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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
肆:暗がりの奥で眠る記憶を
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33.刹那の目覚め

 穏やかな陽気の差し込む、そこは病室のような部屋だった。

 窓から見下ろせる森は深く、人の営みの遠い、静かな部屋だ。

 白を基調としたその部屋の窓辺のベッドで、ひとりの女性が上体を起こしていた。

 流れる髪を耳にかけ、窓から外を見る。

 ふ、と小さく吐息を漏らした。


「――ああ、やはりお目覚めでしたか、ハルカさん」


 声がかかった。男性だ。女性が視線を向けると、長身にスーツを纏った男性が後ろ手に引き戸を閉じているところだった。


「ええ、おはよう、日比谷さん。お久し振りね」

「おはようございます。まあ、もう昼ですがね」


 苦笑しながら、男は持ってきた盆をベッド脇のテーブルに置き、載せてきた水差しからコップに水を注いだ。ありがとう、と女性はそれを受け取り、一口飲む。

「今度は、どれくらい眠っていたのかしら。雀ちゃんや、駒鳥ちゃんや、皆は元気?」

「ええ、相変わらずですよ。水鏡さんも、花月さんも、皆、元気にしています。……前回の目覚めからは、およそ五年ですね。明らかに、目覚めの間隔が短くなっています。やはり、近いのですか?」

「恐らく、ね。もう運命の奔流は始まっている。もう私たちには、ただ押し流されるだけにならないように舵を取ることしかできない。そんな段階にまで、至ってしまっている」

 憂うように眉根を寄せて、女性は小さく吐息した。だがすぐ気を取り直したように顔を上げ、男へ微笑を向ける。

「折角目覚めたのだし、皆に挨拶したいところだけれど、さすがにそこまでの時間はないかしら。またすぐに眠らなきゃだものね」

「ええ、申し訳ありませんが。遠方へ出ている者も少なくないですし、集まるのを待っている間に守護連へ気付かれては本末転倒ですから。何より――ハルカさん、あなた、外へ出ましたね?」

 やや咎めるような色を帯びた男の言葉に、ぎくり、と女性は肩を震わせた。

「やっぱり……バレてる?」

「当然です。いえ、守護連にはまだ気取られてはいませんが、非常に危ういところだったかと。どこまで行っていたのです?」

 問われた女性は、そっと視線を逸らしながら、歯切れ悪く答える。

「その……ちょっと、“夕霧”の担い手のところまで」

「あなたは……!」

 思わず、といったように声を強める男に、あう、と女性は身をすくめる。そんな様子に、男はため息混じりに注意する。

「本当に、気を付けてください。それは本当に、軽率ですよ」

 やんわりとだが、はっきりと咎める調子の男に、女性はしおらしく肩を縮めた。

「御免なさい、どうしても気になって。あの子の無意識に忍び込んだだけだから、それほど大事にはならないかなあ、って思って」

「かなあ、ではありませんよ。うっかりであなたが見つかってしまっては、この千年が水泡に帰するのですから」

「わかっているわよ。だから、例の女の子の方は諦めたわ。さすがに魔女の娘よね、護りが強過ぎて、近寄ることもできなかった」

 膝を抱え、両耳を塞ぐようにしながら、女性は弱々しく抵抗する。だが男は、当然です、と首を振った。

「近寄ろうとしただけでも恐ろしいことですよ、あれは。私も遠目に見ただけですがね。極力、ギリギリまで接近は控えた方が良い。気取られて対策などされると非常に厄介ですよ」

「わかっているわ。わかってる。私も遠くから見ただけだけれど、それはよくわかった。どうやら今はこの国にいないらしいあの魔女の気配も、少なからず感じたしね。……まあ、あの魔女なら、私が目覚めただけでどこにいようと気づきそうなものだけれど」

 女性の言葉に、男は頷く。

「しかし、こちらが積極的に働きかけなければ何かをしてくることもないでしょう。あの魔女は、別に人類の味方というわけではありませんからね。それでなくとも、当代の古都圏総長も厄介です。ここは結界で厳重に封じていますが、どのような“縁”を辿ってここを視てしまうかわかりません。ましてや現状、あなたは“神殺し”に接触してしまっていますからね」

「わかったわよ、わかったわ。本当に御免なさい。今後は、迂闊な行動は控える。興味本位では動かないわ」

「本当にわかっていただけているのなら、よいのですがね」

「そうだ、あのふたりについて、教えてくれる? あの子たちの名前、そういえばまだ聞いていないわ」

 ふう、と吐息して、男は苦笑した。それからベッドの傍らまで椅子を引いてくると、そこに腰を下ろす。

「“神殺し”の少女の名は、白城・誠。魔女の娘、“鬼子”の名は、市子。――彼女たちのことも含めて、手短にですが、現状をお伝えします。あなたが眠っている間の出来事と、今後について。そのあとは」

「ええ、わかっているわ。私はまた眠る。――感謝しているのよ、私。この結界を作ってくれたのはあなたの曽祖父にあたる人だったと記憶しているけれど、この結界のお陰で、半世紀以上もの間、私は逃げ回る必要がなくなっている」

 ふふ、と女性は小さく、愉しげに笑った。

「ねえ、日比谷さん。私、思うわ。きっと、次に私が目覚めるときには、全てが始まってしまっている。だから、できる限りのことをしておかないとね」

「はい、よろしくお願いしますよ。我らが盟主。我らが女王。我らが――女神」

 男の言葉に、女性は――艶やかに、微笑んだ。


これにて肆章完結。次へ向かいます。

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