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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
弐:遠く遠く、遠くまで
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21.虜

 

 

「――へえ。凄いね、これ」


 もう死ぬしかない、というレベルまで一瞬で落ち込んだ白城に構わず、少女は女から受け取った刀を矯めつ眇めつ眺める。

 いや――眺める、というのは適切ではないだろう。なぜなら、少女は両目を完全に、隙間なく包帯で覆っている。

 目に怪我でもしているのだろうか。どのみちあれでは何も見えてはいないはずだ。

 だが、刀を丹念に観察するその様子は、見えているとしか思えないものだが。


「霊装だけど――単なる霊装じゃないね、これ。まあゴザル君の結界を一刀で斬っちゃったんだから、それだけでもトンデモな刀だけど」


 でっかいし、と少女はそれを俯瞰する。

 白城でさえ長さの有り余る大太刀だ。まして白城よりもずっと小柄な少女では、あまりに長すぎて不釣合いである。けれども不思議と、刀に触れる少女の手つきに危なげはない。


 「ふうん……ねえ、おねーさん、古都圏の守護役さんだよね。名前は?」


 あまりに自然で何気なかったので、白城はその言葉が自分に向けられているのだということに気付くのに数秒かかった。


「ふぇ?」


 と思わず間の抜けた声を上げてしまう白城に、少女はふふと笑って、


「名前だよ。おねーさんの名前。――ああ、ちなみに私は市子。市松人形の『市』に、子は三界さんがいの首枷の『子』で、市子。イチコじゃないよ、イチゴだよ」


 で、おねーさんは? 無邪気な調子で問うてくる市子に、白城は思わず、


「え……し、白城。白城・マコト……です」


 普通に答えてしまった。

 対して市子は、ふうん、と応じて、


「これ、すっごいね。今どきなかなか見られないほどに強いよ。霊装の方から使い手を選ぶレベルだよね……こんなのもらえるんなら、白城さんも特務だね。古都圏の特務だったら、高坂さんとか向枝さんとかいるでしょ。高坂さんはさっき見たし、元気そうだったけど、向枝さんは元気? さっきの砲撃は向枝さんだよねえ」


 実に自然な調子で、市子は白城に話しかけてくる。ものすっごい世間話だ。

 お陰で調子を狂わされる白城は、混乱したままこちらも、


「げ、元気、ですよ。ふたりとも」

「そんなに畏まらなくてもいいよ。白城さんの方が年上でしょ?」


 年齢がどうこう、という状況ではないと思われるのだが。何せ現状、市子と白城の関係は敵同士。市子にとっての白城は捕虜のはずなのだ。

 全然そんな雰囲気ではないが。


「あ、そういえばさあ、白城さん。この間高坂さんに会ったときに、」

「市子殿……今はそんなことを話している場合ではないので御座るよ」


 見かねた様子で、白犬が口を挟んで来た。こちらも敵ではありながら、白城も同意せざるをえない。

 何だこの緩み切った雰囲気は。

 高坂や向枝から受けていたイメージとは異なり、ふたりと妙に親しげな様子を醸し出すこの少女との関係が気になってもいるが、やはりそんな状況でもなし。

 任務中だ。

 市子は、あ、そうだねえなどと能天気に笑ってから、膝の上に置いた大太刀“夕霧”を示す。


「この刀。太刀? まあどっちでもいいんだけど。これ、なに?」


 なに、とはまたかなり漠然とした問いだ。それは市子も気付いたのか、


「んー、とりあえず、銘は?」

「……“夕霧”」


 素直に答える。応じない権利は、捕虜であるところの白城にはない。

 高坂らも、白城が捕まったのは見えていたのだろう。攻撃は止んでいる。

 取り返しのつかない状況になってしまったと腹の底から悔やまれるが、得物を少女に奪われ、両手を女に押さえられたこの状況で、自ら脱出するすべは思い当たらない。

 使える術式もいくつか持ってはいるが、形勢逆転とまで運べるような強力な術式などさすがに持っていないし――使ったところで、また後ろの女か白犬あたりに無効化されるだろう。

 八方塞がり。

 白城の命運は、もはやこの少女の胸三寸である。


「へえ、“夕霧”ね」


 内心恐々としている白城にまるで構わず、マイペースに市子は頷く。


「見たところ、これは擬剣だね……それも相当に霊格の高いものの擬剣でしょ。十拳トツカ? 草薙クサナギ?」

「……草薙」


 さりげなく脱出口を探しながら、ぼそっと応じる。

 眼前の市子はどう見ても隙だらけだ。だが、こちらの腕を押さえる女には全く付け入る暇がない。黙然と、かっちり押さえてしまっている。

 今こうしている間にも、“だいだら”は歩き続けているのだ。

 どうにかしなければ、いけないのに。


「草薙レプリカか。成程それなら、ゴザル君の結界も斬れるし――いっそ“だいだら”そのものも真っ二つにできちゃうね」


 危ない危ない、と市子は暢気に笑い、刀身に指先をすっと添わせる。


「高坂さんも、三段構えの三段目に組み込むわけだ……虎の子だもんね。狐さんのお陰で助かったよ。怪異神霊を無条件で斬り裂く大太刀――」


 白城が答えたのはその大太刀の銘と由来だけなのに、市子はすらすらとその正体を看破していってしまう。


 この子、何者?


 ぞわぞわと、白城の背を冷たいものが這い回る。

 高坂や向枝は、この少女のことを何と呼んでいたか……そう、確かこう呼んでいた。

 “恐山の忌み子”。

 その真意は未だ明確でないが……その一端は、垣間見た思いがする。

 只者では、ない。


「うん、これはよくないね。興味半分で見せてもらったけど、このまま返すわけにはいかないかな」


 さらっと不穏なことをつぶやく市子。すわ食われるか、四肢のいくつかは持っていかれるかと身を固くした白城だったが、市子がこちらへ頷きを見せると、後ろ手に取られていた腕が不意に軽くなった――狐が、拘束を解いてしまった。


「――え?」


 白城があっけにとられている間に、市子は今一度“夕霧”を一渡り眺めると、すす、とその刀身を指先でなぞっていく。

 見ようによっては、何かを書きつけているようにも見えなくはないが、


「――と、よし。じゃあ、はい」


 ぽい、っとこれ以上なく気軽にこちらへ放って来た。

 

 


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