36.自問
早朝の国道を、市子と狐はのんびりと歩いていく。
早朝であるために車の通りは皆無。ただ、鳥の鳴声だけがよく響いている。
狐は昨夜の激戦などなかったかのような涼しい表情でいつものように黙然と歩いている。白犬はそのまま狐の背に負われており、疲労を癒すためだろう、今は深く寝入っていた。ぬいぐるみも、いやぬいぐるみは昨夜は何もしていなかったのだが、こちらもぐっすりと眠っている。
市子は。
のんびりとした足取りに反して、やや難しい顔をしていた。
「――ねえ、狐さん」
不意に、市子は後ろを歩く狐に話しかけた。
狐はいつものように沈黙で応じる。
市子は、市子にしては珍しく、やや言い淀んでから、
「私って……何のために戦ってるのかな」
白城に投げられた問いかけだ。
ずっとそれを自問していたらしい。
そして、答えは出なかった。
狐はすぐには応じない。だが白犬もぬいぐるみも眠っていて、狐の他に応える者もいない。
「誰かのため……じゃ、ないんだよね。守りたい人だって、別にいないし……おばーちゃんは死んじゃってるからね。ゐつさんだって、誰かに守られるような人じゃない。人を守りたいわけじゃなくって……でも、別に怪異を守りたいってわけでもない」
独白するように、市子は言う。
わかんないよ、と。
「わかんないよ、狐さん。私って、今までどうして戦ってこられたんだろう。ゐつさんに御仕事もらって、守護役の人たちと戦ったり、怪異と戦ったり……考えたことも、なかったな」
結局のところ、これも自問の延長上の言葉なのかも知れなかった。それでなくても、狐は滅多に喋らないのだ。白犬であれば何か考えた上で言うかもしれないし、ぬいぐるみなら茶化すところだろうが。
しかしながら、果たして。
「――残念ながら、私にもそれは答えられませんが」
狐は珍しく、口を開いたのだった。
考え考え、小さいけれども澄んだよく通る声で、前を歩く市子に言う。
「あなたは――何のために戦いたいですか?」
それは答えではなく、逆に問いかけだった。
けれども市子は、その問いを聞いて足を止めた。
「何のために……?」
狐の言葉を反芻する。
噛み締めるように、なぞる。
「……そっか。そう言う考え方もあるのか」
やがてそうつぶやき、市子は再び歩き始める。
「何のために、戦いたいのか――」
答えが出たわけではない。
けれどもひとまずの納得を得た様子で、市子はそれきり黙然として歩き続けた。
狐もその後ろを続く。
朝焼けはまだ眩しく、空気も冷たく澄んでいる。
だがそう長くかからずに、やがて陽が高く昇るだろう。




