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思えば都合二時間弱は待たされていたであろう白犬は完全に暇を持て余していたらしく、鼻先をふらふら飛び回る蝶を視線で追っていたのだが、市子と白城が出てくるのに気付いて身を起こした。
「終わり申したか、市子殿、白城殿――それに、狐殿」
え、と白城が振り返ると、そこには確かに狐が立っていた。もう返却を終えたらしい。音もなく、それどころか気配すら感じなかった。うわ、と声を出しかけたところを慌てて口を塞いだ。狐は伏目なままで意にもとめていない様子だが。
「ここでの調べ物は終わったよ。成果は、ちょっとダメだねえ……というわけで、私たちはこれから西京大学に行きます」
「成程、西京大学に御座るか……図書館に?」
白犬も白城と同じことを考えたようだ。しかし市子はやはり同じように首を振る。
「違うよ。ゐつさんからの指示。西京大学のとある教授を訪ねなさいって」
「ああ、ゐつ殿からに御座るか……」
ならば仕方がない、とばかりに白犬は納得してしまった様子である。それほどに、『ゐつ』という名前には力があるようだが……しかし、まだ白城はその『ゐつ』という人物を知らない。
「それじゃあ、行こうか。ここからそう離れた場所でもないし、歩きでいいよね。それとも走る?」
こちらへ顔を上げて、市子は問う。歩くか走るか、その間に対した差はないような気もしたものの、時刻も日暮れに近づいている。
ならば、多少なりとも急いだほうがいいだろう。
「じゃあ、走ろう」
頷くなり、市子はひらりと狐の背に飛び乗った。自分で走る気はないらしい。
「白城さん、西京大学の場所はわかるよね。――何なら狐さんと競争、する?」
狐の背中から悪戯っぽく言いかけてくる市子。狐を見るも、涼しい顔のまま見返すばかりだ。
「…………」
競争して、何かが変わるわけでも、心が晴れるわけでもないのだろうけれども。
返答は、疾走への身構えで示した。




