28.何度も
……見ていられないわ……。
最初の一撃、狐の背負い投げ。実のところ、狐の動きは傍から見ていた向枝をもってしても捉え切れていなかった。収束する残像を見て、ようやく狐が何をしたのかを悟ったくらいだ。真正面から受けた白城は間違いなく全く見えていなかっただろう。というか、投げられた白城すら残像を引いていた。
冗談でなく、この修練場が揺れた。
受け身もろくに取れなかっただろうに、骨の数本程度粉砕されていそうな一撃であったにもかかわらず、白城は立ち上がった。呼吸は乱れ、視線は揺れて定まらないまま、白城は前に出た。
そして一瞬ののち、再び投げられる。
今度こそはと目を凝らしていた向枝だが、やはり狐の動きはわからなかった。速過ぎる。そして容赦がない。
狐の膂力は、白城の痩身がバウンドすることすら許さない。
めり込むように地に伏す。
今度こそ、白城の意識は飛んでいたはずだ。だが、数秒の沈黙ののち、もぞもぞと白城は動き出す。ズリズリと畳を手足で削りながら、ゆっくりと起き上がっていく。
脳が揺れているはずだ。なのに、白城は立ち上がっていった。そして、身構える。しかしその矛先は狐から若干ズレていて、
……まともに見えていないんだわ……!
それもそうだろう。ダメージに対して復帰が早過ぎる。気力だけで動いているのだ。
……止めるべきかしら……?
迷う。そもそもが無茶な設定だ。ともすれば命に関わる。けれど、
……ここで止めてしまえば、白城はもう戻れないかもしれない。
きっと、ここで向枝が止めに入ることは、白城が自身に絶望してしまうことに繋がるだろう。向枝が白城の心を折るわけにはいかない。
どうして白城がこんな無茶な稽古を願い出たのか、その核心は、向枝には窺い知れない。何か、思うところがあったのだろうとはわかる。それが、何がどうしてこんな稽古に繋がるのかはわからないが。
ならば、見守るしかないのか。
満身創痍で挑んでは、絶対的な戦力差の前に叩きのめされる。それでも、白城は立ち上がる。低い姿勢で滑り込むように迫った白城に対し、狐はただ一歩の震脚から当身を繰り出した。ご、という音を残して白城の痩身が吹っ飛ぶ。
数メートルを滑空し、壁に叩きつけられた。
「っ、あ――」
畳についた脚は己の身を支えられず、壁に背を預ける形で崩れ落ちた。数呼吸、動かない。
諦めたか?
否、白城は再び動き出す。膝に、壁に手をついて身体を支え、立ち上がっていく。
なぜ、それほどまでに。
「闇雲に、考えなしにやってるわけじゃないよ」
不意に、市子が言った。はっと向枝が見下ろすと、市子は白城の方へ顔を向けたまま、
「勿論、自暴自棄っていうわけでもない。白城さんは、自分の中で探しているんだ」
断言した。
「……探してるって、何を?」
「んー、それは、私からは言えないかな。多分、白城さんの問題だ」
白城さんの問題で、白城さんの物語だ。
唄うような言い回しで、市子ははぐらかす。わかっていて言わないのなら、言う気がないのだろう。白城の心の問題というのなら、向枝が口を出せるものでもない。
白城が、答えを見つけることを願い、見守るしかない。
それはそれとして。
……胃と心臓に悪いわぁ……。




