30.交戦③
一瞬を千々に裂く刹那の内に、停滞は一切ない。
白城は次々と間断なく刃を叩き込み。
狐は続々と寸暇なくそれを折り砕く。
――もっと。
針孔に糸を通すような隙を狙って刀を振るい。
その全てを片端から防がれる。
砕けた一刀が戦場から零れ落ちるまでの間に、十の刀が散華している。
――もっと速く。
速度を上げる。
加速し続ける。
白城の刃が、それを振るう手が、ステップを踏む足が、残像を纏い始める。応じるように、狐もまた残像を引く。
――もっと。
一度に召喚される刀の数が、二刀どころではなく、四、六を超え、八、十に迫る。
間断なく破壊される刃が、飛沫のように爆散する。
――もっと、先へ。
奥歯を強く噛み、刀を引き抜き、振るう。
踏み込む。
斬り上げる。
わずかにかがむ。
斬りつける。
下がる。
上段に斬る。
踏みしめる。
逆手に一閃する。
腰を捻る。
袈裟斬りにかける。
反転する。
逆手に突く。
震脚。
横薙ぐ。
ステップ。
払う。
跳ぶ。
十字に閃かせる。
身を回す。
両を縦に一閃する。
踏ん張る。
逆袈裟に斬撃する。
「――お」
砕かれた破片が頬を浅く削る。
「おお……!」
わずかに宙を舞う鮮血を、さらに千々に寸刻む。
「おお――!!」
左の一刀が、大きな弧を描いて狐を薙ごうとする。
狐は一瞥もせずに反応し、容易くそれを打ち砕く。
そのときには既に白城は、右手に新たな刀を抜いている。
左を大振りに振ったことで身は横に開き、右肘も深く引かれている。だから刀もまた深く引かれ、切っ先はまっすぐに狐を捉えており。
打突する。
荒れ狂う風を断ち割って、切っ先が狐を貫かんとする。
狐は視線を全く揺るがせもせず、左の一刀を砕いた左手を瞬時に跳ね上げ、裏拳で刀の腹を打つ。
右の刃は狐に届かず、遥か彼方へ弾け飛んでいった。
その行く先になど目もくれず、白城は左手を引き抜く。
打突する右腕の陰にして、右の腰横から鞘走らせた一刀で狐を横薙ぎにする。
狐は膝をたわませることで身体ごと下げ、肘でそれを破砕する。
間髪入れず、白城は次なる刃を掴んでいる。
だがそれは、これまでの長刀とは異なり、刀身が酷く短い。
短刀、それも投擲用のものだ。
だから投擲する。
手首のスナップだけで、鋭い音とともに風を割って狐へ一直線に襲い掛かる。
速度こそ尋常ではないとはいえ、やや単調になりかけていたところに、不意を打ってリズムの違う攻撃を差し込む。
高速戦闘だ。容易に対処できるものではない。
それでも狐は反応した。
顔面へ直線を描く短刀。
狐に、それを回避するという選択肢はない。
狐がかわせば、背後の市子へそれが向かいかねないからだ。
だからかわさない。
「――なっ!?」
白城は思わず、何度目とも知れない驚嘆の声をもらした。
狐はあろうことか、高速で飛来する短刀を口で止めた。
刃を横噛みにがっちりと挟み止める。
そして、
――ガキンッ、
と音を立てて噛み砕いてしまった。
その眼光に、白城は一瞬呑まれかける。
相対するものの底の底まで見通し、喰らい尽してしまいそうな。
羅刹。
あるいは夜叉か。
――まだっ!!
無意識に後退しかけていた足を、ぐっと堪え、逆に前に踏み込む。
右に上段に構えるのは長刀。
左に勢いよく引き抜いたのは数振りの短刀だ。
短刀を投じ。
その後を追うようにして長刀で薙ぐ。
複数の角度から迫る短刀に対し、しかし狐の動きは最小だ。
飛来するそれの刃を指先だけで軽く弾き、後方以外の方向へ飛散させる。
薙ぎ払わんと振るわれる長刀は逆の手で迎え、振り下ろした掌底を打ち付け爆散させる。
双の長刀だけでなく、短刀の投擲までも交えはじめた白城と狐の戦闘はさらに複雑化し、目で追うことのできる速度は既に超えていた。
だがそれでも、それぞれの動きがあまりにも無駄のない洗練されたものであるために、はたから見れば一対の舞にも見紛うだろう。
白城が苛烈に身を回し。
狐が鮮烈に応じて払う。
千々に散華する刃の欠片が、月光に煌めいて輝きを添える。
風と破砕を伴奏に、舞はさらに加速してゆく。




