03.下見
祠を過ぎ、道なりにアスファルトの道をゆく。といっても、この道はそもそもまっすぐの一本道だ。周囲は見渡す限り田畑で、民家も数えるほどしかない。そして向かう先は森と、山だ。
見事なまでに田園風景である。
「――次はどこに行くんだ?」
のんびりと、全く急ぐこともなく歩いていく市子に、ぬいぐるみが疑問の声を上げる。すると市子は、やはり気負いもなく、
「もうひとつ、祠というか……石碑、みたいなものがあるらしくてね。そっちも見てくるように言われてるから」
「石碑ねえ……」
「それも、何らかの故障が見られたので御座るか?」
「うん。むしろそっちが本命かな。――故障。うん、確かにそんな感じだ」
「それはどこに?」
「あの山の中」
ぴ、と市子は道の先にそびえる山を指さす。低くもないが、決して高くもない山だ。初夏らしく、木々が青々と生い茂っている。
それを数秒眺めた白犬は、ややあってから、
「……あれを、登るので御座るか?」
「道、あんのか?」
「さあ……多分、あるとは思うけど。現役かどうかは別としてね。ほら、あの……なんて言ったっけ。とれ、とれ……トレモロ?」
「それは打楽器や弦楽器における演奏技法の一種で御座る……非常にわかりにくいので御座るが、恐らくこの場合、市子殿の言うところはトレッキングで御座ろう」
「あ、そうそうそれそれ。ゴザル君さっすがぁ」
「いやほんとスゲェなオメエ。何でわかんだよ……つーかイチゴもよォ、わかりもしねェくせに横文字使おうとかしてんじゃねェ」
「ちぇー」
「まあ、それはそうとして……しかし市子殿、あの山に向かうのであれば、方向が少し違うのでは御座らんか」
山と、一行の進行方向を見比べて、白犬は市子に言う。確かに、山に向かうのであれば山の方、この場合は道路も右側へ行くべきであるのだろうが、しかし市子は左側を歩いている。広大な田が広がっているため、直接に向かうことは難しいだろうが、何なら正直に道路を歩かずとも、畦道を縫った方が近いようには思われる。
ああ、と市子は鷹揚に頷いて、
「まあ、いろいろあってね。初めにも言ったでしょ? 神隠しだよ。ゐつさんの術式の方もまあ一大事と言えばそうだけれど、どちらがメインかといえば神隠しだ」
「しかし、その詳細はわからないので御座ろう?」
「詳細はね。でも概略はわかってる。だからその、概略に沿うわけだ」
言っている間に舗装道路の終点にたどり着く。そしてそこで市子は、山のある右方ではなく、それどころか山に背を向けて左へ曲がった。
「市子殿、どちらに? そちらには……」
「まあまあ、焦ることもないんだよ。まだ半分しか見ていないけれど、思うに、多分あれを解呪した誰かの目的は終わっている」
市子の言葉に、あ? とぬいぐるみが声を上げる。
「終わってる? どういうことだ」
「そのまんまだよ。目的は果たされているってこと。――だから、急いで処理してもゆっくり取り組んでも変わりはないんだよ。のんびりいこう」
「イチゴが急いでるトコなんか見たことねェけどな……」
ぬいぐるみのつぶやきに、これには白犬も頷きで同意を見せた。狐は相変わらず無反応だ。黙然と市子に追従する。
市子が向かう先は、といってもまたすぐに行き止まりで、
「一軒家があるだけで御座るが……あの家に何か用が?」
白犬の言う通りで、突き当りにやや古い家が一軒あるだけで、その後ろも、周囲も、一面が田だ。恐らくは、その家の主の田畑なのだろうが。
「用っていうか、まあね。ちょっと下見」
言いながら、スタスタと無造作にその家に近づいていく。
恐らくは農家であろう民家である。広い敷地を土塀で囲い、奥に日本家屋が建っている。敷地内には家だけでなく、農具などを仕舞っているのであろう納屋や、蔵、トラクターなどを停めている車庫がある。
市子はその家の、門前で立ち止まった。そしてそこから中を覗き込む。
「おい、何してんだ?」
「だから言ったでしょ? 下見だよ下見」
「この家に何かあんのか? この家に住んでる奴とか」
「まあ、あるんだけれどね。ただ、今すぐ取り掛かりたいわけじゃなくってね。――うん、よし」
ひとり何かを納得して、市子はくるっと身を翻した。
ぬいぐるみも白犬も、何が何だかわからないままに市子についていくことになる。
だが白犬は、ふと一瞬だけその門を見上げ直した。
そこには当然、表札がある。日に焼け、風に掠れだそれには、まだしっかりと読める深さでその家の住人の姓が彫り付けてあった。
“浅沼”、と。




