表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
伍:汝は鬼なりや
147/148

06.時間稼ぎ

 ……嘘だろ。

 声にならない声が漏れる。信じ難い――とてもではないが、信じ難いことだ。

 五感を狂わされた状態で、どうして立てる? 平衡感覚だけの問題ではないのだ。聴覚も、触覚も狂わされている。自分の身体がどのような形をしているか、それすらも捉えられなくなっているはずだ。

 それなのに、白城は自らの足で立ち、右手に刀を取っている。そして左手は――腹の止血から離れ、“夕霧”の鯉口にかかっていた。

 ……何をする気だ。

 いや、何であろうと関係ない。どうして動ける、という疑念は拭えないが、現に白城は立っている。ならば対処しなければならない。

 迅速に。

「――――ッ!」

 焦りで手許は狂わない。一直線に、駒鳥のナイフが空を裂く。

 焦点は白城の額。手加減など考えられない。最短距離で仕留める。

 “菫青”をまともに浴びながら立ち上がるのはもはや化け物だ。しかしまだ茫洋として、動きは鈍い。今のうちに完全に無力化しなければならない――駒鳥のその瞬間的な判断は正しい。正しかった。


 ――ガィンッ、


 白刃が力なく宙を舞う。

 白城の額を貫く、その一瞬手前で、ナイフが弾き上げられた。遥か後方に飛び、森の中に落ちる。

「どういう――」

 ことだ、と皆まで発音されず、駒鳥の言葉は尻すぼみに消える。

 白城の視線が、鋭く、射抜かれるような強さで駒鳥を正面に捉えていた。弾き振り上げた右手の刀を、ゆっくりと正面に構える。

「お前……“菫青”を、どうやって」

 そこで駒鳥は気づく。白城の左手、“夕霧”にかかっていたそこから、新たに血が滴っている。

 くそ、と新たなナイフを抜きながら駒鳥は歯噛みする。

「“夕霧”の刀身を握り込んで、自分にかけられていた“菫青”を斬りやがったということが! 危険なことをするもんだな。拳一つ分だったとしても、そのまま霊脈まで斬っちまう可能性もあっただろうがよ!」

 駒鳥の怒声に、ひとつ、ゆっくりと深呼吸を置いて、白城は静かに応じる。

「問題ない。私は、“夕霧”の、使い手なので」

 虚勢だ。“夕霧”は遍く怪異を斬り殺す神格霊装。使い手といえど、対象のコントロールなど、できるはずが。

 ……まさか、できるのか?

 駒鳥は眉根を寄せる。否定できる、はずだ。しかし目の前の女は、“夕霧”を抜く以前に“菫青”の中で自力で立ち上がっている。

 常識が通用しない。

 ……まあこの世界に常識があると思う方がどうかしてるか。

 くく、と思わず小さく苦笑が漏れる。訝しげに眉根を寄せる白城に構わず、駒鳥はナイフを前に構えたまま、一歩、退いた。

「お前が想像を外れたビックリ人間だってことはよくわかったよ。あくまで守護者気取りでいたいってこともな。ミッション完遂からは程遠いが、最低限の目標はクリアした。あたしの出番はここまでだ」

 もう一歩、後ずさる。

「霊脈の開放と活性化はあくまでついでだ。特務がここまで来た時点で半分クリアだったわけだ」

「……時間稼ぎ」

「そうとも」

 さらに一歩。そこでぬるりと、駒鳥の姿が闇に沈んだ。若干の反響を帯びた声だけが残る。

「あわよくば、あんたを寝返らせたり、無力化したりという考えもあったが……まあ無理だったな。それだけの負傷をさせただけでも良しとするさ」

 じゃーな。

 言い残し、駒鳥の気配は完全に消えた。

 

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ