22.封印
え、あ、わ、と白城は飛んできた剥き身の大太刀を自由になった手で大慌てで受ける。
「――え」
ず、と受け取った腕に重さが響いた。
え? とそれをまじまじと見る。今までに感じたことのない重さだった――実を言うと、今まで白城は“夕霧”に重さを感じたことはなかった。
全く重さがない、というわけではなかったが、取り回しに困らない程度の重さしかなかったのだ。
それもまた、“夕霧”の使い主としての影響のひとつであったのだが、
――重い?
市子から投げ渡され、受け取ったそれは、それこそ見たまま、長さ相応の大太刀の重量感があった。
これは一体、と困惑する白城に、ああ、と市子は軽い調子で、
「御免ね、悪いけれどもその“夕霧”、しばらく封印させてもらっちゃった」
え、と白城は市子を見る。封印? “夕霧”を? 意味を測りかねる白城に、市子は何て事のないように、
「ほら、こっちも御仕事でさ。ゴザル君の結界まで斬れちゃうその大太刀は、私たちの御仕事にとってかなり厄介なわけだよ」
というわけで、と市子は白城の持つ大太刀を示す。
「急拵えだから、霊装としての草薙レプリカも大太刀としての“夕霧”もまとめて封印しちゃったけど。まあ、後でちゃんと解くからさ――だから少なくともこの相対の間、その大太刀は使えない」
言われて、白城は己の手の内に戻った相棒をまじまじと見る。
そういう指摘を受けてから改めて見れば、確かに――“夕霧”は、完全に沈黙していた。
霊装としての魔力の流れも失われている。どころか、大太刀としての刃すらもくすんでいた――市子が気軽に投げて寄越すわけだ。これでは本当に、“夕霧”はただの長くて重い棒に成り下がっている。
勿論、納得できているわけではない。“夕霧”は決してただの霊装ではないのだ。市子が先に言っていた通り、特務クラスに与えられる、使い手を選別するレベルの霊装なのである。
それを、どのような術式を用いたのかはわからないが、まるで話の流れのままに封印を施してしまうなど。
ここまでの戦闘を含めても、まるで底が知れず――だが白城が、まして“夕霧”を失った白城が敵う相手では、全くないことだけがわかった。
レベルが違いすぎる。
そうやって戦慄している白城に構わず、市子は、さあ話は終わり、とばかりに膝を叩くと、
「それじゃあ、まあ、また後で、になるのかな? 高坂さんと向枝さんによろしくねん」
え、ちょっと、と白城が口を挟む間もなく、市子はひとつ、柏手を打った。
その音は大きく、澄んでいて、それが響くと同時に視界がぐにゃりと揺らぎ、
「――白城? 白城!」
我に返ると、白城は“だいだら”の肩上ではなく、地上、森の中にいた。
臨時本部だ。
白城に気付いた高坂と向枝が駆け寄ってくる。
「白城、おい大丈夫か。怪我は?」
「――あえ? 高坂さん?」
何が起こったのか状況に追いついていない白城は、間の抜けた声を返す。
それを聞いて、危急の状態ではないと分かったのだろう、ふう、と息をついて高坂は顔を離した。
「全く……いや、無事で何よりだ。万が一っていうのもあったわけだしな」
「ええ。でも、さすがに何かの取引には使ってくるかと思っていたけれど……」
“夕霧”も持ってるし、と向枝は地にへたり込んでいる白城の膝上を見る。そして、ん? と、
「ちょっと……これ」
ひょいと拾い上げる。まじまじと見て、
「やっぱり……」
どうした、と寄って来た高坂に、向枝はそれを見せる。
封印された“夕霧”を。
「……成程な。さすがに“夕霧”は脅威だったわけか」
完璧に封印されているが、と高坂は顔をしかめる。
と、そこでようやく呆けていた白城が我に返り、これまた術式の類はわからないが自分があの少女に送られたということを把握すると、
「た――高坂さん、向枝さん! “だいだら”は――!」
「落ち着け白城。“だいだら”はまだ防衛圏内だ」
総長直伝の術式を使ったからな、と高坂は苦笑する。
「本当に奥の手で、できれば使いたくなかったんだが……仕方ない。背に腹は代えられん」
白城は顔を上げ、視線を走らせる。探すまでもなく、“だいだら”はすぐに見つかった。
どうやら結構な距離があるようだが、それにしても巨大だ。その“だいだら”はなぜか立ち止まっており、そしてその“だいだら”を中心として、地上と天空の両方に巨大な魔法陣が形成され、
「第6番“姫百合”。地脈と天道を繋げて魔力を循環させ、半永久的に対象を空間ごと縫い付ける、それこそ完全に神を封印するための術式だ――当代じゃあうちの総長しか使えない術式でな」
それでも、いつまでもつかわからんが、と不安になることをぼそっと呟いてから、改めて高坂は白城に手を差し伸べた。
「いくらか時間はある。今のうちにこっちも体勢を立て直すとして――何があった、白城。“忌み子”に――市子に、会ったんだろ?」




