07.火急の報
駒鳥の姿が消えてもなお、白城は警戒を解かなかった。
数分。
それだけの時をあけてようやく――白城は膝をついた。
「ゲホ、ゲホッ……」
咳には血の塊が混ざる。今度こそ両手で腹の傷を押さえるが、出血は全身だ。急いで手当てしなければ数時間を待たず失血死する。
それでも、まだ優先すべきことがある。歯を食いしばって立ち上がった白城は、よろよろと歩み寄る――霊脈の歪み。
既に“夕霧”は鞘に納めている。刃を握り締めたため掌を深く斬っているが、こうでもしなければあの術式は解けなかっただろう。
懐から最後の符を抜き取り、既に中空で光を帯びている二枚に重ねるように貼り付ける。血塗れになってしまってはいるが、それでも同じように術式が回り始めた。数分もしないうちに、歪みは修正されるだろう。
再び、今度は負傷により茫洋としてきた目でそれを見届けると、白城はゆっくりと手近な木に寄りかかった。そのままズルズルと根元に座り込む。
……止血、しなければ。
特に腹だ。気を張り、筋肉を締め上げることで保っているが、そうもしなければ内臓がまろび出かねない傷だ。左手で圧迫しつつ、白城は急いで治療用の符を束で出し、腹の傷に重ねていく。
熱いような冷たいような、不思議な感覚とともに痛みが引き、呼吸が落ち着いていく。あくまで応急手当用で、傷が塞がるわけではなく痛みも誤魔化しているだけだが、それでも遥かに状態は良くなった。
符の数には限りがある。深い傷に絞って使わなければ。“夕霧”を握った左手の他、上衣を脱ぎ肌着になった状態で自身の身体をチェックし、必要な箇所に符を貼っていく。
そうしていたところで、耳元からノイズが鳴った。
『――隊長!』
駒鳥の結界によって不通となっていた通信機だ。符を貼る右手は止めず、左手で応じる。
「白城です。皆さん、無事ですか」
『隊長! ようやく繋がりました! 良かった……! すみません、結界の存在までは把握したのですが、突入することができず。隊長はご無事ですか?』
符の上から包帯を巻いていきながら、白城は頷いた。
「接敵し負傷しましたが、霊脈は予定通り修復しました」
『隊長が負傷? 特務に負傷させるなんて、壱級以上の怪異なのでは……』
「私の方は大丈夫です。そちらの位置と状況を教えてください」
白城の言葉に、あ、と隊員は慌てたように声を上げた。
『こちらは参級以下の怪異としか遭遇していないので、問題ありません。それよりも本部から、緊急の支援要請がありました!』
「緊急? 本部から…?」
一瞬手を止めて身体を強張らせる白城に、隊員は肯定で応じた。
『紀伊山中、熊野にて霊脈の歪みが活性化。鬼種の兆しあり。至急現場へ向かうべしとのこと!』