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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
参:ひとならずして
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27.疾走

 

 

 一行は山を登る。

 先頭は市子だ。だが目的地が明確な分、足取りは速く、悪路をまるでもろともせず、どころかそれを足場にして――剥き出した木の根や、巨木の幹そのものすらも足場にして、跳ねるように上がっていく。

 速い。


 ――何を急いで御座るか。


 先頭で身を飛ばす市子の背を視界に収めつつ、白犬は疑問する。

 満月が天頂に達する時刻。それが、市子の言う神隠しの“門”が最も明確に活動を示すタイミングだ。勿論、月の軌道で言う天頂であるからそれは太陽の軌道とも、実際の天頂とも異なるが――それでも、まだ時間には余裕がある。

 これほどに急がなければならない理由はない。

 まして市子は、確かに年齢に比して健脚ではあるのだが、まだ身体が未成熟だ。今は魔術で補強しているのだろうが、この速度を維持するにはさすがに地力が足りない。遠からず体力が枯渇する。

 風を切る全身運動だ。人の手も入らず入り組んだ森の中で、その隙間をすり抜けるように登っていくのでは、必要以上に体力を消耗する。速度こそかなりのものだが、速度だけだ。後のことがまるで考えられていない。

 まるで、途上に障害があることを前提とした上で、その妨害を受ける直前までに進めるところまで進んでおきたいとでもいうかのような――

 ――障害……妨害?

 思い当たるとすれば……

 ……思い当たるとすれば、前回この山に登ったとき、浅沼が現れる直前、こちらを見ていた何者か――


「――! 市子殿!」


 白犬の咆声と同時、横を疾駆していた狐が跳ねた。ここまでの道中を遥かに超える速度で前へ、前をゆく市子へ躍りかかる。

 狐が背後から市子を合気の要領でくるむように抱き込み、直近の大木を全力で蹴って制動をかけるのと、突進していた市子の直前に無数の鉄矢が突き立つのとはほとんど同時だった。

 間一髪。


「――っと、っとっとぉ」


 制動の蹴撃で爆散した大木の破片を払いつつ、一メートル足らずの空中で身を一回転し、舞い降りるように着地した狐の腕の中で市子が間の抜けた声を上げた。


「いやあ、っはっは。御免ね狐さん。有り難う。――危うく矢でハリネズミになっちゃうところだったよ」

「笑い事では御座らん! あと一瞬狐殿が遅かったら――」

「ああ、さすがのオレサマも冷やっとしたぜ。見ろよ、このキツネでさえも蒼い顔してるじゃねェか」


 おお、と一同が狐の顔を見る。確かに蒼いと言えば蒼いが、月明りに寄らないとも限らない。とりあえず、表情は無表情だ。

 ……冷や汗が流れているのは確かだが。


「それよりまあ、見て御覧よゴザル君。その矢」


 よいしょ、と狐の膝から降りた市子が、やや足をふらつかせつつも自分たちの進路上に柵を成すように無数に突き立ったそれを指さした。

 それは、通常の寸法よりやや短く、鉄製で、表層には何らかの術式が刻み込まれた、


「……市子殿、これは」

「そうだね。この矢はただの矢じゃない――表層とやじりに術式が刻み込まれている」


 つまりこれは、


「守護連の矢に御座るか……!?」

「んー、まあ、そうだね」


 極東で魔術を行使する者は、およそ守護連だけだ。軽く肯定する市子に、おいおい、とぬいぐるみが、


「そいつァどういうことだ? なんで連中の矢がこんなトコに。なんだ、全部連中の仕業か?」

「いや違うよタヌキ君。ほんと、相変わらず短絡なんだからねェ、タヌキ君は」

「おい、軽妙なノリでオレサマを罵倒するな。傷つくだろうが」

「確かめるべきはまあ、こっちだね」


 言うと、市子は無造作にその矢壁に近づいた。おい、とぬいぐるみが声をかけるが、軽く手を振って市子はそれの一本に手をかけ、そこから何かを抜き取った。

 矢ではない。矢から抜き解いたそれは、


「……手紙?」

「ま、警告文っていうところだろうね」


 紙片を開いた市子は、数秒それを見下ろした後、背後の狐に手渡した。

 狐もそれを一瞥した後、白犬の鼻先に開く。


「“これより先に進む者、明日の日の出を望むこと諦めよ”と、あるに御座るな」

「随分と芝居がかった脅迫状だな」

「まあま、要は“ここから入るな”って言いたいんでしょ? で、立ち入ったら痛い目見るぞ、と」

「痛い目じゃ済まさねェって感じだがなァ」

「さて……痛い目って、どれくらい痛い目なんだろうね?」


 にやあ、と邪悪に笑う市子に、ぬいぐるみが半目で言う。


「おいおい、たった今オメエが突っ込んでった結果を忘れたかよ?」

「大丈夫大丈夫、忘れてないよ。タヌキ君じゃないんだから、鳥頭――ああ、タヌキ君はタヌキ頭なのかな」

「おい、だからちょくちょくオレサマをバカにするなっつの」

「強いて言うなら綿頭――ま、それはともかく、大丈夫だよ。さすがに懲りてる。考えなしに速度重視で突っ込むと私じゃ急ブレーキができないね……ここから先は狐さんもゴザル君もちょっと忙しくなるから私自身の護衛は無理だろうしね。ま、思ったよりは先に進めたから、それでとりあえずよしとしよう」

「忙しくなるとは――いや、市子殿。何よりも、これらを放ったのは」

「そうだね。この間私たちを取り囲んだ何者か、だよ」


 言いながら市子は、実に気軽にそれを乗り越えた。


「ここからが本番だね。警告を無視するわけだから、それなりに攻撃も激化するでしょう。狐さん、ゴザル君は最初に言ったように手加減を忘れないこと」

「手加減、に御座るか」


 そうそう、と頷く。そして、笑う。


「さあさ皆さん御立合い――本日今宵、この市子さんが誰をも傷つけることなく通り抜けてみせましょう。首尾よく帰還の暁には、天が震えるほどの祝砲をば惜しむことなくどうぞ宜しく」

 

 


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