28.交戦①
戦闘準備を終え、“だいだら”をじっと見上げていた白城は、それを見た。
それは、まるで流星群かのような、幾条もの光の筋だった。“だいだら”の右肩、つまりは恐らくあの“忌み子”、市子がいるであろうあたりから一斉に花開いたその光群は、それぞれがてんでばらばらのに散っていく。
それが一体何を意味するのか、果たして術式の何かであるのかもわからない。けれども白城の目の前で、事態は進行する。
結界、“姫百合”の内側で、一見何もないような場所で至るところで停止したその光点が、一度一斉に輝くと、
“姫百合”が融けるように消失していった。
「――!」
無数の光点を中心として、そこから波紋が広がっていくかのように、結界の薄膜が融け消えていく。
白城は、さすがにもう声こそ上げないものの、それでも驚嘆と畏怖を禁じ得ない。
第6番“姫百合”。一級の術式であるだけではない。白城らの総長であり、なおかつ極東でも有数の勢力を持つ古都圏の総長である人物が組んだ術式だ。
それを、時間はかかったとはいえ、解呪してしまうなど。
神をも封じられる術式だ。
ならば、それすらも解いてしまうあの少女を止められる手立ては、果たしてこの世にあるものか。
「――いえ」
首を振り、白城は身構える。
そんなことは、考えても仕方のないことだ。現状ではなおさらのこと。
今必要なのは、戦う意志だ。
身も心も一刀の刃とし。
それを手繰る剣士となる。
じわじわと、しかし確実に蝕まれていく“姫百合”を睨み付けながら、白城はじっと時を待つ。
そして、
【――行け!!】
耳に嵌められた通信機からの叱声が聴こえると同時、白城は符を“だいだら”へ向け放ち、それを足場に飛び出した。
疾走する。
耳元に鳴るのは風を切る音。
頬に流れていくのは天上へと向かう風。
疾風となる。
「――ふ」
腹底に息を呑み、さらに前傾して速度を上げる。
視界の中心に据えるのは“だいだら”、その肩上の“忌み子”。
疾駆する白城を抜いて、横を、足下を、頭上を、後方部隊の術式援護が風を鳴らしつつ“だいだら”へと向かっていく。
その多くが迎撃され、魔力の光を失って落下していく中を、駆け抜ける。
そして、
「――――っ!」
抜けた。
再び対面する。
長身の美女、真っ白な毛並みの犬、よくわからないが狸のぬいぐるみ。
そして、少女。
市子。
「あっれー、思ってたより早い再会だねえ」
着地と同時に足場を固定し、正面で身構えている白城にも、市子は変わらず能天気に声を寄越す。
「“夕霧”は封印しちゃったままだけど、どうやって戦うの?」
そう問うてくる市子に、白城は身構えを解かないまま応じる。
「……私は、“夕霧”があっての特務じゃ、ないから」
そのくらいの自信は持て。高坂にはそう言われた。
だから自信を持って、立つ。
“夕霧”に選ばれたのが、確かに特務に任命された大きな要因ではあったが。
そもそも、確かな実力がなければ、“夕霧”と対面することも、そして勿論“夕霧”に選ばれることも、なかったのだ。
「だから……戦う」
静かな闘志を込めて囁くように言うと、そう、と市子は頷いた。
「それじゃあ、まあ……白兵戦は、狐さんの専門だから」
よろしくね、という市子の言葉に頷いて、長身の美女が前に出た。
絶え間なく撃ち込まれ、そしてひとつ残らず迎撃される光に照らされる中で、白城は改めて、その狐さんと呼ばれる女性と向き合う。
白城の兵装は、両腰に提げた長刀だ。勿論“夕霧”ほどの長さは全くないが、それでも短いものでもない。納刀状態のその二刀に手を掛けながら、白城は深く身構えている。それに対して、相対する狐は無刀のうえに自然体だ。
白城の心には一点の油断もない――何せ、ほんの数時間前に“夕霧”を御した相手なのだ。霊刀ではあれども“夕霧”に及ぶべくもない現在の装備で、真っ向から戦って勝てるわけがない。
だから、じっと観察する。
そうすることで、じっと“見る”ことで、白城は初めて気づいた。
その女性が、どう見ても人間であり、狐耳や尻尾があるわけでもないその女性が、どうして“狐さん”などと呼ばれているのか。
確かに。
“狐さん”は、狐だった。
正確なことはわからない。けれども、“狐さん”が確かに狐であり、それも相当に霊格の高い孤霊であることは、わかった。
背筋が冷える。
冷たい汗が頬を伝う。
自分が相対している相手が、只者ではなく、それもともすれば自分など足元にも及ばないかもしれない存在であることを知り、手のひらがじんわりと汗ばむ。
けれども、脚は震えない。
恐怖も一切、ない。
向き合ったなら、戦うだけだ。
機を窺う白城と、こちらをまっすぐに見据えながらも自然に立ったままの狐。どちらから動くこともなく、事態は硬直し――しかし、決戦の火蓋は早々に訪れた。
流れ弾であろう。
恐らくは迎撃している白犬の結界を潜り抜けた一矢が、偶然狐に向かってまっすぐに走り、狐はそれを腕の一振りだけであっさりと払い、
その瞬間に、白城は突っ込んだ。




