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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
幕間:見えない代わりに“見える”もの
24/148

06.眼

 

 

 ようやく少女が口の中のものを噛み終え、飲み込んだところで、老婆が床板の軋みとともに戻って来た。手には何かを持っている。

 少女は、老婆が戻ってきたことに気づいてはいるものの、まずは手を合わせ、食器を持って立ち上がり、食器を桶の水に浸け込んだ。

 ちゃぷ、と波立つ水は、冷たい。

 雨戸の向こうからは、先に老婆が言っていた通りに雨が降っており、静かに地面を打つ音が聴こえている。

 そうしてから居間に戻ると、老婆が少女の方へ手招きをしていた。


「――おいで」


 珍しいことだ。? と疑問に首を傾げつつも、少女は言われたとおりに老婆の前に立った。


「向こうを向いて座って御覧」


 向こうも何も、ふたりとも目の見えない者同士なのだが、言われた少女は素直に、正座して座る老婆の前に、同じ向きを向いて正座した。

 老婆に背を向けて座る形だ。


「……どうしたの?」

「お前は、いつも庭で――いや、庭でなくても、よくいろんなものたちを“見て”いるだろう」


 老婆の言葉に、うん、と少女は頷く。


「そうだけど」

「それはね……あまり、“見て”もいいものじゃあないんだよ」


 “見る”、というのは、確かな肉眼でものを見る、という話ではない。そもそもが、ふたりとも目は全く光を受け入れていないのだ。それなのに、ふたりの話は行き違うことなく噛み合う。


「おばーちゃんは、“見え”ないの?」


 純粋に疑問らしく、少女は背後の老婆に問うた。

 老婆は頷く。


「私には“見え”ない。それどころか、この山にいる人間でもお前ほど“見える”奴は居るまいよ。――ゐつの奴ならまあ、“見え”ているんだろうとは思うけどね」


 言いながら、老婆は先程奥から持ってきたものを開いていく。

 しゅるしゅると解かれていくそれは、一連の真っ白い包帯だ。


「体質、なんだろうね。お前はどうやら、そういうものを集める質があるようだ」

「あつめる?」


 そうとも、と老婆は頷く。


「私は、“見る”ことはさっぱりだがね。感じることくらいはできるんだよ。……お前がここに来てから、この辺りの連中はどんどん増えてる。そりゃあもう、今までとは比べ物にならないくらいね。ゐつの奴にもそのはあったが、お前のほうがずっと強いようだ」

「ゐつ、ってだれ?」


 ややずれた方向に疑問する少女にも、老婆は変調なく答える。


「莫迦だよ、あれは。大莫迦者だ」


 そして私の友達さ。

 そう言った老婆は、ようやく包帯を解ききった。す、とそれを軽く広げる。

 よく見るとその包帯は、裏地に何か字のようなものが描かれていた。


「おばーちゃんにもともだちっているんだね」

「いるともさ。今でこそこんなんだがね。若い頃はそれはそれはやんちゃしてたからさ」


 無邪気に言う少女に、軽い調子で老婆も応じる。

 裏地に描いたそれを確かめるように、指でなぞっていく。


「お前も、いずれ会うことになるだろうさ。大莫迦で、それはそれは偏屈な奴だが、腕はいいからね。異常に若作りだし。――何よりあいつは“本物”だ。いざとなったら繋いでおくことだ。面倒事には役に立つ」

「やくに」

「そうとも。そのうち紹介してやるよ」


 小さく笑って、老婆は包帯をなぞっていた手を下ろした。

 

 


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