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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
壱:袖振り合うも
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08.ひとまずの信用

 

 

 すらすらと話していた市子が、ふと眉根を寄せて口を閉じた。美月も新堂も不意のことに、え? という思いで市子を見る。

 こういうときには決まって茶々を入れそうなぬいぐるみでさえ、何も口を挟まないのがさらに不気味だった。


「……これは」


 しばらくしてから、ようやく市子が口を開いた。


「このお札、さては……成程ね。信じられないことをする人もいるもんだ。びっくりだよ。それからもうひとつ……加奈子さん」


 さっきまではあった多少の軽い調子すら口調から消して、市子が新堂に話しかける。対して新堂は怖気づいた反応で、


「な、なに?」

「南のお札と、本棚の一番上に飾ってあるナイフ。同じ人から買わされた?」


 険を帯びた市子に、「え、あ、うん」とがくがく頷く新堂。市子は、虚空へ向かって顔をしかめ、


「全く全く。本当に、とんでもない人がいるもんだね。いや、別に珍しくもないのか……単純に、巡り合わせの問題か。お札の方はモノの方にも問題があるけど、これは……わかってやってはいないね。無自覚にものすっごく微妙な才能があったってことか……」


 ぶつぶつと、美月や新堂にはよくわからないことを呟いている。何を言うこともできずに見ている中で、しばらく市子はぶつぶつ言っていたが、やがてまたくるっとこちらに向き直った。

 眉間のしわは既に消えている。


「うん。まあ大丈夫かな。ええとね、面倒になってきたから、壁にかけてあるでっかい五芒星のタペストリーとか天井からぶら下がってる羽とかはこの際全部スルーするよ。あれは全部ただの悪趣味なインテリアでしかないから」

「悪趣味なインテリアって……」

「うん。ものすっごく悪趣味なインテリア」


 先程のぬいぐるみの言ではないが、やはり安いものではなかったのだろう。絶句する新堂に対し、市子は例の軽い調子で、さらに程度を上乗せまでした。


「だからそういうのはオールスルーするけど、ふたっつ、あんまり穏やかじゃないのがあるんだね」

「それがその、南のお札と、ナイフ……?」


 新堂の言葉に、市子は深く頷いた。


「でもあのナイフ、刃は潰してあるって」

「いやいやいや、そういうんじゃあないんだよね。だってそれ、魔除けとかのために渡されたものでしょ? 刃は別に関係ないよ」


 ふふふ、と市子は笑った。笑われた新堂は多少気を悪くしたようで、わずかに眉を立て、


「でも……じゃあ、なんなの?」

「だから魔除け……の出来損ないだよ。繋いでるチカラがあんまりにも弱いものだから、かえって寄せ集めちゃってるみたいだけど。まあそれでも、あのナイフそのものには“語られる物語”は何もない、ただの滑稽なナイフだからね……潰れた刃に刻まれた文言にも意味はないよ。意味が解らないから凄いんだろうって凄んで見せたいだけで、作った本人にもわかっちゃいないだろうね。それでも無理矢理に強引に解読するなら……『明日は雨が降るかもしれない』かな。明日の天気の心配をしながら作ったみたいだ」


 わかるようなわからないような。冗談みたいな話だが、市子の調子は真面目なものだ。ふざけている様子はない。目が包帯で覆われているため、そこから窺うことは叶わないが。

 

 

  ●

 

 

「でもね、あのお札。南のお札――あれはちょっと、割と本当にマズい」


 声を一段落として、市子は続けた。


「あのお札は本物に近い。残念ながら“今ではもう”本物ではないみたいだけどね。あれに関しては、“語られる物語”がどうやらある。……私には知りえないけどね。なにせもう“終わっている”んだから。それはともかく、出自は私にもわかるよ。今ここで“繋がったら”困るから明言はしないけど、もともとは今でいう島根県の有力神社で作られたものだね」

「あの……御免、よくわかんないんだけど」


 どうにも、全体的に核心というか、要点を微妙にぼかされているような気がする。美月が言うと、市子は軽く肩をすくめた。


「わからなくてもいいんだよ。わからないほうがいいかもね。そういう話だよ。チカラっていうのにはざっくり二種類あって――そのお札のもともとみたいに、術式に則って現れるものと、強い思いによって形になるものとがあってね。千羽鶴だって全部本気で作れば馬鹿にならないものなんだよ。――っと、話を戻すけど、そのお札は実のところ、一度“壊れている”。もともとのチカラはもうないよ。後からもの凄くへたくそなよくわからないものを上書きしてる。だから本来のチカラはない。そうなんだけど、残滓というか、残骸が残っていて、それがあんまりよくないことのための依代になってる――と、いうわけだ」

 

 

  ●

 

 

「よくないことって……?」


 恐る恐る、新堂が問う。すると市子は、ふふ、と小さく笑った。


「ちょっと脅かし過ぎたかな。そんなに怖がるほどすぐにどうこうってものじゃないよ。加奈子さんが普通であれば――犬神筋で、しかもちょっと濃い犬神筋でなければ、ね。けれど残念ながらそうだから、ちょっとだけよくないことになってる。そうだねえ、いうなれば、衰弱の速度が十年から八年くらいになっているのかな? あ、勿論これは、これからずっとあのお札を貼り続けて、加奈子さんがあの部屋で生活し続けるってことが前提だけど」

「ちょっと、待って。イヌガミ……何?」


 そういえば、美月も新堂にその話はしていなかった。ああ、と市子も、まるで今思い出したかのように小首を傾げた。


「そうだったね。その話もまだしていなかった……それじゃあ、話の始まりに立ち戻ろう。一通りの話はしたけど、どう? これでもまだ、私たちを部屋には入れられない?」


 そういえばそういう話だった。市子が妙な、脅しのような話をするから忘れかけていた。それは新堂も一緒だったようで、かなり困惑した表情になっている。助けを求めるようにこちらへ視線を向けてくるが、こればかりは美月にも何とも言えない。

 市子は一言もなく、新堂の返事を待っている。


 しばらく逡巡していた新堂だったが、結局のところ、首を縦に振ることになったのだった。

 

 


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