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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
弐:遠く遠く、遠くまで
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34.不穏

 

 

「――とりあえずは、一件落着、というわけですね」


 遠く離れた位置で事態の推移を観察していた日比谷は、両目に当てていた双眼鏡を離して独白した。

 肉眼で高坂ら守護連の一行が撤退していく様子を眺める。


「成程、あれが“鬼子”……確かにあれは“忌み子”ですね。たったひとりでも末恐ろしい……一体何者でしょうか。果たしてあれは、本当に人間ですか?」


 愉快げな表情で日比谷は言う。

 視線は守護連に向けられたままだ。しかし双眼鏡は懐に仕舞ってしまう。とても肉眼で見える距離ではないのだが、そもそも日比谷は双眼鏡を必要としていなかったりする。

 ならばなぜ先程までは双眼鏡を使っていたのか。

 気分である。


「先んじて得ていた情報から、脅威となるのはあの少女そのものよりも、囲んでいる美女や犬であろうと思っていたのですが……いやはや、いやはや全く、全く全く」


 面白い。

 酷薄な笑みを口許に刻み付けて、日比谷は言う。


「あの付き人たちについても詳細は不明ですが、あの少女についてもより多くの情報が必要ですねえ……」


 楽しみですよ、と言って、不意に日比谷はあらぬ方向へ視線を向けた。


「そうは思いませんか? 駒鳥コマドリさん」


 一瞬前まで誰もいなかったそこには、まるで初めからいたかのような自然さで、ひとりの少女が立っていた。

 色褪せたジーンズにパーカーというラフなファッションな少女は、年の頃は恐らく白城と同程度だろう、明らかに不機嫌そうな表情をしている。

 大義である。

 という内心をまるで隠す様子がない。


「どうしましたか? 駒鳥さん。随分と御機嫌が悪そうですが」


 駒鳥の不機嫌オーラを完璧に受け流しながら、日比谷は涼やかな笑みを浮かべつつ問う。すると駒鳥はさらに深々と眉間にしわを寄せ、


「どうしましたじゃねーんだよ日比谷さん。オレはあんたをさっさと連れ帰って来いって言われてパシられてんだよ。察せよ」


 乱雑な言葉遣いだが、それがこの少女の普通なのであろう。特に驚いた様子もなく日比谷は、


「おやおや、しかし私は、一通り観察を終えてから帰る、と雀さんにお伝えしていたはずですが」

「その雀ちゃんからだよ。心配だから行ってこいって。あんたら仲良すぎだろ。気持ちわりーぞ」


 駒鳥は半目になって日比谷に言うが、日比谷はまるで堪えた様子もなくふっと笑うと、


「仲が良すぎですって? そんな、良くて当たり前じゃないですか――兄妹なのですよ」

「兄妹がどこでもあんたらみたいにべったりだと思うなよ。つーか義理だろ、あんたら」

「義理! 義理の妹! 義妹いもうと!! 嗚呼、なんと甘美な響き!!」

「変態だな」


 呆れてものも言えねえ、と駒鳥は脇に吐息する。


「シスコンにロリコンか。関西圏の特務が聞いて呆れるな」

「何を言いますか駒鳥さん。特務と言ったって皆さんこんな感じですよ。二次元にどっぷりな方もいますし、フィギュア蒐集に全給与をつぎ込んでいる方もいますし、日々ドールを愛でている方もいますし」

「世も末だな……そんな連中に守られて生活してるとか、考えたくもねえ」


 駒鳥は吐き捨てるが、日比谷はやれやれと肩をすくめるのみだ。

 文化を理解できないのは悲しいことです。


「まー何でもいいんだけどよ。とにかく早く戻れって。どのみちもう終わってんだろ、観察」

「まあ、そうですね。もう見るものもなさそうですし。帰りますか」


 言うと、日比谷はくるっと未練なく背を向けた。それから、ふと思いついたように、


「どう思いますか、駒鳥さん」

「あ? 何をだよ」

「あの“鬼子”を、ですよ」


 並んで歩き出しながら、実に軽い調子で日比谷は駒鳥に問いかける。


「見ていたでしょう? あの“鬼子”と守護連との戦いを。どう思いましたか?」

「どう、っつってもなあ……」


 駒鳥はがしがしと頭を掻いて、それからぶっきらぼうに、


「……めんどくせーな」

「と、言いますと?」

「他にどう言いようもねーよ。めんどくせー。関わりたくねーな」

「そうですか」


 日比谷は軽く頷く。駒鳥は続けて、


り合いたくはねーな。負けるとも思わねーけど……楽には勝てねーだろーさ。花月カヅキならわからねーが……」

「成程」


 ふむ、と日比谷は頷いた。返答が簡素な日比谷に、駒鳥はまた少し機嫌を傾けたようで、


「何だよ。あんたは違うのか?」

「いえ、そういうわけではありませんよ」


 日比谷は浅く空を仰ぐ。


「私も同意見です。敵には回したくない……けれども、味方に引き込めるかといえば、それも難しいでしょうね」

「なら、どーするっつーんだ? スルーはできねーんだろ」

「ええ。私たちが事を成し遂げるには、あの“鬼子”の前を通らないことはできない……どうしたものでしょうね」


 あまり困ったような様子もなく、日比谷は唄うように言う。ああ? と声を荒げる駒鳥に、手をひらひらと振って、


「ま、何はともあれ情報収集ですよ。できる限りの情報を集めましょう。アプローチはそれからです。時間は少なくなっていきますが、急いて事を仕損じてもつまらない。どれほど周到に準備をしても足りないかもしれないのです。慎重に、そして確実に行きましょう――私たちの願いのために」

「情報収集ねえ……」


 あまり気乗りしなさそうな駒鳥。ぼそっと、


「ロリコンの日比谷さんが調べるんだもんなあ……粘着質なんだろうな。しゃぶるようにねぶるように調べるんだろうな。あー超キメェ」

「失礼なことを言いますね。いいですか。一口にロリコンと言っても私のそれは決して幼女趣味ではなく少女趣味でありまして」

「ドングリだろ……ロリコンって認めてるし。にしたって、あの市子とかいうガキだって、確か15だろ。どうなんだ?」

「辛うじてストライクゾーンです。――いやいや、しかし私は雀さん一筋ですから」

「シスコン」


 もはや完全に雑談へとシフトしながら、このふたりもいずことも知れず去って行った。

 

 


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