20.浅沼④
いきなり何を言い出すのだ。
狐は思わず市子を凝視してしまった。
今の今まで、居眠りしていたのではなかったか。
「あなたのお母さんって、この地方の生まれ?」
「そ、そうですけど」
いきなり鋭く質問を差し込んできた市子に、浅沼も戸惑っているようだ。
「あの、市子さん……」
「それじゃあ、この地方には割と詳しかったのかな」
小声で市子に声をかけるが、市子はまるで取り合わない。
「わ、わかりませんけど……」
「そっか。じゃあ単刀直入に言おう。――浅沼さんのお母さんは、12年前に神隠しに遭ったんだよね」
単刀直入にもほどがある。
え、と狐は固まるし、は、と浅沼も絶句している。
だが市子は構わない。
「この地方の生まれの人なら、神隠しのお話は知っているだろうね。あの“逢坂”の話だ。誰も語りたがらない不可侵地の話。小さい頃から、そこには近づいてはならないって教わるんでしょう?」
誰も二の句を告げないでいるうちに、市子はどんどんと話を進める。
「どうして近づいてはならないのか。入ってしまえば何があるのか。それをあなたは知っている。ましてあなたのお母さんなら、まず間違いなく知っていたはずだ。この地方の生まれならね。――でも近づいた」
そして隠された。
市子は溜めも何もなくそう続けた。
そこまできてようやく浅沼がまともな反応をしようとする。目を見開き、拳を強く握り、肩を、喉を震わせ、しかし息をつめて、
「い、一体何の――」
「神隠しの話だよ、浅沼さん。勿論詳細は知らない。実際に具体的に12年前に何があって、どういった経緯で君のお母さんがあの“逢坂”を通って、そして隠されたのか、そこまでは知り得ない。知りようがない。今の私たちではね。だからここまでは予想だ。断片的に拾い集めた情報の整理と、そこから立てられる予測」
逃れようとする浅沼を、しかし逃さず、回り込むように饒舌に。
市子は語る。
「石碑」
市子の言葉に、浅沼は視線を少女に向ける。その視線は険しいが、市子はまるで構わない。
「石碑がある。もうひとつ。あの、道路わきにある石碑と同じ石碑が、あの山の中、逢坂からそれほど離れていない場所にね。でもそれとは関係なく、もうひとつ石碑があった。それぞまさしく、あの“逢坂”のところに、その始まりにね。不可侵を示す注連縄とともに、立ち入ることを固く禁ずる、と。あの方式を見る限り、石碑はふたつで一対のものだろうね。多分反対側にも同じような石碑があるんだろう。ただし魔術的な処置はされていない、ただの石碑だ。それこそ12年前の事件を受けて、ようやく張った結界なんだろうね」
「――あの」
淡々と話し続ける市子に割り込むようにして、ようやく浅沼が声をあげた。
市子をきつく睨み付けながら、
「さっぱり意味が解らないです。注連縄とか石碑とか、そういうのがあの山の中にあるっていうのは、それはおじいちゃんたちに聞いたことはありますけど、魔術がどうとか意味わからないし、第一、私はあの山に登ったことなんか一度も」
「一度もないというのなら、それは嘘だ」
断定。断言を以て、市子はようやく反論しようとしていた浅沼の言葉をまたあっさりと封じてしまった。
市子は浅沼を正面に据えて、言う。
「日取りを決めているのかどうとか、そのあたりのことはわからないけれど、あなたはかなりの頻度であの結界のところまで足を運んでいる。そうでしょ?」




