29.否定
身体に受ける衝撃を、もう初めほど感じられなくなってきた。全身の感覚が鈍く、重い。視界は霞んでいる上に、揺れる。
……ああ、もう。
痛みすら、よくわからなくなってきた。
視界が回るたびに、意識が寸断される。記憶が細切れになっていく。
それでも、不確かな意識のまま、何度目かもわからない回数立ち上がり、狐へ向かい、拳を構える。いや――自覚はない。ほとんど無意識に、身構えている。
また回った。
また落ちた。
また霞んだ。
五感にノイズのような震え。瞬間、狐の立ち位置が変わっていた。いや……違う。自分の位置も変わっている。両者とも、動いたのだ。それを自覚していないということは……どれほどか、意識が飛んでいたということか。
ピントの合わない視界の動きで、辛うじて、自分が立ち上がっていることを把握する。自分の意志で動いているはずなのに、意志は身体を手放しかけている。それならば、身体を動かしているのは何なのだろう。
向かっていっても、何度迫っても、絶対的な力で捻じ伏せられるだけ。痛い。苦しい。辛い。それなのに、どうして身を起こす。立ち上がる。
なぜ、と自問する。それでも、と抗う。
意識が混濁する。
正面の狐。
イグサの香り。
炎。
修練場の壁、天井。
狐の纏う風。
鮮血。
腸。
生命の失われた瞳。
化け物。
「ああ――」
わかっている。これは、違う。今の光景ではない。
ただの、フラッシュバックだ。
失ったもの。
過去の、記憶。
だから、
「ああ――!」
違う。




