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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
弐:遠く遠く、遠くまで
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32.敗戦

 

 

 離脱しろ、という高坂の声が聴こえた瞬間、白城はその通りに離脱しざまに、狐に瞬間で数十の刀を叩き込んだ。残っている最後の刃の全てだ。

 このままでは白城も一緒に“彼岸花”に呑まれてしまいかねない。けれどもただ離脱したのでは、ぎりぎりで術式に狐の介入を許すことになりかねない。

 一瞬でも長く狐を足止めしておく。

 そのための、牽制の攻撃だった。

 果たして、狐は反応していた。

 白城たちのさらに上空で解き放たれた“彼岸花”に、狐は咄嗟に反応し、高速戦闘のさなかであったにも関わらず白城から迷いなく視線を切って市子のもとへ向かおうとする。

 それを止めるために、白城は攻撃を突き込む。

 白城だって必死だ。ここまでの戦闘で最速を叩きだしたのではないかとも思えた。

 下段から、中段から、上段から。右から左から直線から斜線から長短数十の刃が狐を少しでも足止めしようと閃く。

 それに対して狐は――白城には狐が何をしたのか全く見えなかった。

 市子の方へ身を翻す、そのほんの一瞬、腕のたったの一振りで。それだけで。

 白城が放った渾身の閃撃が、一刀残らず、粉塵になるまでに爆散された。


「――――っ」


 反射的に顔の前で腕を交差させ、弾丸の如く弾き返されてきた数々の柄から身を守る。離脱のために後方へ身を飛ばしていたため、そこまで強烈な当たりになったものはなかったが、それでもいくつかは痣にはなっているかもと思われるくらいの痛みとなってはじけた。

 腕の隙から、見る。

 反転して全力で市子のもとへ向かう狐と、市子の隣で崩れ落ちている白犬と、その白犬の頭上から転げ落ちているぬいぐるみと、市子の頭上へ雪崩れ落ちてくる“彼岸花”。

 そして、市子。

 市子は、そのときには既に“彼岸花”を見上げていた。

 口許には、笑み。


 ――――!?


 白城は、見る。

 “彼岸花”が。

 白城程度では何年かけても一度だって使えないような、いや、仮に今のように何百人の魔力を結集したところで扱いきれずに暴発するだろうことは間違いないような一級の術式が。

 ことごとく、市子に呑まれていた。

 まるでそこに不可視の壁があるかの如く、“彼岸花”はある一線を超えることができない。

 市子へ届くことが、ない。

 さすがに完全に防ぎきっているわけではない。残滓程度とはいえ余波が漏れ出しており、しかしその余波であっても並大抵のものではなく、それに後押しされて白城は吹っ飛ぶ。

 だが、市子へは、そして“だいだら”へも、届くことはない。


「う――ああああ!!」


 咆声を上げ、白城は全力で反転した。ご、と足に筋を断裂しかねない負荷がかかるが、それを振り切って疾走する。

 “彼岸花”が通じなければ、もう白城たちに手段はない。

 市子を止められなければ、“だいだら”を止められない。

 “だいだら”を止められなければ――何が起こるかわからない。

 どんな災厄が起こるか、わからない。

 何も知らない人々が。

 白城たちの失敗で。

 何もわからないままに、死んでいくことになるのかも――

 怪異に無残に凄惨に、喰われていくことになるのかもわからない。

 かつて白城が見た、見てしまった、見ざるを得なかった、あの光景の繰り返しに――


「――ああああああああ!!」


 弾丸の如く、白城は市子に突貫する。

 武器はない。先程の狐への牽制で全て使い切った。

 それでも、白城は突っ込む。


【――白城!!】


 通信機からは高坂の声が鳴る。けれども、白城の耳には入っていない。

 蛮勇、ではなかった。

 強いてそれを言い表すのなら。

 恐慌、というのが正しい。


「ああああ!!」


 狐はまだ体勢を取り戻していない。

 だからその脇をすり抜ける。

 ひゅう、と喉が鳴る。身体も、魔力も限界であることを心のどこかで悟る。それでも白城は止まらない。

 ど、と震脚を踏む。豪、と魔力を無理に練り上げる。“彼岸花”を防いでいる無防備な市子に迫る。

 市子を打倒したところで、確かに市子もろとも“だいだら”を倒すことはできるかもしれない。けれどもそのときには、間違いなく白城も喰われる。

 だがそんなことなど考えてはいない。


「市子、殿!!」


 崩れていた白犬が、がくがくと震えながらも何とか上体を起こして吼える。応じて、市子と白城との間に結界が展開される――けれども、白城はそれを打ち破った。

 普段ならば白城では太刀打ちできないほどの強固な白犬の結界だ。それを一撃で破ったのは、先に一度“彼岸花”の不意打ちをもろに喰らい、白犬が弱り切っていたこともあったかもしれない。だが確かに、白城の死力によるものでもあった。

 狐の追い縋ってくる気配がある。だが、間に合わない。

 右の拳を振りかぶる。両の脚が震脚を踏む。ぎゅん、と白城の全魔力がうねり、流れ、拳があふれた魔力をまとい輝く。

 それを見る市子は、しかし慌てることもなかった。

 こちらに対して身構えもせず、“彼岸花”を止める結界も小揺らぎもしない。

 口許に笑みを刻んだまま、白城を迎える。


「――ああああああああああああ!!!」


 轟、と風が鳴り、魔力がうねり、拳が市子の胸を撃ち抜こうとして、


そして――届かなかった。


ふわっと持ち上がった市子の掌を前にして、白城の拳は速度を失う。

 練り上げていた魔力の全てが、根こそぎ引っこ抜かれた。


「――――――――あ」


 力の空白に、一瞬白城は忘我に陥る。

 それでも身体は、何かしなければ、どうにかしなければという思いだけから動こうとする。

 けれども、その先はなかった。

 く、とがら空きの胴に何かが添えられる。そして次の瞬間、ぎゅん、と視界が回転した。

 豪速で宙へ抛られていた。

狐だ。白城の胴に足の甲を引っ掛け、遠心力で吹っ飛ばしたものらしい。その反力で位置を入れ替えた狐は市子の傍に戻り、白城は高々度で投げ出され抵抗もできずに落ちていく。


 ――駄目。


 心だけが叫び、身体は何とか動こうともがく。


 ――駄目だよ。

 諦めたら駄目。


 ぐ、と体勢を立て直そうとするも、体力も魔力も枯渇した白城の身体は動かない。

 それでも白城はもがき、


 まだ――

「もういい、白城」


 と、と背中に何かが当たり、声が聴こえた。そして落下速度とは異なる速度が加わり、市子が、“だいだら”が急速に遠ざかっていく。


「――あ」

「もういいんだ、白城」


 手を伸ばす白城の身体を抱え、声は――高坂は、押し殺した低い声で、言った。


「――時間切れだ」

「――――っ」


 気が付けば、“だいだら”は既に立ち止まっていた。

 先のように、“姫百合”などで足止めしているわけではない。

 “だいだら”が自ら立ち止まっているのだ。

 目的地に、着いたため。

 そして少しずつ、東の地平が明らんできている。

 夜明け。

 それはつまり――


 ――任務失敗。


「――――ああ」


 吐息のような声を漏らして、白城は遠ざかっていく“だいだら”を見送った。

 目尻から何か熱いものがあふれ出たが、すぐに風に巻かれて夜の明けつつある虚空に一瞬煌めいて、消えた。

 

 


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