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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
壱:袖振り合うも
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03.初対面


 

 女の子はこちらの名を呼んだ。

 別に名札をつけたりなどしていない。


 店長が呼んでいたかもしれないが、少なくとも下の名前は呼んでいないはずだ。


 だから、美月は少なくない警戒心をもって、女の子を窺う。


「えっと……すいません、どこかでお会いしたことが?」


 ないはずだ。あったらさすがに覚えていると思う。

 それだけ、記憶に残る格好だ。

 眼帯包帯だもの。


 そして、女の子は実にこともなげにさらっと、


「ないよ。初対面」


 ふふ、と笑って女の子は一口表層のチョコレートを口に含んだ。


「……えーっと」


 たったこれだけのやりとりなのに、どうにも会話がかみ合わない。


 困惑している美月を見上げて、女の子は空いた手で自分の向かい側、女性の座る方を示した。


「まあまあ、とりあえずそちらにどうぞ」


 女性は無言で一人分奥にずれ、こちらへ目を伏せたまま会釈をする。

 会釈を返しはするが。


 そう言われても。


 仕事中だ。客は少ないが。女の子が自分に何を聞きたいのかはわからないが、少なくとも今は止めてほしいところだ。


 と、動かない美月を見て、女の子は美月からカウンターの向こうで新聞を読んでいる店長へ視線を移し、


「店長さーん、ちょっと美月さんお借りしてもいいですかー?」

「いいよー」


 軽い。

 実に軽い返しに、気軽な振り手までついた。


 えー。


「ではでは、どうぞどうぞ」


 さあさあ、と女の子はさらに強く美月に席を勧める。

 美月は、困った表情でカウンターの店長を見て、結局ひとつため息をついただけで女性の隣のその席に着いた。

 

 

  ●

 

 

「さてさて……では、失礼して」


 少女は一匙パフェを口に運んでから、一度スプーンを紙ナプキンの上に置いた。

 そして、浅く一礼する。


「改めて、初めまして。私はイチゴって名乗ってる。寡占市場の『市』に、一子相伝の『子』。イチコじゃないよ。イチゴだから気を付けてね――それから、そっちに座っているのが、狐さん」


 は? と見ると、隣に座る女性は無言で軽く礼をする。狐さん? しかし、誰からの解説が入ることもなく市子は話を進めてしまう。


「一応確認させてもらうけど、あなたは美月・涼子さんで合ってるよね?」

「え、あ、はい。うん」


 市子の態度もラフであるし、歳の差を考えるに畏まる必要はないのだが、市子はここでは店の客でもあり、咄嗟の応答に困ってしまう。むしろ市子の物腰が妙に大人びていて戸惑いすら感じるところだ。

しかし市子はそんなところは全く気にならないらしく、美月の返答に満足した表情になって頷いた。


「じゃあ、早速だけど前振り通り話させてもらうね。話と言うのも、美月さんの御友人の話なんだ。――新堂・加奈子さん」

「……加奈子?」


 美月は思わず訊き返した。新堂は確かに美月の友人だ。

 もっとも、新堂側の事情で、ここしばらく会う機会は少ないのだが。

 

 

  ●

 

 

 美月の反応に対し、市子は頷いて見せた。


「そう。新堂・加奈子さん。ああよかった。ちゃんと人違いじゃなかったみたいだね。安心したよ。いや、今までだって別に人違いだったことは一度もなかったんだけど、この瞬間っていつもどうしても緊張してしまうんだよね……」

「……いや、それは別にいいけど」


 ふう、安堵したように吐息してスプーンを構える市子に、ちょっと、と美月は口を挟む。

 なぜか市子は一仕事終えたような顔をしているが、こちらはまだ何も説明されていないのだ。


「え、なに? 加奈子がどうしたの?」


 初対面の人間から友人の名前が出たことで、美月はやや剣呑な雰囲気になる。ましてそれが、これほど見るからに怪しい相手から出たのだからなおさらだ。


「あなたは……市子さん、だっけ? 加奈子の知り合い? 親戚か何か?」


 市子は答えない。というか、もの凄い勢いでパフェを口に放り込んでいる。


「ねえ、ちょっと。加奈子がどうしたっていうの? 加奈子に何かあったの?」


 ねえ、と多少の苛立ちをもってやや身を乗り出す美月。対して、市子はさっと手の平を突き出して制止し、反対の手で口許を隠してもごもごしている。バナナやキウイで口の中がいっぱいだ。


 あなたも何か言ってよ、という思いで隣を見ると、女性はさっき見たときから寸分違わぬ姿勢で目を伏せたまま座っていた。まるで置物のようだ。

 美術彫刻。

 どうやらあてにならない。

 まんじりともせずに市子が口の中のものを嚥下するのを待つ。


「……む、ん。失礼。パフェが溶けてしまいそうだったもので思わず」


 ようやく口の中のものを呑み込んだ市子が口許から手を離して照れ笑いした。口端についたクリームと相まって可愛らしくもあるが、よく考えると化け物のようなパフェタワーを数十秒で完食しているわけで、それはむしろちょっと怖い。


「さて、えーっと、まずどこから答えればいいかな……そう、私は別に、新堂さんと知り合いだとか親戚だとかいうことはないよ。会ったこともないね。だけど、ちょっとした事情があって、新堂さんに会いたいんだ」

 


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