06.眼
ようやく少女が口の中のものを噛み終え、飲み込んだところで、老婆が床板の軋みとともに戻って来た。手には何かを持っている。
少女は、老婆が戻ってきたことに気づいてはいるものの、まずは手を合わせ、食器を持って立ち上がり、食器を桶の水に浸け込んだ。
ちゃぷ、と波立つ水は、冷たい。
雨戸の向こうからは、先に老婆が言っていた通りに雨が降っており、静かに地面を打つ音が聴こえている。
そうしてから居間に戻ると、老婆が少女の方へ手招きをしていた。
「――おいで」
珍しいことだ。? と疑問に首を傾げつつも、少女は言われたとおりに老婆の前に立った。
「向こうを向いて座って御覧」
向こうも何も、ふたりとも目の見えない者同士なのだが、言われた少女は素直に、正座して座る老婆の前に、同じ向きを向いて正座した。
老婆に背を向けて座る形だ。
「……どうしたの?」
「お前は、いつも庭で――いや、庭でなくても、よくいろんなものたちを“見て”いるだろう」
老婆の言葉に、うん、と少女は頷く。
「そうだけど」
「それはね……あまり、“見て”もいいものじゃあないんだよ」
“見る”、というのは、確かな肉眼でものを見る、という話ではない。そもそもが、ふたりとも目は全く光を受け入れていないのだ。それなのに、ふたりの話は行き違うことなく噛み合う。
「おばーちゃんは、“見え”ないの?」
純粋に疑問らしく、少女は背後の老婆に問うた。
老婆は頷く。
「私には“見え”ない。それどころか、この山にいる人間でもお前ほど“見える”奴は居るまいよ。――ゐつの奴ならまあ、“見え”ているんだろうとは思うけどね」
言いながら、老婆は先程奥から持ってきたものを開いていく。
しゅるしゅると解かれていくそれは、一連の真っ白い包帯だ。
「体質、なんだろうね。お前はどうやら、そういうものを集める質があるようだ」
「あつめる?」
そうとも、と老婆は頷く。
「私は、“見る”ことはさっぱりだがね。感じることくらいはできるんだよ。……お前がここに来てから、この辺りの連中はどんどん増えてる。そりゃあもう、今までとは比べ物にならないくらいね。ゐつの奴にもその気はあったが、お前のほうがずっと強いようだ」
「ゐつ、ってだれ?」
ややずれた方向に疑問する少女にも、老婆は変調なく答える。
「莫迦だよ、あれは。大莫迦者だ」
そして私の友達さ。
そう言った老婆は、ようやく包帯を解ききった。す、とそれを軽く広げる。
よく見るとその包帯は、裏地に何か字のようなものが描かれていた。
「おばーちゃんにもともだちっているんだね」
「いるともさ。今でこそこんなんだがね。若い頃はそれはそれはやんちゃしてたからさ」
無邪気に言う少女に、軽い調子で老婆も応じる。
裏地に描いたそれを確かめるように、指でなぞっていく。
「お前も、いずれ会うことになるだろうさ。大莫迦で、それはそれは偏屈な奴だが、腕はいいからね。異常に若作りだし。――何よりあいつは“本物”だ。いざとなったら繋いでおくことだ。面倒事には役に立つ」
「やくに」
「そうとも。そのうち紹介してやるよ」
小さく笑って、老婆は包帯をなぞっていた手を下ろした。




