24.稽古
広い空間がある。広く、しかし終わりのある空間。
守護連の鍛錬場だ。
先日、白城と向枝が鍛錬し、白城が向枝にその過剰な修練を諌められた場所。時刻は同じく早朝だ。しかし顔ぶれが、前回より少し増えていた。
「…………」
空間の中心で、白城は黙々と準備運動をしていく。血の巡りをよくすると同時に心身に気を巡らせ、練り上げていく。
柔軟体操をしながら白城が見るのは正面に立つ長身の美女。
狐だ。
念入りに身体を温めていく白城とは対照的に、狐は正座で瞑目している。
そんな二者を壁際から見るのは、三者だ。いや、四者か。
向枝、市子、白犬。そして白犬の頭上に座るぬいぐるみを含めれば、四者である。
「――それにしても」
白城と狐を眼前にしながら、市子が口を開いた。
「よかったの? ここ、守護連の施設なんでしょ? 私たちが入っても大丈夫なのかな」
台詞ほど案じている様子はなく、むしろ楽しげですらある。平素入れない場所に入ることができることが楽しいのだろうか。そう思うと年相応ではあるのだが、と向枝は苦笑した。
「いい顔されないでしょうけれど。まあこんな時間だし、バレなければ問題ないわ。日常的に早朝から鍛錬しているような酔狂な人なんて、守護連と言えど高坂くらいのものだもの」
それにしても、と向枝は対峙するふたりを見る。
「まさかこんなことになるとはね……いえ、ある程度予想はできることだけれども」
「私は全く予想外だったよ。白城さんって、狐さんのファンだったのかな? それとも弟子志望?」
能天気に小首を傾げる市子に、いや、と応じたのは白犬だ。
「考えられぬ話では御座らん。先の“だいだら”を巡る抗争、市子殿も覚えておろう」
「ん、“だいだら”のときのことなら覚えてるけど、何か変わったことあったっけ?」
市子は本気で心当たりがないらしい。まあ、と白犬を引き継いだのは向枝だ。
「お察しの通り、“だいらだ”の作戦のときよ……あの子、あなたの――狐さん? に完敗したでしょ」
「んー……そうだっけね」
心当たりどころか、そもそも記憶がなかったようだ。
「おお? それじゃあ何か? あのガキ、ボロクソに負けたのが悔しくてここで狐にリベンジしようってのか?」
ぬいぐるみが面白がるように言う。リベンジね、と向枝は苦笑した。
「再戦したいっていう気持ちは、強かったでしょうけれど。でも、今のあの子は、少し変わったみたいね。何があったのかしら」
「うーん……何だろうね」
市子は本気でわからない顔だ。
『――狐さん。あなたに稽古をつけてもらえませんか』
白城は、そう頼んだ。市子にというよりは狐に、だったが。
稽古、と言った。
「弟子志望かはわからないけれど。でも思うところがあるんでしょうね。……ただでさえ、自分が完敗した相手と手合せできるのなら、私だって一戦願い出るところよ」
そうは言うものの、やや心配するところがあるのも確かだ。向枝が見ても、白城の表情からはその内心を読み取ることはできない。ただ、驚くほど平静に見える。
……無茶しなければいいのだけれど。
思う間に、準備運動を終えた白城が立ち上がった。居住まいを正し、狐へ向けて凛と言う。
「――よろしくお願いします」




