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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
弐:遠く遠く、遠くまで
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29.交戦②

 

 

 半身に出していた足を踏み足に、一足で肉薄する。

 背に展開した符による加圧も受けて、彼我の距離を一瞬でないものとする。

 普通の相手ならば、まず捉えられない速度だ。真正面から飛び込んだため、一瞬で巨大化したようにすら見えるかもしれない。

 接敵する瞬間には、既に白城は一刀を引き抜いている。

 抜刀術。

 残像すら引くその刃は、もはや一瞬の閃きだ。

 さらには間髪おかず、白城は逆の一刀をも抜きにかかっている。

 ほんの一瞬だが、タイミングをズらす。

 一瞬の中の、さらに刹那に迫る瞬間だ。それは本当にわずかなズレに過ぎない。

 だが、腕の立つ相手程その隙に反応を惑わされる。

 剣技の卓越した者同士であればこそ、意味を持つ剣技。

 全力の二刀だ。

 遠慮も容赦もない。相手を斬り殺してしまうことも厭わない剣戟。

 白兵戦を担う特務でも、己に迫る死の足音を幻聴するような攻撃だ。

 余程腕の立つものでも、皮一枚ですり抜けるのが精一杯のもの。


 しかしそれを、狐は全く避けるそぶりを見せなかった。


 ――うそっ。


 確かに、致死も厭わない攻撃ではあった。だが殺すつもりはないのだ。相手が回避なり防御なりをすると見込み、そこから続く連撃を織り込んだ上での一撃だったのである。

 全く捉えられていないのではないかというほどに狐が反応を見せないなど、まさか夢にも思わない。

 だから反応が、遅れた。

 本当に、本当にわずかに、剣戟を鈍らせてしまった。

 狐が、白城の速度を捉えられていないわけではないことは、はっきりとわかっていたにもかかわらず、だ。


 なにせ、全てが刹那の内であるその中でさえ、最初から最後まで、白城と狐の目は合っていたのだから。


 狐は完璧に白城を捕捉しており。

 だからこそ、反応は神速であると思っていた。

 その予想を大きく裏切られてしまったために、逆に白城の反応が遅れた。

 気が付けば、白城の二刀の斬撃の先に、狐の両手がそれぞれに待ち構えている。

 ずっと自然体に立っていたはずだ。両腕は両脇にだらりと下げられていた。それが、一体いつの瞬間か、それほどの高速な動きが果たして可能なのか。気付かぬ一瞬のうちに、狐の両手はそこにあった。


 ――くっ!


 繰り出した斬撃を、止めるすべはない。

 なすすべもなく、両の二刀は狐の手の内へと吸い込まれるように向かっていく。

 “夕霧”すら簡単に止めて見せた、狐の手の内へと。


 薄刃は寸分狂わず狐の手中に向かい、その細指にいっそ鮮やかなほど捕えられた。

 そして、


 ――パキンッ、


 という軽い音とともに、両の刃が真っ二つにへし折られた。

 さほど強い力が込められたようには、全く見えなかった。ましてや片手で、指先で、術式強化された鋼の刃が折り砕かれてしまった。

 白城の腹の底に、冷たいものが沈み込む。


 “夕霧”。


 もしもあのとき、市子が止めなかったならば、この長身の美女は本当に“夕霧”をも容易く折ってしまっていたのではないか。

 それを思うと、ぞっとする。

 だが現実、“夕霧”は折られることなく封印され、さらに現状は戦闘中だ。


 得物は砕かれた。

 だが、白城は止まらない。


 狐に刀を捕捉されれば、ここまであっさりとされるとまでは思っていなかったが、使用不能にされるであろうことは予想がついていた。

 だから白城は、狐の手の中へ向かう刃が止められないとわかったときには既に両の柄から手を離している。


 得物を手放す。


 だがそれは、決して戦闘の放棄でも戦闘方法の変更でもない。

 白城のスタイルはあくまでも刃。

 白城の両手が、それぞれに空を掴む。

 それは一見、本当にただ宙を握っているようにしか見えなかったが、白城がそれを手前に引くことでその意図が明らかになる。


 何もない空間から、抜き身の二刀が引き抜かれた。


 術式による空間格納だ。

 あらかじめ、そこに武器を仕込んでおいたのである。

 それを見た狐の切れ長で怜悧な目が、わずかに見開かれる。

 狐は、さすがにまだ追いついていない。未だ先の二刀を破壊した姿勢のままだ。


 そこに、斬りつける。


 狐の両の手は、そのままでソードブレイカーだ。取られてしまえばそこで終わる。

 だが、捉えられさえしなければ。

 ほんの一瞬、白城の剣速が狐の反応を上回る。

 薄刃が、狐の腕の内側、白刃取りの射程よりもさらに中に、潜り抜ける。

 白刃取りは使えない。


 ――行けるっ!


 刹那、白城はそう思い、

 しかし、甘かった。


 狐の手が翻る。


 破片が背後の市子へ向かわないようにだけ打ち払うと、返す動きで自らに迫る双刃を急襲する。

 繊手の型は手刀。

 軌跡の行先は薄刃の剣腹。

 鮮やかだった。

 見惚れてしまいそうになるほど鮮やかに、狐の手刀が白城の両刀を切断した。


「――――!?」


 白刃取りをすることもなく。

 完全に力技で。

 鋼を、素手で。

 自分の目が信じられず、頭がの中が真っ白になる。

 それでも、戦場は止まらず、

 白城の身体もまた、無の境地で反応し続ける。

 刃を叩き折られた衝撃が伝導する頃には、白城の手はそれぞれの柄を離れ、次なる二刀を掴んでいる。


 一秒にも満たない交錯を、さらに細かく刻み、

 征く。

 

 


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