06.奇妙な一行
そのふたりは、遠目に見てもやっぱりかなり浮いていた。
悪目立ちしている。
片や長身の美女。
片や目に包帯を巻いた美少女である。
しかも、今日の市子の足元には真っ白い犬も座っていた。
目立たないはずもない。
美月は駅から出てきたため、広場で駅に背を向けているふたりには背後から近づくことになったのだが、
「――だからさ、やっぱりアイスの王道はバニラなんだよ」
あらぬ方向へ顔を向けている市子の声が聞こえる。横には狐さんとやらと犬しか見えないから、狐さんと話しているのだろうか。
だが、答えたのは別の声だった。
「そうかあ? オレサマはそんなのより、期間限定とかって銘打ってる奴の方が美味いと思うがな」
ぬいぐるみの声だ。姿は見えないだけで、どこかにはいるらしい。市子が肩から下げているボストンバッグの中だろうか。
対して市子は首を振る。
「期間限定っていうのはね、期間限定っていうそのものだけがブランドで、味そのものはそんなに大したことはないんだよ。味よりも物珍しさで売っている感じだね」
「そうかよ? 確かにたまには結構なキワモノもあるが、年中売ってるバニラなんかよりはレアもの感があってリッチじゃね?」
「アイスに要求しているのはリッチ感じゃないんだよ狸君。求めているのは満足なんだ。バニラは美味しい。それで満足できる。でも他の味は、特に期間限定商品なんて言うのはね、味がごてごてと飾り過ぎて、食べ終えても満ち足りないんだ。喉に絡みつくような感じがあってね。言ってみれば、味が薄っぺらいんだよ――その辺、ゴザル君はどう思う?」
「どうでもいいと思うで御座る」
「そうかよ。オレサマにゃあよくわからんがね……んじゃあ、チョコレートはどうなんだ? チョコだって、バニラと並んで王道って言ってもいいだろうよ」
「そこなんだよね。うん。さすがの私も、チョコをバニラと並ぶ王道であることを否定することはできない。だからその辺りはまあ、個人の好み、っていうことになるのかな……ことアイスに限っては、私はチョコよりもバニラ派だね」
「チョコもバニラも拘ってねえオレサマにゃあいまいちぴんとこねェ話だがな……その辺、ワン公はどう思うよ?」
「どうでもいいと思うで御座る」
思わず声をかけずに聞き入ってしまったが、割とどうでもいい話をしていた。
それと、昨日は聞かなかった新たな声がいるのだが、それは誰だろう。……予想がついていないわけではないが。
ともあれ、このまま与太話を聞いててもしかたあるまい。
●
「おや、やあやあおはよう。いや、もうこんにちは、なのかな?」
残り一歩、こちらが声をかける直前に、市子がぱっと身を回した。
まっすぐにこちらへ顔を向ける。
「いい天気だね。天気上々。天気がいいと気分もよくなるよね。ちなみに私は天気雨が好き。美月さんはどんな天気が好き?」
「え、……あー、普通に晴れが好きかな」
「そういう割にお天気:晴れの今日はいまいちノリが悪い……ちなみに、好きなアイスの味は?」
「んー、あんまり拘らないよ」
「市子殿の質問に問題があるのではなかろうかと思うに御座るよ……」
先ほどの、新たな声が聞こえた。男性的な声だ。その声は呆れの色を含んでいて、足元から――見下ろす。
真っ白い犬がいる。
体毛は真っ白で、両の瞳は赤い――柴犬?
「あ、そっか。美月さんは昨日は会ってなかったんだね。紹介するよ。ゴザル君」
狐さんといい、タヌキ君といい、ゴザル君といい……この少女、固有名詞をつけることはないのだろうか。少なくとも狐さんに至っては人であり、狐っぽさといえば髪の色くらいしか……そこに由来するニックネームなのだろうか?
「ええと……柴犬?」
それにしては色がおかしいが。疑問すると、答えたのは当の犬だった。
「アルビノで御座る。変異血統ゆえに色がおかしいので御座るな。稀によくいる種で御座る――申し遅れた。拙者は犬で御座る。以後、お見知りおきを」
「え、あ、はい、よろしく……」
「うん? どうかしたで御座るか?」
頬をひきつらせた美月に対し、小首を傾げる白犬。
犬が喋っているのは、思ったよりも驚かなかった。昨日のぬいぐるみの話や、現状から事前にある程度の予想がついていたというのもある。何よりも、ぬいぐるみが喋るんだから犬だって喋るか、といった心境だ。妙に礼儀正しいことをおかしく感じてしまいさえする。のだが、しかし、それにしても。
御座る、って。
「アルビノって、聞いたことないかな? 生物学的に言うと、色素に関わる遺伝子情報に欠陥をもって生まれた生き物、先天性遺伝子疾患、突然変異種なんだけど、これが霊能的には結構格が高くてね。現実に生まれる野生のアルビノは、色だけじゃなく他にもいくつか欠陥があったり、そもそも単純に白は自然の中では目立つから長生きできないんだけど、中には神様に昇格する奴もいてね。――白蛇を神に祀る神社だって少なくないんだよね」
何でもないことであるかのように説明する市子。思いのほか博識であるようだ。
眼下の犬が、それほどに凄いものであるのかどうかはわからないが……
「ゴザル君は意外と凄いんだよ。前線は狐さんの担当だけど、場の整調やなんかはゴザル君の得意分野でね」
「市子殿、意外とは余計かと……」
さりげなく言う白犬だったが、ささやかな抗議は市子の「まあそんなことはどうでもいいんだけど」にあっさりと流された。
「さっそくだけど、新堂さんのところへ向かおうか。実を言うと、今朝別件で新しい仕事請け負っちゃったから、多少気持ち急ぎめだったりして」
さあさあどっち? と市子は急かす。背を押されるままに、美月はたった今出てきたばかりの駅へ入って行った。
●
市子と待ち合わせた中央駅から新堂宅に最寄りの駅までは、普通列車で三駅だ。
その間も、市子は美月やぬいぐるみ、白犬と騒がしく会話し続けた。
「――ねえ、あのさ」
なぜか美月だけが声をひそめながら、ぬいぐるみとじゃれあう市子に言う。
「その、さ。もうちょっと目立たないようにした方がいいんじゃないの?」
「え、どうして?」
純粋に不思議そうに市子が返す。どうしてって、と美月も返答に窮した。
市子も狐さんも、その容姿だけでもかなり人目を惹くのだ。それがぬいぐるみと会話していたり、足元には真っ白な犬がいたりして、
「っていうか、ここまであんまり自然だから気になってなかったけど、電車って犬とか乗せていいんだっけ?」
ぬいぐるみは腹話術と思われるにしても、犬は犬だ。今は時間的に混み合う時間ではないが他の乗客は少なくないし、この奇妙なパーティをケータイのカメラで撮影しているものもいる。
美月の懸案に対し、市子はけろっと、
「ああ、大丈夫だよ。いろいろと。動物は、普通なら籠とかに入れればオッケーだったかな。でも私たちの場合、他の人たちには気にならないようになってるから」
「気にならないように?」
意味が解らないのだが。しかし市子は頷き、
「周りの人たちからしてみれば、私たちは景色の一部程度の認識しかされてないんだよ。だからゴザル君が電車に乗っていても誰も気に留めないし、タヌキ君が喋っても誰も不思議に思わない」
「いや……でも、注目は浴びてるでしょ。写真撮ってる人とかいるし」
「珍しい形の木とか見かけたら、面白がって写真撮っちゃったりするでしょ? そんな感じだよ。通り過ぎたらさっぱり忘れて二度と思い出すこともない。写真にも写らないから大丈夫」
なかなか凄いことをさらっと言っている気もするが、市子がそう言うのだからそうなのだろう、と無理に自分を納得させた。
「私は此処にいて此処にいない。それは空気と同じこと。誰も気にせず無視もしない」
歌うように言って、市子は笑った。




