04.邂逅③
「それほど難しいことじゃない。普通はな。だが、あたしらみたいのにとっては、とても難しいことなんだ」
静かに、駒鳥は言う。時間稼ぎなのだとわかっていても、それだけでは何の話なのかわからない白城は、黙して先を待つ。
「なあ、白城さんよ。……あたしとあんたは、似てるんだと思うぜ」
白城は眉根を寄せる。不可解、という表情に、駒鳥は苦笑した。
「ああそうだろう。これは、あたしの一方的な感傷だ。共感が欲しいわけでもないし、理解されたいわけでもない。――なに、お互い時間もあるんだ。聞けよ」
白城から視線を逸らさず、ナイフをくるくると弄びながら、駒鳥は言う。
「はぐれ者、半端者。明るい世界に馴染めない奴ら。そういう奴らはまあ、いろんな種類がいるんだろうが……あたしらは、端的に言えば、怪異に人生狂わされた連中だ」
先の一撃を意識して、白城もまた視線を逸らすことができない。
が――次の一言に、反射的に白城は駒鳥の顔を凝視する。
「怪異に身内を喰われた――覚えがあるだろ?」
色の抜けた白城の表情に、駒鳥は笑みを見せる。
だがそれは、力ない笑みだった。
「右も左もわからないガキの頃にな。何が起こったのかなんてわからねえよ。ただ部屋中に、親だったもの、兄弟だったものの欠片が転がっていた。部屋中血塗れでな。天井にまで飛び散ってたか。酷い臭いだったが、鼻なんてすぐに麻痺したよ。ああ、今でも覚えている」
訥々と語る駒鳥に、先ほどまでのふざけたような調子はない。淡々と、何度も話したことを繰り返すかのように、続ける。
「当時は何もわからなかった。誰も教えてくれもしなかった。そりゃそうだ。一晩で一家惨殺された子供に、何を教えられるってな。だからこれは、後から記憶を反芻した結論だ」
ふっ、と駒鳥は笑った。
「家族を喰ったのは、弟だ」
白城は、背筋に氷を差し込まれたかのような感覚に襲われる。視線だけを落とすと、指先が小さく震えているのがわかった。
「あたしには両親と、姉と、弟がいた。狂ったのは、弟だ。まず両親を喰い、あたしを庇った姉を喰い、次はあたしだった」
なぜなら、知っている。駒鳥の体験のことは知らないが、しかしその話は知っている。
「夜だ。部屋中で暴れ散らかして、電気も何もかも壊されていた。明かりは、裂けたカーテンから差し込む街灯だけだ。その街灯の光に浮かび上がった弟のシルエットはな、人間のそれじゃなかった」
我が身のことのように、知っている。
「怪異。化け物だよ。大雑把には人間だが、腕も足も、他の何かをぐちゃぐちゃに混ぜたような形になっていた。頭のあるべき場所に頭はなかった。あたしよりもさらに幼かった弟が、人間が出さないような絶叫しながら、大の大人を紙切れみたいに引き裂いていた。全員、即死だったろうな。そう願う。そして、次はあたしの番だった」
苦しい。そう感じたところで、自分の呼吸が酷く浅くなっていたことに気づく。その白城を見て、駒鳥はにっと笑った。
最初と同じ、嘲るような、凶悪な笑みだ。
「あたしが喰われる直前で、あんたらが突っ込んできてくれたよ。あたしら一般人にとって狂った弟は抵抗も叶わない化け物だったが、あんたらにとっては雑魚もいいところだ。弟は一刀両断だった。塵も残らなかった。残ったのは両親と姉の死体と、あたしだけだった。あんたらには感謝してるぜ? どんな根回ししたのか知らないが、どこにでもある不幸な凶悪犯罪として処理されて、あたしは保護され、メンタルケアもしっかり施された。あんたらのお陰であたしは発狂することもなかったんだろう。日常に戻ることもできた。ま、馴染めなかったからこんなことしてるんだけどな」
なあ、と駒鳥は白城に語り掛ける。
「聞いたことのある話だろ? どこにでも転がっているような話だが、あんたにとっては特にな。あんたとあたしが違ったのは、あんたは守護連に入り、あたしはこっちに入った、そういうことだ」
「……あなたたちは、何らかの組織であると?」
白城の、ようやく絞り出したような問いに、駒鳥は軽く肩をすくめた。
「さあな。組織と呼べるような頭数もいないし、あたしらには名前もない。ただ同じ目的があるってだけだ」
「目的」
「言ったろ? 居場所が欲しいのだと」
駒鳥は言う。
「何度も思い返した。何度も、何度もだ。何度思い返しても、やっぱりあれはどうしようもなかった。弟は手遅れだった。あんたらの対応は最適解だった。けどな、それでもやっぱり、思うわけだ。何とかならなかったのか、とな」
ナイフの刀身を眼前で揺らす。刃が月光を反射して青白く光る。
「弟はどうして化け物になった? 怪異に憑りつかれたのか? どうして突然家族を襲った? 何の前兆もなかったのか? いいや、あった。気づいていた。だがそんな結末になるとは思っていなかった。気づいた時点でどうにかできなかったのか? 弟が完全な化け物になり果てる前に」
だから、と駒鳥は言う。
「そういう世界を作りたいのさ。混ざりモノの居場所をな」
駒鳥に、ふざけた様子はない。一切の衒いもなく言っているのだとはっきり知れた。
しかし、その上で、だ。
「その話を、どうして私にするのです」
おいおい、と駒鳥は笑った。
「まだわからないか。まあ勿体ぶることでもないな。――あたしらと一緒に来ないか。あんたなら、理解できるだろう」
どうだ? と駒鳥は問う。白城は、すぐには応じなかった。
数拍、間を置いてから反問する。
「居場所を作ることと、異変を人為的に引き起こすことに、何の関係があるの」
「大事の前の小事って奴さ……とか言うと、あんたみたいのは嫌いそうだな。正直なところ、あたしらもこんな面倒で時間のかかるやり方は、やりたくはないさ。何よりこうして、あんたらが邪魔しに来るんだ。確実性も低いと来てる。……ただ、今のところ、これが最も成功率が高い、って話でな」
「それで、民間人の被害が出たらどうするつもり?」
「そうならないためにあんたらがいるんだろう? まー場所はある程度選んでいるさ。人里離れた、そこそこ太い霊脈。まあ太い霊脈ってのはそもそも人里にはならないからな。利害の一致ってだけだが」
そう、と白城は返した。調整も済んだ。
「それで、答えは?」
駒鳥の言葉に、白城は端的に返す。
「お断りします」
「――だろうな」
両者が同時に動き出す。