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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
参:ひとならずして
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15.とりあえず結果

 

 

「……成程ねえ」


 戻ってきた狐も含めて、車座に座って市子は腕組みをしつつ唸った。

 あれから狐はさらに数軒を回っているが、どこも初めの家と似たり寄ったりだった――神隠しがあるという話まではするのだが、そこまで行くと皆一様に口を閉じ、そしてとにかく山には近づくなと言う。


「面白いと言えば、面白いんだけどね。――前情報と合わせると、そこで神隠しがあったっていうのは確かなんだろうけどね。やっぱり、よそ者に軽々しく語れる内容でもないか」


 ふむう、と市子は唸る。顎に指先を添えて、考える。

 神隠しに関して、どの家でも聞いた内容はほとんど一緒だ。

 隣村へ通じる山道、その峠道には“何か”が出る。

 その峠道を行こうとして、帰って来られなくなった者たちが昔からいる。

 その道へ、あるいは山そのものへ、不用意に近づいてはならない。


「……ん、いや、それだけでもないのか」


 ふむ、と市子は狐が収集してきた情報を反芻する。


「――“逢坂おうさかに近づいてはならない”、か」


 聞き込みを行った民家のうち、数軒でそのような言葉を聞いた。

 逢坂というのはその峠道であり、ただ道に呼び名がついただけというものだが、


「逢坂。逢う坂だ。それじゃあ、そこで何に逢うっていうんだろう? 神隠しに遭うとでも? でもそれでは字が違う」

「字面なんてのは大した違いじゃないんじゃないのか? 何にでも理由があるってこともねェだろ」

「でも考えることは必要だよタヌキ君。確かに、そこには深い理由なんてないのかもしれない。でもあるともわからないからね。――まあ、私もそこに何かあるとは思わないんだけどさ」


 見るなの怪談と一緒だよ、と市子は言う。


「見るなの、というと……見てはいけないものを見てしまったがために、何処からか帰ることができなくなった、というタイプの怪談で御座るな」

「この場合はね。当事者は帰って来られなかったのに、どうしてその話が伝わってるんだっていう夢のない話。“出逢った”人はひとりも帰ってきていない、それなのにどうして何かと“出逢った”と言える? ――帰って来ない理由を、都合よく想像しただけだろうね」

「何かと“出逢った”から帰って来ないのだ、ということに御座るか……出逢ったのが妖魔の類にせよ、あるいは神にせよ、そして――ありきたりに、獣の類だったにせよ」

「逢ったにしろ遭ったにしろ、いずれにしても何に出くわしたっていうのか……通った人が必ず帰って来られないっていうわけでもないって話だったね。帰って来ないのは、あくまでも時々のことで」


 狐の方を見ると、狐は無言で頷いた。ちなみに、狐は未だにスーツスタイルである。

 そつなくこなすとはいえ、やはりストレスは大きいらしく、無表情ながらも狐の表情には疲れが見える。


「通り抜けられる人と、できない人との違いはあるのか、ないのか……何を基準に選ばれるのか、あるいは何を基準に選んでいるのか」


 あー、と市子は深く吐息して仰け反った。天を仰いで、鼻から息を抜き、


「ダメだね。ここで考えていても埒が明かない……現場を見るのが一番早い」

「んじゃあ早速、行くのか? 例の場所に」

「場所はわかっているわけだ……その一歩手前までは、さっき行ってきたわけだからね」


 その場所には、市子たちは確かにその手前まで近づいていた。ただその時は目的地がわずかにずれており、そこまでは至らなかったわけだが。


「あの注連縄の向こう……だ。恐らくはあの向こうが、その場所だ」


 逢坂には近寄るな、とそう言っていたとある老人は、もうひとつ情報をもたらしていた。

 10年と少し前、数世紀ぶりに神隠しが起こった。だから二度とそんなことが起こらないよう、村人総出で祭を催し、結界を張り、地鎮を置いた、と。


「でもまだ行かない」

「あん?」

「もうひとつ、先に確認しておきたいことがあるんだ。――覚えてるでしょ? 私たちがゐつさんの術式を確認して、何だかよくわからない気配に囲まれて、でもその後に誰かがやって来たこと」

「ああ……そうだな。そういや今まで忘れてたんだが、ありゃ誰だったんだ? この村の誰かか? あんときは隠れてたからろくに見えやしなかったが」

「そうだね。この村の住人だ。……そして多分、今の時間帯は家にいると思う。世間は夏休みだ。近くにレジャーもない。家で涼んでるんじゃないかな」


 そんなことを言いながら、市子はひょいと立ち上がった。白犬と狐も立ち上がるのを待って、行こう、と歩き出す。


「市子殿?」

「あと一軒、聞き込みが終わってない家があったよね」

「ああ、そうだったな。確か……山ァ登る前にオメェがちょっと覗いてった家だな」

「そうそう。それともうひとつ。――三軒目か、四軒目だったかな? 逢坂っていう名前を出す前に訪ねた家の人が、最後にちょっとこぼしてた言葉。覚えてる?」


 問いに、白犬も狐も頷いた。

 その家の老人は、市子らを見送り、視線を逸らしながら、こうもらしたのだ。


 ……全く、アサヌマの娘さんも、気の毒なことだ。

 

 


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