07.調査⑤
それは、一見ただの石だった。一抱えはある石だ。よくよく目を凝らしてなぞってみれば、麓の祠に収められていたそれと同じように、何かが刻まれていたような跡はあるのだが、祠と異なり完全に剥き身で雨ざらしであったため、それは既に解読不能なへこみでしかない。しかし市子らが調べているのは刻まれていたであろう文言ではなく、
「壊れてるね」
「壊れて御座るな」
「木端微塵だね」
「粉々で御座るな」
うーん、と市子はまた唸る。
「こっちの方が損壊が派手だね。ちょっと話が見えなくなっちゃったかな……違う人がやったってこと? でも誰がやるにせよ、そもそもそこからして解せないわけだからねえ。一体何処の誰が、ゐつさんの術式を壊すことができるっていうんだろう」
「確かに、それも見えんので御座るよな……そんな高位の魔術師はそうは御座らん」
「少なくとも守護連の特務クラス……いや、ただの特務でも無理だろうね。大都市圏の特務でもないと……」
「大都市圏に御座るか……この近辺でいうと、古都圏、雅都圏、関西圏……やや離れたところの、四州圏で御座ろうか」
「まあ、必ずしもこの近辺とは限らないけどね……隠密に事を為そうとする誰かなら、別に北方圏からも、琉球圏からも出張はするだろうし。っていうかまだ守護連のしたこととも限らないからね。理由がない――ゐつさんに喧嘩売ったらどうなるのかなんて、守護連の人たちはそれこそ半世紀以上前に思い知ってるわけでしょ」
「まあ、確かに……“ゆめゆめ魔女を起こす勿れ”という布令は最優先事項だったはずに御座る」
「とすると……わからないんだよね。本当に、誰なんだろう」
それの前にまで進み、しゃがみこんでよくよく観察する。
「術式に個性がない……いや、違うね。何かの術式が仕掛けられたっていう痕跡がない。これじゃあまるで、ゐつさんの術式が勝手に崩れたみたいだけど」
「ゐつ殿に限って、それはないで御座ろう。経年劣化など、ゐつ殿は持ち合わせて御座らん」
「そうだね。だからこれは、意図的に消してあるんだろうけれど……誰が、どうやって? それに、それが誰であったにせよ、ここまで徹底して痕跡を消してあるのに対してこの術式の壊し方は釣り合わない。あまりにも――杜撰過ぎる。これだけのことができるのなら、痕跡を消すくらいの手をかければ術式の破壊だってゐつさんに気付かれないままにできたかもしれないのに」
歪だ、と市子は小さくつぶやいた。そして、片手を伸ばしてその石に――忘れ去られていた石碑に、触れた。
「あんまりやりたくないんだけれど……仕方がないか」
そして、“見る”。
“眼”を、開く。




