03.邂逅②
……どうする。
しまった、という思いはあるが、どう対応するかが先だ。一呼吸で平静を取り戻す。
相手は、恐らく最初からこの場を抑えていた。知らず、白城は単身、罠のド真ん中へ飛び込んでしまっていたわけだ。いや、仮に小隊を率いていたところで、何らかの方法で引き離されていただろう。
目的は。
駒鳥の口振りからすれば、白城をここに留めることが目的。
何のために?
いずれにしても、足止めとしては現状成功していると言えた。
千刃の舞う空間。
月明りの反射で辛うじて捉えることができるが、視認するにはその刃はあまりに薄い。しかし無理に押し通ろうとすれば、鋭利なナイフに身を押し当てるようなものだ、全身を斬り刻まれてしまうだろう。
術式の解析ができない。駒鳥の展開している術式は明らかに白城の“知らないもの”だった。
特務なのだ。扱えるか否かはともかく、守護連の扱う術式は全て頭に入っている。
にもかかわらず、この術式は記憶に全くない。
類似するものはあるが……第93“式”といったか?
「おー、考えてる考えてる。まあ好都合だ。そのまましばらく突っ立っていてくれ」
気楽な調子で駒鳥は言う。しかしその視線は一瞬たりとも白城から逸らさない。この状況、自身の優位にあってもなお、警戒を解いていない。
……私が、この場へ誘い込まれた?
若輩とはいえ特務を、それも“夕霧”を持つ白城を誘い込む。場を霊脈の至近とすることで、“夕霧”の使用を封じる。
……標的は、私。
「コミュニケーションと言いましたね。私をここに留める目的は何です?」
「内緒。とは言え、すぐにわかるかもな」
即答だ。手中でナイフを回しながら、ふざけるでもなく、淡々と返す。
「時間稼ぎ。私にここから移動されると困ることがあると」
「内緒。しかしあんたは特務だからな。障害になるのは自明だろう」
「特務が障害になると。高坂さんや向枝さんも、いま別の場所で任務に当たっていますが、そちらにもあなたのような人が妨害に当たっているのですか」
「内緒。まあ、答え言ってるようなもんだけどさ」
問えば答える。確かに、コミュニケーションを取る気はあるようだ。そうは言っても、駒鳥から積極的に話しかけてくることはないようだが。
内緒と言う割には一言二言付言してくるあたり、真面目に情報を伏せる気がないのだろうか。推測されることも気にしないのか、あるいは推測させることが狙いか。
時間稼ぎ。それは明らか。
しかし、いったい何のための時間を稼いでいる?
駒鳥の傍らでわずかずつ拡大し続けている霊脈の歪みのことだろうか? だがそれは、放置していればいずれ必ず大きな災禍をもたらすが、数分を稼いだ程度では大したものには成り得ない。
同時多発的に各地で発生している異変。各隊で並行して対応に出ており、特務三名も例に漏れない。白城が出動した時点で向枝が別任務に当たっていたし、ここに至るまでの間に高坂が出動する連絡もあった。白城自身、直前の任務から一時間程度の休息を取っただけですぐに再出動している。
……作為的な異変。
「私を足止めしている術式があなたのものだとしても、部隊から私を隔絶した術式はあなたのものではないですよね。ひとりや二人ではない。あなたたちの、目的は何ですか?」
「――ハハッ」
白城の問いに、駒鳥は笑った。弄んでいたナイフを止め、顔の高さまで掲げるように無造作に持つと、その刃で、宙を叩く。
――キン、
頬に熱を感じた。次いで、痛みと流血の感覚。
……刃の結界か。
駒鳥は虚空を叩いたわけではない。眼前に漂っていた刃を押したのだ。その刃はさらに別の刃を叩き、波打つように弾き出されたいずれかの一枚が、白城の顔横を視認できない速度で抜けた。視認できていたところで、白城の周囲にも高密度で同じ刃が漂っているのだ。回避行動がそのまま自傷になりかねない。
やはり、月明りの照り返しで見えるより遥かに、この一帯には刃が舞っている。それらの中で、白城は身動きできず、駒鳥は自由に歩き回れるというわけだ。
そう把握して、白城はもう少し調整する。
対して、頬から血を流しながらも指先ひとつ動かさず、視線も一瞬として外さない姿に、駒鳥は感心したように口笛を吹いた。
「まあ、いいさ。それくらいのことは教えてやるよ」
なあ、と駒鳥は静かに言う。
「あたしたちはな――居場所が欲しい。それだけなのさ」




