12.次なる旅立ち
「よーし、御仕事終わり。それじゃあ私はもう行くよ」
大荒れに荒れた部屋を全員で苦労しておおよそもとのように戻し、市子の浄衣や狐さんの巫女装束も着替え、居間に戻って一息ついたところで、唐突に朗らかに市子が言った。
「え……行くって、どこに」
驚いて美月が問うと、市子は当然のように、
「どこって、違うとこ」
「ち、違うとこ?」
「うん。ほら、前に言ってたでしょ? もう次の御仕事入ってるし、ここにこれ以上長くいていろいろと集めちゃうのも問題だしね」
「仕事って……何してるの?」
新堂の問いに、ん? と市子は笑みで返した。
「今日みたいな仕事だよ。まあ、今回みたいな穏やかなのは多くもないけど。最近は結構お祭りだねえ」
「お、お祭り?」
「ん、こっちの話」
服類を詰めた鞄を肩に提げて、市子は立ち上がった。
「それじゃあ、お世話になりました、っと」
「え、いやいや、こちらこそ」
「先に言ってた通り、お金は取らないんだけど、アフターケアとかもできないから、そのつもりでね」
それじゃあ、と市子はさっぱりした足取りで玄関へ向かっていった。狐さんや白犬、それに美月と新堂も続く。
「……あ、そうだ」
靴を履いたところで、何かを思い出したように市子が振り返った。鞄を漁りながら、
「一応、これを渡しておこうと思って……あった。はいこれ」
「これは……なに?」
「連絡先」
紙片だ。そこには確かに、携帯電話かなにかの番号らしき数字の羅列がある。
「アフターケアはしない、できない……とは言ったものの、さすがに全くノーケアだと愛想がないからね。また今回みたいな件でどうにも困った時だけ、その連絡先に電話してみて。――って言っても実は私の番号じゃないんだけど。私ケータイとか持ってないからね。それは私の……何て言うのかな、師匠? そういう人の連絡先。本当に困ってるときしか繋がらない……というか出てくれない偏屈な人だけど、私よりも凄い人だから頼りになるよ」
ただし、どうしようもなく困ったとき限定で、と市子は笑った。
それを受け取って、新堂も浅くではあるが笑みを浮かべ、
「――有り難う」
そう言った。
「有り難う。本当に」
「いやいや、別に大したことじゃあないからねえ」
妙に照れた様子でぱたぱたと手を振って、今度こそ市子は玄関の戸に手をかけた。そこで美月は思わず、
「あ、」
と声を上げてしまって、市子はこちらへ振り返るものの、咄嗟に言うべき言葉など思いつかず、
「……また近くに寄ったら、顔出してよ。ほら、偃月堂に」
ん? と返す市子に、美月は苦笑して続けた。
「次来たときにはさ……偃月堂のスイーツ、食べさせてあげるからさ。私の奢りで」
聞いた市子は、ややあってから本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「うん。覚えておくよ。そのときはよろしくね」
そして今度こそ、玄関扉を押し開ける。
「それじゃあ、また縁があったこの世のどこかでお会いしましょう」
「うん。……じゃあ、ね」
浅く手を振る美月と新堂に手を振り返し、市子は狐さんや白犬とともに、玄関を出てどこかへ旅立っていった。




