胸を突き刺してきた。
「ーー蛾亞ァァァアァッ!」
「ぐぁぁぁぁあっつ!?」
カマキリの咆哮と共に、火花が機体の前面で散った。
グランフレアの機体コンディションを示す計器の色が悪くなり、僕の目から見て明らかなダメージと分かる。
「葉桜、何をやっている!」
砂羽都が怒る。
「向こうが突っ込んできたんだよ! 片腕取っただけでもいいだろが! 野次入れんな!」
グランフレアは胸から小さな爆発を起こして、よろける。
「相手のカマキリの腕から高圧電流を確認。13から25番の回路が破損、厳しいわ」
茉莉の声が響く。
「新武器を使いたまえ!」
その時、卯月教授の声がコクピット内に反響した。
「新武器? 分かった、じゃあ見せてやるぜ!」
葉桜君は叫びながらグランフレアの腕を動かし、カマキリを両手で抱え込む。
「腹部チェーン、起動!」
同時にグランフレアの腹筋部分から回転するノコギリが発生し、カマキリの胴体に傷を付ける。
「ーー蛾亞ァァァアァッ!?」
カマキリは突然の刃に混乱し、暴れる。
「コクピットを守る武器って奴だ、痛みを知ったろう! 砂羽都、このまま射撃を頼む!」
「分かっている!」
グランフレアの頭部のバルカンがカマキリの表皮を叩き、それに怯んだ瞬間にグランフレアは右手で相手の顔を殴り飛ばす。が、攻撃を繰り出したあとに自分からよろけて膝を付いた。
「どうした?」
「機体バランスが低下しているーー、装甲の隙間にさっきの鎌は当たったみたい、思ったより被害が酷い」
茉莉が言った。
「っち、港側に出るぞ」
葉桜君が言い捨てた。
「水中で戦うつもりか?」
ルシウス先生がそこで突っ込む。
「俺に考えがある、時間がないが信じてくれ!」
それに対して葉桜君は真面目な顔をするとルシウス先生を説得させようとする。
「……分かった、任せよう。思いっきりやりなさい!」
その目を見たルシウス先生は瞬時に、頷いた。
こういう命のやり取りに慣れているのかは知らないが、葉桜君の目を見て何かを感じ取ったようだ。
「いくぞ! バランス面は茉莉、頼む!」
グランフレアはカマキリを背にして、走り出す。
だが瞬時にカマキリはその様子を見て起き上がると、飛べないものの走って追ってくる。
「奴はこちらを逃がす気はない、追いつかれるぞ!」
砂羽都の悲鳴が聞こえる。
「追いかけてくるなら充分だ!」
だが数百メートル走ったところで、グランフレアは振り向く。
「飛び掛ってくるわ!」
「南無三!」
砂羽都の諦めたような声がきこえる。
だが瞬間、
「てめぇはトラップに引き込まれた! ハメ潰してやるぜ!」
葉桜君はニヤリと笑い、飛び掛ってきたカマキリの首を掴むと、そしてそのまま勢いで、すぐ近くのガスタンクの山に投げ落とした。
「ガスタンク!」
砂羽都が驚きの声を上げた。
「景色を見回した時に目に映ったさ! 恐らくこの島のガスはここに集中している! これで死んでもらうぜ! 引火しろっ!」
グランフレアはヒートダガーを取り出し出力制御スイッチを限界にいれると、充満するガスの中に向けて投げ込む。
カマキリもガスの様子に気付いたようだが、もう遅い。
「ーー蛾亞ァァァアァッ!」
メタルシルバー色の虫の身体、その全体を爆発が包んだ。
「うぉぉぉぉッ!」
グランフレアも防御体勢を取ったが爆発と共に装甲を歪ませ少し吹き飛ぶ。ノイズが通信にかなり掛かってくる。
「うっひぇー……やりすぎだよ」
僕の後ろで玉露が呆れた声を出す。
「確かにいい策略だが、なんて無茶苦茶なんだ……被害総額を考えるのがいやになるな」
ルシウス先生だけが、慄いていた。
やがて煙が晴れる頃に、先行してきた自衛隊の哨戒機が遠目に見えた。
グランフレアはコンテナを回収し、倒れたカマキリの傍に立っている。
「ーーん」
突如葉桜君が何かに気付いたかのような声を出した。
「どうしたんだい?」
僕は瞬時にそう問いかける。
だがその言葉への返事はこずに、
「少しあけるぞ」
その言葉と共にグランフレアの搭乗ハッチがあいたのがモニタリングで分かった。
「おい!」
砂羽都の声が響く。
「どうした?」
そういうルシウス先生の声。
「ーーあの馬鹿、飛び降りやがった。怪我は無いだろうけどな」
すると砂羽都がそう、カメラを動かしつつ説明してきた。
送られてきた映像では活動を停止したカマキリの腹の上に乗っている葉桜君が写っている。
だが少しして、葉桜君の声が聞こえた。
「こいつ、乗る場所があるぞ! 溶接された後が見える!」
「っ!」
瞬時に僕とルシウス先生は顔を見合わせる。
「生物Lは、ロボットだったのか? ーーだとすれば、なんて認識違いだったんだ……」
ルシウス先生は唸る。
「ーー開けてみるぜ。ーーうぉぉぉぉッ!」
葉桜君はそのまま搭乗口の蓋らしき場所を掴むと、力技で引き剥がしてこじあける。
「ーー相手からしたら怖いとかいうレベルじゃないな。あの馬鹿力が」
砂羽都がぼそりと、呟いた。確かに、考えてみれば言われたとおりだ。
「後5分以内に出発しないと、スピネルの攻撃を避けられませんよ」
しかしそこで、茉莉がまた横槍を挟んできた。
その様子を聞いて、ルシウス先生は指示を下した。
「……しょうがないな。ならば搭乗員がいるならば確保しろ。そして可能ならば敵のカマキリの一部を回収したまえ。全身は無理でも、先程にジェットアクスで吹き飛ばした腕が地面に落ちているだろう」
「了解」
砂羽都と茉莉の声が、通信先から聞こえた。
ロボの内部に気絶した女がいた、そういった報告を葉桜君から受けたのは数分後のことだった。
とりあえずだが、ルシウス先生の判断で彼女の目が覚める前に連れ帰る。
独房にその女だけを確保し、グランフレアはすぐさま玉露による整備の手に掛かることとなった。
「ーー胸部パーツが相当やられたね。一撃とはいえ人間で言えば的確に肋間神経を貫かれた感じだったよ。回路が一部巻き込まれて爆発で駄目になってた」
夕方になって整備に付き添っていると玉露は煤だらけの顔でそう言ってくる。
「よく分かるな」
葉桜君は関心した様子で腕を組む。
「今の時代、簡易なCTみたいなのもあるしね。一々分解しなくても分かるようにはなってるよ」
「へぇ。何を言ってるのかはわからんが凄いものがあるんだな」
「あはは……」
その反応で玉露は愛想笑いをして、こちらをちらりと見る。
「僕は分かってるよ、一応理系だから」
「とは言っても難しい事を言うと父さんのレベルだから無理だと思うけどねぇ」
そう話をしていると、
「おい、お前達」
そう砂羽都の呼ぶ声が聞こえた。
「何だ?」
「アレが意識を取り戻した。独房へ来い。特に葉桜はいざという時に必要だからな」
「……わーったよ」
「それじゃ玉露、また後で。グランフレアについては後で僕は聞きたい事あるから、また会おう」
「うん、わかったよー」
「おら、行くぞ。疲れるなら運んでってやるが」
「大丈夫、自分でいけるから」
「そうか」
葉桜君は僕の肩を掴んだが、砂羽都の後へ続いた。
「暴れる様子は?」
「ーー無いらしいぞ」
独房の前に立つと、中には緋色眼でプラチナブロンド髪の女がいた。
何というか日本人顔ではなく、それでいて大陸顔や西洋人とも違うようではある。
「日本語で話しかけても無理だ。どうにかしたい。私やルシウスは簡単な英語や中国語こそ出来るが、それでも無理だった」
話を聞いて急遽戻ってきた大江教頭が、そう言ってきた。
「私に任せな」
そこで砂羽都が、取って出る。
「Wie heisen Sie?」
……しかし、女は反応が無い。
「ーードイツ語じゃ無理なんじゃないかな」
僕は言ってみる。
「煩いぞ。それならフランス語を使う。Vous vous appelez comment?」
「……?」
首をかしげられた。
「えぇい……Как Васзовут?」
少し諦めた様子で、砂羽都はまた尋ねる。だがすると、
「Елизавета」
そう女は口を開いた。
「ッ! 喋った!?」
瞬時にルシウス先生と教頭が反応する。
「……ロシア語は反応できるみたいだね。名前はエリザヴェータだってさ。私は正直挨拶と罵倒語くらいしか出来ないから辞典持ってきてくれないかい?」
砂羽都はそう言って、ちらりと二人の方を見る。
「あ、あぁ。そういえば私の電子辞書に日露辞典があったはずだ」
するとルシウス先生は胸元から高そうな電子辞書を出し、砂羽都に手渡した。
「ーーありがとう。それじゃあみんな、暫くここは二人にしてもらえないかい? 部屋の外にはいてくれていいから」
砂羽都は辞書を受け取って適当に数語検索したのちに、そう言ってくる。
「酒場の流儀で薬漬けにしたりするなよ? 外に私は待機している」
その表情を見て、ルシウスが先に警告する。
「大丈夫だ、流石にそこは弁えているからな」
すると砂羽都は笑って、否定してきた。
その後二日間掛けた尋問と、ラボによる検査によって分かったのは、以下の事であった。
生物Lと呼ばれていた物、それは成長するロボットであり、エリザヴェータはそのパイロットだったこと。
彼女は人間、それも黒人白人黄色人種といったくくりではなく、そもそもホモ・サピエンスではないこと。
そして流石に毒素を吐いたりするような奇怪な生態は持っていないものの、DNAのそれがこちらとは全く異なっていたということだ。
彼らは隕石によって地球上へ降り立ち、活動を始めた。そしてそのロボットはそれぞれが固有の成体を持ち、一定しない。
エリザヴェータは組織の中で下っ端であり、人間のサンプルを取りにきたとの事だ。




