09.状況⑤
「まあ、歴史ならぬ時間――悠久の時間を見れば、記録に残っていないだけで、一度も起こったことがないとは考えにくいので御座るが」
少なくとも前例はない、と白犬は言う。
「すぐに現れるのやもしれぬし、いずれは現れるにしろ、それには時間がかかるのやもしれぬ――その間に土地が枯渇してしまっては、まあ困るという話で御座るよ」
「困るったって、そりゃあ、人間の都合だろ?」
「それは当然」
でなければ誰も動かん、と白犬は首肯する。
「土地神が死亡ではなく移動という形をもっていなくなった場合、そしてその上ですぐに代替わりが行われなかった場合――巡り巡れば人界に悪影響がでないとも限らん」
「で、こんな大規模な作戦を展開してるわけな、連中は……」
御苦労なこった、と呆れたように言うぬいぐるみに、これには白犬は頷くだけだ。
「あ? でもよォ、移動ったって、木ならともかく、鹿やら猪やらは、こいつらも移動するだろ」
「縄張りがあるで御座るよ。移動と言ってもその範囲。だから、土地神としての領域は出ないので御座る」
まあ、境界というものも至極曖昧な線引きでは御座るが、と白犬は言う。
「まあ、何はともあれ現状は、守護役で御座るな……専守防衛というのも、簡単では御座らんからな。市子殿?」
「そうだねえ」
話を振られた市子は、実に鷹揚に頷いて返す。まるで困難など感じている様子はない。今にもはな唄でも歌い出しそうな雰囲気ですらある。
そして、その雰囲気のままでさらっと、
「そろそろかなあ」
そう言った。
その台詞で、その台詞を言った当人よりむしろ、他の三名に緊張が走る。
そろそろ。
つまり、“だいだら”が動き始める、という頃合いだ。
「それじゃあ、始めようか――何ごっこって言うんだろう。鬼ごっこじゃないし」
「……強いて言うなら通せんぼ、で御座るかな」
そんな、やや間の抜けた開始の合図を、市子が告げる。
ちなみに。
現状、市子以下三名が座っている場所は、どう見てもかなり上空の、空中である。




