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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
弐:遠く遠く、遠くまで
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23.忌み子

 

 

 もらったスポーツドリンクを飲んで気持ちを落ち着かせた後、白城の話を聞いて、高坂も向枝も実に言いようのない、微妙な表情になった。

 白城も白城で、ふたりのその反応に困惑してしまう。


「あの……高坂さんや向枝さんは、あの人とお知り合いだったんですか?」


 それまでにも、ふたりはあの少女を“忌み子”と呼んでいたのだから面識はあったのだろうとは思う。だが、苦々しげに“忌み子”と呼んだ高坂や向枝と、宜しく言っといてなどと親しげな調子だった市子とでは、互いの印象が随分と違う。

 まあ、と高坂が歯切れ悪く、


「知り合い……といえば、知り合いだな」


 ため息まじりに高坂は言う。


「お前は新人だから今まで知らなかったわけだが……守護役やってる奴で、市子を知らない奴はまあいない」

「有名な方なんですか?」

「お前も、面と向かったんだからわかるだろう……桁違いなんだよ」


 それは、確かに。白城は二言なく頷いてしまう。何せ、目の前で“夕霧”を封印されたのだ。

 それも、話の流れの中で。


「あの人は……何なのですか? どうして私たちと敵対するようなことを?」


 白城の問いは、純粋な疑問から生まれたものだ。

 白城達守護役というのは、妖魔や怪異、神霊の悪影響から何も知らない人々を守る役目の人間だ。勿論、それらには“人を害する”という明確な目的はないため、共存できるところは折り合いもつけていくのだが……あの市子という少女のしていることは、得体が知れない。

 見たままに言うのなら、市子は“だいだら”を守っているわけだが。

 どうして“だいだら”を守護する。


「守護役ではないんですよね……でもそれなら、何者なんですか?」


 最近では、そういった怪異を利用しようとする結社も現れ始めているらしいが……その類だろうか。

 そういった思いを込めて問うたのだが、高坂は首を振った。


「あれは……ある意味では俺たちと同じようなことをしているんだ」

「え、でも今回は」

「今回だけじゃなくてな……ほとんどだよ」


 命令系統が違う、というのか、と高坂は歯切れ悪く言う。


「俺たちは守護役として動いているが……あれはそういうのとは全く違う都合で動いている。まあ、指示しているのは十中八九、あの“魔女”なんだろうが……」


 “魔女”。また知らない第三者を示す言葉が出たが、そこまで掘り下げていては話が進まない。


「でも、人々を守る、という目的は同じであるはずでは?」

「それが、結構違うんだよな」


 高坂は言う。


「語弊を恐れずに言うなら、俺たち守護役は人を守る役だ。だがあれは……必ずしもそうじゃない。勿論、人を守る立ち回りもする。けれども、大概の場合、あれは怪異をも守る側にいる」


 怪異を守る。その意味がわからない白城は、首を傾げた。


「怪異を、守る……?」

「今回もそうだ。俺たちは“だいだら”を止めようとしている。場合によっては“だいだら”の退治も織り込み済みだった。“だいだら”が移動すれば、人々に計り知れない災厄が降りかかりかねないからだ。だがそもそもこの件は“だいだら”の自然意志に則ったことだった」


 怪異の自然意志。耳慣れない言い回しに、白城は困惑する。


「怪異に……意志が?」

「ああ。不思議に思ったことはないか? 今回の“だいだら”にしてもそうだ。そもそもどうして、“だいだら”は移動しようとしていたんだ? 神になるまでずっとここにいたのに、今になって」


 それは、と白城は答えようとして、何も言えなかった。そうだ、自分たちは、“だいだら”の移動を霊視した副長の指示で来ただけだ。“だいだら”がどうして移動することになったのかは、考えてすらいなかった。

 なぜだ?


「必ずしも怪異の意志とは言い切れない――怪異と意志疎通のできた記録は、相当遡らないとないからな。だが、怪異という存在は、そもそも人間よりも遥かに世界そのものに近い存在だ」


 つまり、


「怪異の行動に意味があるとするのなら、それは世界そのものの意志というものに近いものである、ということになる」


 それはそれで、厄介な考えだ。高坂も向枝も苦い顔をしているし、白城だってすぐに気付いた。

 今回の“だいだら”だって、そうだ。

 “だいだら”の移動が、世界の意志であるというのなら。

 それを阻止しようとしている白城達守護役は、それに反しているということになる。

 人間を守ろうとして、世界と敵対している。


「……それに」


 それならば、だ。あの、市子という少女は。

 人間との敵対を厭わず。

 世界に近い側にいる、ということになる。

 深々と、向枝がため息をついた。


「よろしく言っておいて、ね……相変わらずなのね、あの子は」


 やれやれ、といった苦笑を浮かべる向枝に、白城は初めの疑問を思い出した。


「あの、それで、おふたりとあの子とは」

「ああ、それな」


 答えは高坂が引き継いだ。


「危険度が高い任務には俺たち特務も出るわけだが、市子とはそこでバッティングすることがよくあるんだ。――たいていは、今回みたいに敵として、な」

「そうでないときもあるんですか?」


 まあ、ある、と高坂は頷く。


「これは、今言うべきことじゃないんだが……面白いことを教えてやる」


 面白いこと? 不穏な前置きに、白城は軽く身構える。

 高坂は、自嘲するように笑い、


「市子が敵として任務に現れた場合の、俺たち守護役の任務達成率は――2パーセントだ」


 白城は初め、高坂の言っている意味がわからなかった。

 2パーセント?


「逆に、市子が共同で参加した場合の任務達成率は、98パーセントだったりする」

「……え、いや、それって」


 笑うだろ? と高坂は言う。

 全く笑えない。


「一応、ゼロじゃあないんだが……それは、市子が任務から途中離脱した場合だ。たまにあるんだよ、そういうときが……逆もそうだな」


 ゆっくりと、頭の中でそれを反芻して、その意味を理解し、白城は腹の底が冷えていくのを感じた。

 それは、つまり。

 今回のこの任務も、絶望的であるということではないか。

 

 


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