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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
肆:暗がりの奥で眠る記憶を
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19.西京大学


「――ふう、到着、と。白城さん、お疲れさまー」

 西京大学は正門前、狐の背から飛び降りた市子が、気軽に声をかけてくるが、吐血するのではないかという勢いで息継ぎを繰り返す白城には反応する余裕がない。ついでに大学から出てくる学生らにも怪訝な視線を向けられているのがわかったが、それに対して恥じらいを覚える隙もない。

 狐は、速かった。それも、こちらに対してぴったり一定距離を保ったまま先を走り続けるという、わざと挑発するような走り方だ。こちらが速度を落としても、あるいはどれだけ上げても狐は等距離のリードからずれない。途中から意地になって追い抜かそうと加速し、結局一足も追いつけなかった結果がこれである。軽自動車くらいの速度は出ていたのかもしれない。途中で白犬がついて行けなくなり、狐の背の市子はおおはしゃぎだった。

 白城が必死で息を整えている間にも、市子はさっさと中に入っていってしまう。

「うわお。初めて入ったけど、やっぱり広いねえ。さすがは、極東第二位の大学だよ」

 塞がれた両眼で構内を一望する。西京内に住む白城も、ここを訪れるのは初めてだった。いや、そもそも大学に足を踏み入れること自体が初めてなのだから、他の大学がどのようなものなのかはわからないが……しかし確かに、広い。

 歴史、学力は東都大学に次ぐ位置ではあるが、規模と知名度においては決して劣っていない。分野においては国内随一を誇るものも多い。その最先端を守るために、研究施設も数多い。しかし決して浅くない歴史を感じさせる建物も多くある。

 ……やっぱり高校とは、全然違うよね。

 白城も来年には受験生であり、大学に進学するつもりではある。さすがに学力的にこの西京大学などには遠く及ぶべくもないが、見合ったところには進むだろう。

「…………」

 大学生になった自分。

 汗だくで、未だ肩で息をしているこちらを、怪訝そうに一瞥しながらすれ違っていく人たちは、きっとその多くが大学生なのだろう。

 そのような人たちのひとりとして、生活している自分というものは、何だか俄かには想像し難かった。ましてや、

 ……守護連であることを、終えることはない。

 高校生であろうと、大学生になろうと、あるいは大学を卒業しようと――白城はずっと、守護連だ。死ぬまでずっと戦い続ける。高坂や向枝がそうであるように。それはもう決まってしまったことで、白城としても異存はない。

 わかっている。

 ……もう、逃れることはできない。

 そのつもりもない。守護連として生き、戦い続けることを、白城は受け入れている。

 あの日起きてしまったこと、見てしまったものを、なかったことにはできないから――

「白城殿?」

 不意にかかった声で、白城は自分が少し物思いに沈んでいたことに気が付いた。我に返りつつ慌てて見ると、自分に声をかけてきたのはようやく追いついてきた白犬だった。白犬はややおぼつかない足取りで膝に手をつく白城の横にやって来ると、そのまま腹ばいになって大きく舌を出す。

「やれやれ、狐殿もそうであるが、白城殿も速い。拙者は後方支援が多く、あまり動き回ることも御座らんゆえに、ここまでの激しい運動はやや堪えられぬ……いや、拙者も犬の端くれとして、多少の運動は難ないので御座るが」

 ひいひいと喘ぐ白犬は、言通りあまり余裕がなさそうだ。そう考えると、やはりあの狐のスタミナは以上である。今も涼しい顔で市子に付き従って――

「……て、あれ」

「ん、いかがされたか白城殿。それに、市子殿と狐殿はどちらへ?」

「いや、その……」

 問われるも、白城は視線を周囲に走らせるばかりだ。早い話が、見失った。

 一目で広いとわかる構内は、それだけに見晴らしが悪いというわけではないのだが……どうしよう、と白城はやや脳裏が冷える。見知らぬ場所、それも己の部外者感を意識せざるを得ない大学構内で取り残されては、不安この上ないのだが。

 頬を引きつらせる白城の横顔で察したのか、へたばっていた白犬は鼻息ひとつで身を起こすと、くんくんと宙を嗅ぐ。

「……ふむ。白城殿、御心配めされるな。そう遠くへは行っては御座らん」

 ほら、と白犬が鼻先であらぬ方向を示す。え、と白城が見ると、建物の入り口近くで市子が大きく手を振っていた。その傍には狐も佇んでいる。

「おーい、白城さーん、ゴザルくーん、こっちだよー!」

 周囲への憚りなくこちらを呼ぶ。ただでさえ眼帯少女と長身美女の組み合わせだ、黙っていても人の目を引くものを、そんな態度だから輪をかけて注目を集めてしまう。あまり目立ちたくはない、と白城は慌てて白犬とともにそちらへ駆け出した。


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