20.戦況⑨
高坂に応じて、前傾姿勢で疾走する白城は、標的を視界の中心に据え、いよいよ己の得物に手をかける。
それは、ざっと1メートル超過、2メートルにも達するのではないかという大太刀だ。
拵えは簡素で飾りげのない漆黒。使い込まれているようで、鞘にも柄にも細かな傷が多い。
身長も、その年頃にしては高い方ではあるが、決して大柄ではないハイティーンの少女が取り回すには、あまりに不釣合いとも言えた。
だが、白城はそれを、違和感なく構える。
その太刀の主は、白城だ。
選ばれたからこその特務であり、実力あっての選抜だ。
当然のこと、その太刀は向枝の“露陰”と同じく霊装であり、なおかつ一級の霊装である。
「擬剣草薙――銘は“夕霧”」
未だ“露陰”の衝撃が抜けきらず、焦点の定まっていない標的に向かって、白城はまっすぐに斬り込む。
「――参ります!!」
抜刀した。
位置取りは向枝の光撃の真後ろ。だから、攻撃を消し去った瞬間、その一転においてのみ、意識の空白が生じる。
だからそこを突く形で飛び込んだのだが、
「――! 市子殿!!」
すんでのところで、白犬が反応した。驚くことに人語を操るその犬は、少女に叫ぶと同時に、とっさに先程向枝の光撃を防いだのと同じように結界を張る。
だが、
――無駄ですっ。
一閃。下段から上段への一振り。
それで、白犬の結界が――向枝の光撃をも消し去った結界が、いともあっさりと斬り裂かれ、消滅した。
「――なっ」
「へえ」
白犬が瞠目し、少女は感心したような声をもらし、白城は一切に構わず、
斬り込む。
容赦をするな、と向枝に強く言われている。遠慮や手加減を考えていれば、絶対に歯が立たない、と。
だから、手心は全く加えない。
結界を裂いた、その上段からの斬り返し。
纏う風は淀みなく。
踏み出す足に迷いなく。
振るう刃に心無く。
これまで参加した討伐任務において斬り捨て続けてきた数々の怪異と同じように、斬り倒そうとして、
銀閃が、吸い込まれるように無防備な少女へと襲い掛かり、
止められた。
「――えっ」
自分の目が信じられなかった。
女だ。
確か先程、高坂の打撃を素手で止めた女。
高坂の一撃を防ぐという、その強さを思ってこそ、白城は刀の軌道から彼女を外していたのだ。
それが、またしても一瞬で移動し、高坂の打撃、向枝の一矢に続いて白城の一閃まで止めてしまった。
それも、白刃取りだ。
片手で。
五指の先で摘まむように。
何が起こっているのか、まるでわからなかった。
思考が停止し、真っ白になり、ただ自分の“夕霧”の刃に添えられている女の細長い指を見つめるばかりで、
「――あ、駄目だよ狐さん! それ折っちゃだめだからね!!」
後ろから、やや慌てたような少女の声が飛び、同時に女の指がぴくりと震えた。
ぞっとする。どうやら女は、白刃を取ったところからそのまま刃を折ろうとしていたものらしい。霊装である“夕霧”を相手に片手で、それも指先だけでそんなことができるのかはわからないが、できないとも全く言えないため、少女が制止しなければと思うと背筋が冷える。
それと同時に、得物を殺され、さらには大きな隙を見せてしまったことで多大な虚脱感と焦燥感に襲われ、
「――あ」
すっ、と手の内から“夕霧”が抜けた。
いや、女に抜かれた。
高坂の打撃を受けたときといい、この女は一体どんな体術を会得しているのか。それを考える隙も無く、伸びてきた女の腕に絡め取られて、一切の抵抗を許されず捕まってしまった。
両の手をまとめて腰裏で拘束されている。拘束しているのは女の、それも片手のみだが、力づくで解こうにもそもそも力が入れられない。
ここまで、ほんの数秒。
どうしよう。
虚脱感が抜けず、しかしどうにかしなければという思いだけで思考は空回り、しかし何もできない。
わかっているのは、ひとつ。
敵に捕まった。
それだけだ。




