11.反射
あの少女はすぐに見つかる。
それは全く、あの白犬の言った通りだった。
すぐに見つかるどころか、非常に目立っていた。
はっきり言って、悪目立ちしていた。
「店員さーん! 次! 次はねえ……これ! これください!!」
大はしゃぎの少女の前には、空けられた数々のパフェグラス。片付ける手が間に合わないのだろう、女性店員が慌てて向かうも、少女は複数同時に頼むのだ。店員の営業スマイルも明らかに引きつっている。
ただでさえ人目を惹く容姿なのだ。容姿というか、格好か――両目にかけて、ぐるぐると包帯を巻いているのである。あれでは例え健常者でも一切何も見えないはずだろうに、少女は何も不自由なくメニューを開き、新たなるスイーツを指さしている。
そして、もうひとり、非常に目立つ人物。
白犬と出会った衝撃が大き過ぎていて、白城はうっかり忘れていた――覚悟するのを忘れていた。
だが、例え構えていたとしても、心しておいていても、どうにもならなかっただろう。
少女と対面する位置に座る、女性。すらりとした細見は高く、そして足も長い。櫛通しの良さそうな髪は腰辺りまであり、それも独特な色。伏目がちに静かに在る容姿端麗な女性。
狐だ。
見紛うはずもない。
その姿を目にした途端に、白城は自分の中で何か箍が外れた音を聞いた。
あの夜の敗戦がフラッシュバックする。
全身の毛が逆立った。手指足先に力がこもり、瞳孔が開く。息が浅く、速くなり、鼓動がひとつ大きく打って、
「――白城」
向枝に肩を掴まれて、我に返った。
同時に急速に沈静化していく。
「……私は」
私は、何を。
何を、と考えるまでもない。もし向枝が止めるのがあと数秒遅ければ、自分は弾丸の如き勢いで狐に襲い掛かっていたのだろう。
その後のことは、恐ろしくて考えることもできない。
「……失礼しました」
小さな声で絞るように言う。対して市子は軽く手を振って応じた。
「なんもなんも。気にすることはないよ。――それよりほら、向枝さんも白城さんも、座って座って」
さあさあと促す市子に従って、向枝と白城は少女の対面に座った。市子と、市子の隣に移動した狐と向かい合う。
一瞬の沈黙。
だが、それもすぐに軽快に破られた。
「で、何頼む、何頼む? このパフェ頼む? それともこっちにしちゃう? これも美味しかったよ! これはねえ、まだ私も食べてないんだけれど、絶対に美味しいと思う!」
びしびしとメニューの、デザートの頁を開いて次々と指さしていく。最後にずいっと前のめりになって、
「絶対美味しいよ! 甘くて!」
そりゃまあデザートだし甘いだろう。
どうしよう、と横目に窺うと、向枝はやってきた店員に平然と「珈琲ひとつ」と注文していた。慌てて白城も「同じものを!」と頼む。
店員が去ってから、改めて向枝と白城は市子と狐に向き合った。
「――それで、早速仕事の話なのだけれど」
向枝が切り出すと、えー、と市子は膨れた。そのままカカカッとロングスプーンで残っていたパフェを掻き込み、呑む。
「ま、いっか。それで、仕事のお話仕事のお話、と」
言いながら空になったパフェグラスを横に除け、空間を開けた。
仕事の話だ。
「まずはお礼、かな。白城さん、急に呼び出して御免ね。受けてくれて有り難う」
「いえ……別に」
「先に向枝さんから聞いているとも思うけれど、私が白城さんに頼むのは協同任務――手伝ってほしいんだね」
そのタイミングで向枝と白城の珈琲が運ばれてきた。すかさず市子は新たなパフェを注文する。
「……それで、任務の内容は」
「ああ、えっとね――調査」
「え?」
「調査任務、だよ」
メニューを眺めながら市子は言う。まだ食べる気なのだろうか。
「調査任務だということは、先に向枝さんから聞いています。その調査の内容は」
「園田・未代、っていう人、知ってる?」
白城の言葉に差し込むように市子は言った。――先程からずっと、会話のリズムが取れない。わざとはぐらかすような話し方をしている、というよりは、自然体としてこういう話し方であるようだ。
「いや……知らない」
「んー、まあそれもそうだよね。向枝さんは、聞いたことくらいあるのかな」
「ええ、まあ」
確か、と急に話を振られても慌てることなく向枝は記憶を探る様子だ。
「園田・未代。昭和の女性民俗学者ね。結構有力な学者だったけど、三本に一本は変わった論文を書くことで有名だった――という話を聞いたことがあったかな。もう亡くなられていたと思うけど。若くして亡くなっているはずよ」
向枝の話に、市子は頷く。
「そうそう、その通り。享年42歳」
「――それで、その人がどうしたのですか。その人は、守護連か何かの関係者で?」
「ううん。全然。普通も普通。魔術も何も全く関係のない一般人――ただ、向枝さんの言った『三本に一本』が実に興味深いものでね。というわけで、それらを調べます」
と、市子がそこまで言ったところで注文していたパフェが運ばれてきた。うっほう、と全身で喜びを表しつつ市子はそれに食らいつく。
「……調べると言っても、それはわざわざ協同でやるほどのことなんでしょうか。その、園田・未代という人の論文を調べるにしても、その人が所属していた大学だとか、図書館で論文を調べればいいんじゃ」
「んー、まあ、そうなんだけどね。ただ、ほら、私ってばこれで結構世間知らずだからね。図書館の使い方とか、わかる人が一緒にいてくれた方が心強いわけだね?」
あからさまに取って付けたような理由だ。確かに市子は世間知らずだとは正直に思うが、それでも図書館の利用方法を知らないとは思えない――少なくとも、必要とあらば常識はずれな方法であっても使用するだろう。
ならば、真意は何かと問いたいところなのだが、この様子だと正直に教える気はない、ということか。
「で、どうかな。勿論無理強いはしないよ。白城さんが、嫌だとか、忙しいとか、録画したドラマを見たいとかなら軽い気持ちで断ってくれて構わない」
スプーンを振りながら市子は言う。
白城は考える――受けるか受けないか、ではない。受けて、どうなるかだ。起こりかねない事態に、対応できるか。
一瞬だけ、隣に座る向枝を窺う。向枝は、珈琲を飲んでいた。こちらを見ることはしない。だから、白城は自分の意志で、判断する。
「――協同任務、同行させてもらいます」




