04.老婆
雨戸を引き開けてそこに立っているのは、ひとりの老婆だった。
後頭部でまとめられた白髪や、頬に刻まれた皺などから、彼女が生きてきた長い年月を窺わせるが、背筋はまっすぐと伸びていた。
そして、その老婆の両目もまた、しっかりと閉じられていた。
老婆はその場に立ったまま、しばらく庭の様子を窺うようにしていたが、やがて正確に庭の中ほどに立つ少女の方へ顔を向けると、
「――またそこにいるのかい、お前」
そう、声をかけた。
年輪を感じさせる、低くしゃがれた、しかし芯のある声だ。
「うん」
対して少女は、端的に頷いて返すのみ。
老婆もまたひとつ頷いて、空気の匂いを確かめると、身を反転させつつ、
「もうすぐ雨が降りそうだね。降ってくる前には中に入りなさい」
「うん、わかった」
少女の返答に頷いて、老婆は奥に戻ろうとする。だが、何かを思い直したのか、ふと踏み出しかけた足を戻して、庭の少女の方に向き直る。
「――何してるんだい」
「見てるの」
「何を」
「わかんない。何か、いろいろ」
「そうかい。――どんなものが見えるんだい?」
見えないはずの少女に、老婆はそんなことを問う。それは明らかに奇妙な問いかけだったが、少女は全く口調を変えずに、淡々と答える。
「ええっと、ね……白い、布みたいなもので、ゆらゆらただよってるのがあるね……うすぼんやりとした、毛玉みたいな光のかたまりのもいるよ。それに、なんかいろんな色に点滅してるのもいる。あ、人みたいな形してるのもいるね。あとは、なんかうねうねしてる、」
「いや、もういいよ」
老婆が、少女の言葉を遮って止めた。
見えないはずの少女が“見て”、描写していったもの。
それは、もう多くの人々が“見えない”はずのものだ。
実際、老婆には二重の意味でそれらが見えてなどいない。
少女は、まだそれらのものを見上げている。
しかし老婆は、ため息をひとつついただけだった。
今度こそ背を向けて、少女に声をかける。
「……雨が降る前には入りな。雨戸も閉めてきておくれ。――どのみちじきに夕飯の支度がある。呼ばないから、頃合いを見て戻りなさい」
うん、という返事を背後に聞きつつ、老婆は再び床板を軋ませながら家の奥へと戻って行った。
少女は未だ、庭で何かを見上げている。




