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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
弐:遠く遠く、遠くまで
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27.再始動

 

 

「――いやはや全く、すっごいねえ」


 ぱたぱたと足を振りながら、市子は嘆息する。

 高坂らの奥の手、第6番“姫百合”によって縫い止められてから、結構な時間が経過した。


「そろそろ動き出さないと、本当に間に合わなくなるかも……ゴザル君、どんな感じ?」


 傍らで瞑目している白犬に問いかける。白犬は、両の眼を静かに閉じたまま、


「さすがに、先程までの術式とは格が違うで御座る……これは恐らく、古都圏の中でも総長殿による術式で御座ろう」

「古都圏総長……御澄ミスミさんか。さっすが、まだまだ現役だねえ。自分がいなくてもこれだけの術式を立てられるんだからさ」


 見習わないとねえ、などと気楽に笑う。そんな市子に対し、白犬はやや沈んだ声音で、


「……面目御座らぬ、市子殿。拙者ではこの結界、崩すことはできないで御座る」

「んー、難しい?」


 市子の問いに、白犬は頷く。


「やはり、さすが総長クラスといったところで御座る……術式そのものは拙者も知って御座るし、行使することもできるので御座る。だから解呪もできるので御座るが……今張られているこの“姫百合”は、恐らく総長殿のオリジナルであろうと思われる改良がされて御座る」

「解析はできない?」

「時間が足らぬに御座る」

「そっか。わかったよん」


 軽く頷いて、市子はやや姿勢を正す。


「すっごく綺麗な術式だから、強引に崩すのはもったいないんだけど……必要悪、かなあ。それこそさっきの白城さんの“夕霧”なら、解呪じゃなくても綺麗に斬れるんだろうけど」


 言いながら、市子はどこからともなくあるものを取り出した。

 それは薄く、さまざまな色を纏っており、正方形をした、


「――ああん? なんだそりゃ。折り紙か?」

「御名答」


 答えながらも、市子はその折り紙の一枚に、指先で何かをすばやくなぞっていく。

 数秒でその作業を終えると、今度は手早く折り始めた。


「なァおいイチゴ、何やってんだ?」

「んー? 見てわかんない? ――折り紙だよ」

「そりゃ折り紙なんだからな。折り紙に使ってなんぼだろーが――そーじゃなくてだな」


 ぬいぐるみが言っている間にも、市子はちゃきちゃきと折り畳んでいく。その手際は見るも鮮やかであり、支えもなく宙で折っているにもかかわらず縁もずれず綺麗だ。ときに複雑な折り方も混ざるが、細指が踊るように動いて淀みなく何かを形作っていく。

 数呼吸ほどの時間をもって、市子の折り紙は完成した。

 じゃーん、と効果音を口で付けながら、手のひらにそれを置く。

 鶴。


「折り鶴だな」

「折り鶴だよ」

「で?」

「でって?」

「それでどーするって話だよ」


 ぬいぐるみが半目で問う。それに対し、市子はすぐには答えず、完成した鶴を脇に置くと、次の一枚にも同じことをし始めた。

 何かを指先でなぞり、鶴を折る。


「何をするのかって言えば、御澄さんの“姫百合”を崩したいんだね」

「それで何で折り鶴なんだよ」


 二羽目を完成させ、市子は今度は三枚目に取り掛かり始めた。


「術式、特に結界系の術式っていうのはね、他の術式に比べてちょっとした違いがあるんだよ」

「違いだァ?」


 そ、と市子は頷き、四枚目を手にかける。

 見るからに楽しそうであり、今にもはなうたでも唄い始めそうだ。


「結界系の術式っていうのは、一定期間術式を固定しなければいけないわけだね。今のこの“姫百合”でいうなら、“だいだら”を中心とした三次元空間なわけだよ」

「おお」

「で、術式の固定、つまり維持をするためには、支えが必要になるんだ。核っていうのかな。あるいは支点か。術式を展開し続けるための力場だね」


 ね、と市子は白犬に振る。白犬は頷いて返す。


「力場ねえ……んで? それがどうしたと」

「例えば。ぜんまい仕掛けの時計を停めたければ、どうする?」


 ああ? とぬいぐるみは少しの間考え、


「なんだ……ぜんまいを抜く、か?」

「そうだね。それじゃあ国家をより小さい力で傾けるには?」

「それは……あれか。政治の上層部を骨抜きにする、とかだな」


 御名答、と市子は応じ、お前の喩えはいちいちわかりにくい、とぬいぐるみがもらす。


「つまりは、あれだな? 要を崩せば、力ずくで頭から壊しにかからなくても結界は解ける、と」

「そうだよ。よくわかったねえ」

「例え話なんか挟まなくてもわかるっつーの……」


 むしろわかりにくくなってた、とぬいぐるみはぼやく。そうかなあ、と首を捻りつつも、市子は鶴を折る手を止めない。

 市子の傍らには、みるみるうちに折り鶴が山となっていく。


「あ? そんでもって、それに何で折り鶴なんだよ」

「いやいやタヌキ君、別に不思議なことは何もないんだよタヌキ君。私たちがしなければいけないのは、この結界を崩すこと。だから私が今やっていて、これからすることは、そのままこの結界を崩すことだ」

「いやいやいやいやイチゴさんよ、やっぱりよくわからんってんのよイチゴさんよ。俺たちがこの結界を崩さにゃならんくて、だからオマエが結界を崩そうとしてるっつーのはわかんだがよ。それで何で折り鶴なんだよ」


 呆れたように繰り返すぬいぐるみに、ふふ、と市子は含み笑いなどする。


「……なんだよ」

「その通りなんだよ」

「何がだよ」


 わっかんないかなー、と市子は軽く肩をすくめ、最後の一羽を折り終えると、既に完成しているそれらをもまとめて一抱えにした。


「だから、これから崩すんだよ、“姫百合”を――この折り鶴で」

 

 


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