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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
弐:遠く遠く、遠くまで
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35.自問

 

 

 倒れた者が多すぎたため、帰還はトラックで行われた。動けないものをトレーラーに収納し、次々と元の区域へ帰っていく。

 その最後尾の車両に、白城は載っていた。

 トレーラーの中だ。周囲には少なくない人数の隊員たちがいるが、皆深く眠っており、エンジンの音が単調に響くだけで物静かである。


「………」


 その一番隅に、白城は膝を抱えて座っていた。

 高坂と向枝は既にいない。先んじて本部に戻り、今頃は総長に事の全容を報告していることだろう――だが、白城はここにいた。

 総長に合わせられる顔がない、というのもある。けれど何より、少し静かに考えたかった。

 その意を汲んだわけではないだろうけれども、トラックで帰りたいと申し出たとき、高坂も向枝も何も言わずに頷いてくれた。

 先輩ふたりのその厚意を有り難く感じながら、白城はトラックの揺れを背に感じている。


 あなたは、何のために戦っているの?


 それはまさしく白城自身が市子に投げつけた問いかけだ。

 何のために戦っているのか。

 その問いに、しかし市子は答えなかった。

 いや、わからない、答えられない、と答えたのだ。

 今はまだ、わからない。

 けれどいつかわかったら、必ず答えると。

 その、答えのない答えを聞いて――すると、今度は白城自身の心のうちに、その疑問が反響した。

 私は、何のために戦っているの?

 自問する。

 ほんの少し前までなら、その回答は即座に出すことができた。

 人々を守るためだ。

 それ以外には、ない。

 なかった。

 ……でも。

 白城は、唇を浅く噛む。

 ……あのとき。

 “彼岸花”までもが通じず、“だいだら”を止められないことを悟ったとき。

 脳裏に瞬いたのは、顔も名も知らぬ人々に及ぶ危険では、なかった。

 記憶。

 それも、そう遠くない過去の記憶だ。

 それは偶然で。

 事故で。

 不幸であったのだけれども。

 己の身に降りかかった災厄。

 いや、最終的には同じことなのだ。それと同じ光景を繰り返さないために、怪異と戦おうということは。

 けれども、過程が違う。

 決定的に違う。

 決してそれは、正義のためではなかった。

 ただ、嫌だっただけだ。

 怖かっただけだ。

 ただ――自分の為だ。


「………」


 膝を、そして“夕霧”をも深く抱え込み、顔を膝に埋める。

 私たちは、何のために戦ったのか。

 そう問うと市子は、あなたたちのためでしょう、と答えた。

 けれどもその返答は、白城自身にはやや違った響きをもっていた。

 私のため。


「………ぁ」


 掠れた吐息が漏れる。けれども今この車内に、その吐息を拾う者はいない。

 怪異を憎むな。

 守護役に加入したとき、白城はそう教えられた。

 怪異を憎んではいけない。

 怪異を恨んではいけない。

 彼らはただ、ああいう風に在るだけだ。

 在るがままに居るだけなのだ。

 だから――憎んでは、いけないと。

 忘れたつもりはなかった。

 けれども、決死の瞬間に見えた己の本音は。

 そのまま受け入れるには、強い痛みの伴うものだった。


「………ぁぁ」


 咽が鳴る。

 嗚咽が漏れる。

 聞く者はいない。

 肩がわずかに跳ねる。

 “夕霧”が小さく鳴る。

 より深く、“夕霧”を抱え込む。

 “夕霧”は。

 白城は自問する。


 ……“夕霧”は、どうして私を選んだんだろう。

 

 


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