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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
弐:遠く遠く、遠くまで
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25.怪しい男

 

 

 武装を借りるために白城が後援部隊へ向かっていったところで、高坂はやおらあらぬ方向へ視線を向けた。


「――誰だ」


 視線にも口調にも、白城と話していたときのような穏やかさは欠片もない。

 敵意。

 傍らを見れば、向枝までも同じく険しい表情で高坂と同じ方向を睨みつけている。

 視線の先は、陰。

 木々の重なりの奥、闇の先だ。

 誰かどころか、生命の存在を感じさせないほどに静まり返っている――が。


「おやおや――気付かれてしまいましたねえ。隠れ鬼は私の得意技であり、一発芸でもあるのですけどねえ」


 ねっとりと、絡みつくような声音で、人間が現れた。

 男だ。

 長身であり、その痩身をダークスーツに包んでいる。

 顔面には、にやにやとした笑みが張り付いている――が、そこには感情が一切感じられない。

 得体の知れない、不気味な男だ。

 眉根を寄せて男を睨んでいた高坂は、


「……あんたは、確か関西圏の」

「ええ、あなたと同じく特務の、日比谷ヒビヤです――古都圏特務に誉れ高い高坂氏に覚えていただけていたとは、不肖この私、汗顔の至りですよ」


 いちいち言い回しの癇に障る男だ。任務中のことでもあるし、高坂は顔をしかめたまま、


「関西圏の特務が何の用だ? 見て分かると思うが、現在は任務展開中だ」

「ええ、勿論、よくよくわかっておりますよ。これは東北圏と古都圏の共同任務であって、我々関西圏は部外者です」


 それにしても、と日比谷はやおら身を回し、振り仰ぐ。

 “だいだら”と、それを封じている“姫百合”を。


「あれは第6番“姫百合”ですよねえ……いやはや、さすがは国内屈指の勢力をもつ古都圏総長殿だ。前線を退いてしばらく経つはずですが、まだまだ現役ですねえ」

「……要件は何だ」


 阿るような日比谷の口調にも、高坂は端的にしか応じない。

 対して、それを気にする様子もなく日比谷は高坂へ顔を向ける。

 もともと細い目をさらに細めて、


「いえ、ね……管轄外とはいえ、我々も対岸の火事とは言っていられませんので、事態の推移を観察させていただいておりましたが……率直に申し上げますと、どうやらあなた方は随分と苦戦しておられる様子」


 日比谷の言葉に、高坂は無言で応じる。

 その指摘は、間違ったものではない。


「そこで我々は進言申し上げようと考え、私がこうしてやってきたわけです――関西圏の協力をね」


 協力、という言葉を強調して、日比谷はにやりと笑う。

 高坂は、臨戦態勢を崩さない。


「不要だ」

「そうでしょうか? 総長殿の奥義を使わねばならないほどに追い込まれているものかと見受けますがね。体面などは気にされている場合ではないかと」


 ばっさりと切り捨てても、日比谷はまるで堪えた様子なく続ける。


「了承いただければ、我々関西圏は総力を挙げてご協力いたしますよ。――神殺しなど滅多にできるものではありませんからねえ。若い連中だけでなく、熟練層も息巻いておりまして」


 抑え込むのが大変で、と同意を求めるような目で高坂を見るが、高坂は険しい表情を崩さない。


「で、いかがでしょうか?」


 再度問う日比谷に、しかし高坂はぽつりと、


「……妙だな」


 と、話の流れに全く沿わないようなことをつぶやいた。


「は?」


 と日比谷も虚を突かれたような顔になるが、高坂はそんな日比谷を睨み付けたまま、


「あんた、何だか妙だ」

「おやおや、いったい何が妙だというのでしょう」

「何を企んでいる?」


 斬り込むように、高坂は問う。

 対して、日比谷は全く取り乱した様子もなく、


「何かを企んでいるということはありませんがねえ……強いて言うなら、関西圏の連中のストレス発散を企んでおりますが」


 などと煙に巻くようなことを言う。

 高坂は、その言葉に納得したということは全くないのだろうが、それでもやがて緩く首を振った。


「まあ――いい。今は別にどうでもいい。あんたが何か企んでいそうなのは、別にいつものことだしな。こっちもこっちで任務中だし。……繰り返すが、援護は不要だ。この件は古都圏と東北圏で片付ける」

「成程……そうですか。そこまで頑なでは、こちらも取り下げるしかありませんかねえ」


 さほど残念でもないような調子で、日比谷はそう言った。それで高坂は、これでようやく日比谷はいなくなるかと思ったのだが、日比谷は、


「それはそうと、例の期待の新人さんは、どちらに?」


 などと話題をするりと切り替えた。

 高坂は再び、しかも今度はもっと険しく顔をしかめる。


「……今は外しているが。うちの新人に何か用か」

「いえ、用ってほどのものではありませんよ。ただ、一度拝見させていただきたくてねえ……なにせ、神をも殺しかねない新人さんだとお聞きしまして」


 飄々と言ってのける。高坂は、いよいよ険を口調にも表し、


「あんたに会わせるほどじゃない。別に今すぐ会わなければいけないわけでもないだろう。さっさと帰れ」

「おやおやこれは手厳しい。――ふむ」


 大仰な動きで顎に指を添え、日比谷は頷いた。


「そうそうこんな機会もありませんからねえ、この機会に是非とも一目お会いしておきたかったのですが……確かにまあ、これ以上皆様を煩わせるのもなんですね。では、ここらで邪魔者は退散させていただくとしましょう――では」


 にんまり、と細い目をさらに細くして日比谷は笑い、ふわっと一礼すると、


 消えた。


「――!? どこへ?」


 驚いた向枝がすばやく視線を左右へ走らせるが、日比谷の姿はどこにもない。しかし臨戦態勢に入る向枝に反して、高坂は警戒を解いた。


「……高坂?」

「あいつはもういない。この近辺にはいるんだろうが、互いの射程範囲にはいないだろう」

「でも……どうやって?」

「そういう術式だ。あいつは、直接の戦闘はそこまで強くはないんだが、後援や攪乱が得意な奴でな」

「……ヤな奴ね」

「まあな」


 答えながらも、高坂は腕を組んで何かを考え込んでいる。向枝はそれを見て訝しげに、


「高坂?」

「――いや。やっぱり今気にしている場合じゃないな」


 迷いを払うように首を振ると、高坂は顔を上げた。


「一応、後で総長に報告しておくとして、今は“だいだら”と市子だ。あの“忌み子”を何とかしないことにはどうにもならないからな。――白城が戻って来次第、戦闘再開だ」

 

 


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