13.西京図書館へ
向枝の運転で西京図書館に向かうまでの間、白城と向枝は終始無言だった。しかし市子とぬいぐるみがおおはしゃぎしており、「凄いよゴザル君、ふっかふかだよ!」「跳ねるぜ跳ねるぜ!」「いや市子殿、狸殿も、失礼に御座るから……」と白犬に窘められていた。
白城としては、来る道中での話、市子のことや、“魔女”、そして守護連が壊滅したという事件のことをもっと詳しく聞きたいところなのだが、その全てに関わっていると思われる市子が後ろにいるのでは深く立ち入った話もできず、もやもやとした気持ちのまま黙って座っていた。
居心地の悪いことこの上ない。
「ねえねえ、これって誰の車? 守護連ってこんな凄い車たくさんあるの? ハンドルが左だよ? 黒塗りでぴっかぴかだよ⁉」
「はン、何だイチゴよ、オメェはそんなことも知らんのか。コイツはなあ、外車っつってなあ、この極東じゃ作られてねェんだぜ。何せ……何だ。極東じゃ左車線通行だからな。右ハンドルが基準になってるから、左ハンドルじゃ乗りにくいんだぜ。つまり! こんな車を好き好んで乗ってる守護連はバカの集まりってわけだ」
あんまりな言いようだ。それにこれは守護連の備品ではなく高坂の趣味、私物なのだから――さすがに白城が何か言おうともしたが、その前に白犬が、
「いや、市子殿も狸殿も、あまりに失礼な物言いに御座るよ……誰にでも好き好みがあるに御座るし」
といったのでひとまずは口をつぐんだ。まさか高坂の趣味についてを言ったのではないだろうが、フォローはフォローであり、白犬の気遣いであろう。つくづく、良識的な白犬である。
「ふうん……ま、車に乗るなんて言うこと自体が滅多にないから、新鮮だよねー」
ねー狐さんなどと急に話を振られて、狐は曖昧な笑みを返した。さすがにずっと黙りっぱなしというのも難かと思って、そこで白城も口を挟む。
「車……乗らないの」
「うん、乗らないよ。誰も持ってないし、運転もできないからね。あれ、でも狐さんは運転できたんだっけ」
狐は依然として曖昧な笑みだ。
「でも、あなたたちって、全国を歩き回ってるんじゃなかった? そもそも恐山から……」
そこまで言って、白城は口をつぐむ。市子が恐山の出であることは公然の秘密のようなものだが、それを本人に言ってもいいものなのか判断が付かなかったためだ。ましてつい先程に、市子のあまり明るくない身の上を聞いたばかりである。
そんな白城の内心の危惧に反して、市子の返答は軽かった。
「そうだよー、ずっと歩き。たまーに鹿さんとか狼さんに乗せてもらったりはするけどね。狐さんにおんぶしてもらって走ることもあるし。でも急ぎの用事って滅多にないからねえ。基本的にどこに行くにも歩きだよ」
便利だよねー、と座席に深く身を預けながら市子は言う。
「今は四国に行くにも陸路が繋がっているからね。行けないところはないよ」
「でも……琉球や、蝦夷は」
「ああ、その辺りは神域というか、文化圏が違うからね。私が行くような用事は今までなかったかな。北は津軽から南は薩摩まで。まあ、行くように指示されれば行くんだけど」
「指示……誰に?」
「ゐつさん」
そのゐつという人物が誰なのか、白城は訊こうと思って口を開きかけたのだが、それよりも先に窓の外を眺めていたぬいぐるみが「おっ」と声を上げたので機を逸してしまった。
「着くぜ。西京図書館だ」
その言葉に、どれどれ、と市子も外へ顔を向ける。目は、見えていないのだろうが。
「ほんとだー。さっすが、でっかいねえ」
「おう、イチゴよ。本当にここにあるのか? そのナントカって学者の論文はよ」
「さて。まあなかったらなかったで、違うところを探すよ」
「はァ? オメェここまで来たところで……」
何も言わないが白城もぬいぐるみと同意見だ。だが市子は軽く肩をすくめるのみ。
「ここになくっても、ならどこにあるのかっていうのはここでもわかると思うよ。ほら、入り口がなければ入れない、ってね」
何だか煙に巻かれているような気もするが、ぬいぐるみ以上によくわかっていない白城に言えることは何もない。ハンドルを切る向枝も何も言わないことだし、とにかく今はこの流れに乗ることにした。
しかし、内心に不安がないわけではない。
……悪いようにならなければいいのだけれど。




