13.適所
「――おい、大丈夫なのかよ、キツネのヤツ」
狐が入っていった民家をやや離れた藪の中から覗きながら、ぬいぐるみが市子に問う。
「あいつ、まともな会話なんかできんのかよ」
「大丈夫大丈夫狐さんだってやればできるんだから。普段は静かだけどね」
「それにしても……K大の研究者、で御座るか。そんな肩書き、大丈夫なので御座るか? 足がついたりとか」
「それも大丈夫。ゐつさんの知り合いが本当にK大で准教授やってるらしいから、口裏は合せてもらえるって」
「その辺の用意は妙に周到だなァ、おい……それにもよ、あのスーツ。あれもどっから出したんだよ。どこからともなく出しやがって」
「それも企業秘密。教えられないよー」
ふふ、と市子は笑った。け、と吐き捨てたぬいぐるみの頭を軽く叩きつつ、民家からは顔を逸らさずに、
「私は見たとおりの年齢だからね。私が民俗学の調査だ何だって言っても、それもやっぱり信用されにくい。情報提供は信用が大事だからね。不用意に警戒されて必要な情報がもらえないんじゃ意味がない」
「それでキツネか……」
「まあ、外部交渉は大体狐さんにやってもらっちゃってるからね。私じゃ社会的にいろいろと制限かかるからねえ」
「それはまァそうかも知れんがよ。それにしたってオメェ、そういや服とかの調達も大体狐任せじゃなかったか」
「んん? まあそうだねえ。ほら私、そういうのよくわかんないから」
「わかんねーったってな……」
「いや、それは事実で御座るよタヌキ殿。思い出さぬか。一度、市子殿ご自身で服選びを為されたとき」
「……ああ、思い出したぜ。そういやあん時、コイツ喪服みたいな真っ黒なヤツしか選ばなかったんだよな」
「えへへー」
「褒めてねェ」
ともかく、と市子は言った。仕切り直すようにして、
「狐さんに訊いてほしいことはいくつかある……そこら辺は狐さんの裁量に任せてるけど、狐さんなら上手くやってくれるよ。――と、始まったかな」
己の耳に手を添えて、市子は言った。さてさて、と、
「帰ってきたら狐さんには御礼をしなくっちゃね。御神酒はいいとして、油揚げってどこで買えたっけ?」




