35.自問
倒れた者が多すぎたため、帰還はトラックで行われた。動けないものをトレーラーに収納し、次々と元の区域へ帰っていく。
その最後尾の車両に、白城は載っていた。
トレーラーの中だ。周囲には少なくない人数の隊員たちがいるが、皆深く眠っており、エンジンの音が単調に響くだけで物静かである。
「………」
その一番隅に、白城は膝を抱えて座っていた。
高坂と向枝は既にいない。先んじて本部に戻り、今頃は総長に事の全容を報告していることだろう――だが、白城はここにいた。
総長に合わせられる顔がない、というのもある。けれど何より、少し静かに考えたかった。
その意を汲んだわけではないだろうけれども、トラックで帰りたいと申し出たとき、高坂も向枝も何も言わずに頷いてくれた。
先輩ふたりのその厚意を有り難く感じながら、白城はトラックの揺れを背に感じている。
あなたは、何のために戦っているの?
それはまさしく白城自身が市子に投げつけた問いかけだ。
何のために戦っているのか。
その問いに、しかし市子は答えなかった。
いや、わからない、答えられない、と答えたのだ。
今はまだ、わからない。
けれどいつかわかったら、必ず答えると。
その、答えのない答えを聞いて――すると、今度は白城自身の心のうちに、その疑問が反響した。
私は、何のために戦っているの?
自問する。
ほんの少し前までなら、その回答は即座に出すことができた。
人々を守るためだ。
それ以外には、ない。
なかった。
……でも。
白城は、唇を浅く噛む。
……あのとき。
“彼岸花”までもが通じず、“だいだら”を止められないことを悟ったとき。
脳裏に瞬いたのは、顔も名も知らぬ人々に及ぶ危険では、なかった。
記憶。
それも、そう遠くない過去の記憶だ。
それは偶然で。
事故で。
不幸であったのだけれども。
己の身に降りかかった災厄。
いや、最終的には同じことなのだ。それと同じ光景を繰り返さないために、怪異と戦おうということは。
けれども、過程が違う。
決定的に違う。
決してそれは、正義のためではなかった。
ただ、嫌だっただけだ。
怖かっただけだ。
ただ――自分の為だ。
「………」
膝を、そして“夕霧”をも深く抱え込み、顔を膝に埋める。
私たちは、何のために戦ったのか。
そう問うと市子は、あなたたちのためでしょう、と答えた。
けれどもその返答は、白城自身にはやや違った響きをもっていた。
私のため。
「………ぁ」
掠れた吐息が漏れる。けれども今この車内に、その吐息を拾う者はいない。
怪異を憎むな。
守護役に加入したとき、白城はそう教えられた。
怪異を憎んではいけない。
怪異を恨んではいけない。
彼らはただ、ああいう風に在るだけだ。
在るがままに居るだけなのだ。
だから――憎んでは、いけないと。
忘れたつもりはなかった。
けれども、決死の瞬間に見えた己の本音は。
そのまま受け入れるには、強い痛みの伴うものだった。
「………ぁぁ」
咽が鳴る。
嗚咽が漏れる。
聞く者はいない。
肩がわずかに跳ねる。
“夕霧”が小さく鳴る。
より深く、“夕霧”を抱え込む。
“夕霧”は。
白城は自問する。
……“夕霧”は、どうして私を選んだんだろう。




