07.向き合い方
「お前が“見て”いる連中はね、確かにこの世界に存在していて、どこにでもいる連中だ。ただ、そいつらはときどき、私らにとって悪さをすることがある」
「悪さ?」
「私らにとって、だがね。あくまで一方的な見方さ。日照りが続こうが雨が続こうが、空は空だ。私らに向けた悪意なんぞはない。ただそういう風にあるだけのものだ。――連中も同じさ。ただそこにいて、そのようにあるだけだ。ただ、私らにとって困るような方向で在ってしまう奴もいるのさ」
ぽん、と老婆は少女の頭に手を置いた。おお、とくすぐったそうに少女は首をすくめる。
「そういう連中を、私らから離すことも、私らの仕事のひとつだがね……そういった連中は、どこにでもいる。でも、何かの拍子に一か所に集まってしまうと、そういう悪さが増えちまうのさ」
「そうなの?」
「ああ。何でかは知らんがね。まあ大方、たくさん集まるとテンション上がって何かがしたくなるんだろうよ」
軽く、少女の頭を撫でながら、老婆は言う。
「だから、そういう連中は散らしておくに限る。ほいほいと集めていいものどもじゃないんだよ。ただ在るがままに居るだけなら、ね」
まっすぐ正面を向いて、背筋を伸ばしなさい。そう言う老婆の指示に従って、素直に少女は背筋を伸ばした。顔も正面に向ける。
その少女の頭に、両目を覆うようにして、ゆっくりと、老婆は包帯を巻いていく。
何かが描かれている面は内側に、白地の面を外側に。
「残念ながら私は“本物”じゃないからね。ゐつの奴とは違って、こういうことしかできない。これだって大した意味はないだろうし、気休めにもならないだろうがね」
まあ、ないよりはマシだろうさ。
そう言いながら、老婆はそれを巻き続ける。
「おばーちゃん、これは?」
「おまじないだよ。ちょっとしたおまじない――ああ、本当に、お前にとっては何にもならないお呪いさ。これでもお前には連中が“見える”だろうし、連中にもお前が“見える”んだろうけどね……だが、ただの飾りではないんだよ。人の前では外さないように。いいね?」
うん、と少女は頷く。
しばらく、黙々と包帯を巻く布ずれの音だけが聴こえていた。
やがて、できた、と小さく言って、老婆は少女から手を離した。
こちらを向いて御覧、と言う。応じて少女も、今度こそ老婆と向き合う形になった。
じ、っと黙って向き合っていたが、不意に、ふっと老婆が苦笑した。
「私もこの目はどちらも全く利かないから、お前を見ることはできないんだがね……まあ、悪くはないと思うよ」
いいかい? と言葉を続ける。
「お前のその体質は、誰にもどうにもならないことだ。面倒事も多く引き込むことだろう。だが、お前はそれと上手く付き合っていかなければならない」
うん、と少女は素直に頷く。
でも、と老婆は言う。
「だからと言って、連中が悪いものだとは思うんじゃないよ。何度も言ったとおり、連中はただ在るがままに居るだけだ。――ま、仲良くできるものなら仲良くしていてもいい。むしろ、そうしていった方がいいのかもな、お前には」
ん? と少女は純粋によくわからなかったようで首を傾げる。だが老婆は薄く微笑んで、今はわからなくていいさ、と言った。
「いずれそのうち、お前がひとりで生きていかなくちゃならなくなっても、連中は仲間にも、友達にもなれるんだからね――敵にもなるんだが。ま、その辺は上手く付き合え」
まだ要領を得ていないながらも、一応は、うん、と頷く少女の頭をまた軽く撫でて、老婆はすっくと立ち上がった。
「さて――さあ、もう寝るよ。明日も仕事はあるからね。お前ももう寝ないと、婆の早起きについてこられないよ」
そう言って、返事も聞かずに老婆は奥の部屋へ向かってしまう。だが少女は、うん、と今度は元気よく返事して、老婆の後に続いていった。
もう何年も前の夜のことである。




