16.検索②
調べ物。市子は簡潔にそう言ったし、説明を聞いていても難しいようには思われなかったのだが、ことは白城の想像を遥かに凌駕していた。
まず西京図書館の莫大な書籍の中から園田・未代の関わった著作物を探し出す。その数ですら膨大だ。もっとも、その作業自体は(信じがたいことに)狐がひとりでこなしていた。先の戦闘でも、狐がただの人間ではない……いや、そもそも人間ではないということは薄々察しがついていたが、しかし一体何者なのだろう。狐、と呼ばれているのだから、孤霊なのかもしれないが……とにかく、狐が淡々とながら凄い勢いで運んでくるため、作業の第一段階は滞りなかった。
問題はその次、白城も携わるところだ。
『半血』という単語の洗い出し。
山と積まれた書籍の中から手にしたそれが、市子の言う『三本に一本』なのか、それとも真っ当な『三本に二本』の方なのか。論文というものに触れたことがない白城にしてみれば、そんなものを判別する方法など、全くない。一本丸々読んでみるしかないものだから、それはそれは時間がかかる。全文に目を通して『半血』と言う単語を探すのだから当然だ。
だが、ならば市子はと見ると、そちらはどうも様子が違った。
速い。
少し観察してみると、どうやら市子はほとんどタイトルを一瞥するだけで処理している。右から左へ、次々と仕分けされていく。恐らくは、低い山が当たり、次々と積み重なっていくのが外れ、ということだろう。
「……ね、ねえ」
あまりに違う効率に、さすがに白城は市子へ声をかけた。
「うーん? 何かなー?」
応じながらも、書籍を繰る手は淀みない。こうしているとついつい忘れがちだが、そもそも市子は盲目のはずだ。それでなくとも両目に包帯を巻いているのだから、ただでさえ見えていないだろうに、一体どうやって判断しているのか。
「その……何か、コツとか、あるのかなって」
「んー? コツ? ――ああ、そうだね」
白城の横に積まれた数冊しかない冊子から、処理速度の差に気付いたのだろう。ふむ、と軽く頷いて、ちょうど手に持って開いていたそれを逆さ向きにして見せてくれた。
それはちょうど、論文の冒頭。著者名は確かに園田・未代とあり、その上には論文の題がある。
曰く、『神々ハ何処ヘ去リシカ――『半血』ニ関ワル考察――』。
「そ、そのまんま……」
これは、作業効率がいいわけだ。
口を半開きにして唖然とする白城に軽い笑みを向けながら、市子は言う。
「『半血』について書いている論文は、必ず副題にそう書いてある。だから、題を見るだけで大丈夫だよ。例外もない」
「そ、そうなんだ……」
それなら、と白城も方法を切り替える。これで、市子ほどではなくてもそれなりの速さになるだろう。さて……と身構えたところでドスンと未処理の山が増えた。運んできたのは当たり前だが、狐だ。しかも運んできた資料を置き、その安定を確認するなり踵を返して書棚へ戻っていく。
「それにしても……凄い量」
思わず白城がもらした言葉に、そうだね、と市子は頷く。
「他の学者さんと比べても書く速度が凄まじかったみたいだね。見ても分かる通り。まさか早いうちに亡くなってしまうことをわかっていたというわけではないだろうけれど、複数本同時に書き上げたりしたみたいだね。それもこうして見てみると、どうやらこっちの方が本気度は高かったみたいな感じもするよ」
低い山をぽんぽんと叩いて、市子は笑った。
「とはいえ量が量だ。ちゃっちゃと済ませてしまおう」
市子の言葉に、白城は頷いた。そしてようやく気持ちを改めて作業に取り掛かろうとしたところで、また傍らに書籍の山が積まれた。
ぐへえ、と白城はその山と、それを積んだ狐を横目に見る。
狐は素知らぬ顔で、また書棚の方へ戻っていってしまった。




